6話 天子の過去
「この先に、本屋ある。立ち寄っていい?」
「そうだね。時間もあるし寄っていこうか」
僕が返事をすると、天子が降車ボタンを押した。バスを降りると、少し先に「宮協書店」の看板が見える。店内はさほど大きくなく、いわゆる町の本屋という感じだ。
「この本屋は昔から私が訪れていた本屋、父と母が毎週のように連れてきた。とても楽しかった。図鑑や本を買ってもらった。新しい世界が垣間見える、とても心躍る」
「僕もその感覚わかるな」
「ふふふ、それは嬉しい」
天子が一冊の本を手に取り、懐かしそうに目を細める。
「お昼も弁当ではなかったみたいだけど、ご両親は不在なの?」
僕が恐る恐る尋ねる。
「両親は居てもいないようだった。小さいときは、愛情をもって接してくれていた。でも、大きくなった私には興味を失った。父と母、その穴を埋めるように仕事に没頭した。きっと、私の性格がいけなかった。父と母、公園や同年代のいる遊び場に連れて行ってくれた、でも、そこにいる子供たちとは合わなかった」
「どうして、あわなかったの?」
「幼い頃の私、自分の興味があることが第一。思い立ったら行動しないと収まらない。家にこもっては本を読み実験を重ねた」
天子が下唇をかすかにかむのが見える。
「公園、図書館、関係なく実験をしてしまう。実験が終わって振り返ると、両親は悲しそうさな顔をしていた。私にとっての普通とほかの人たちにとっての普通があまりにも違いすぎた。徐々に連れ出す頻度も少なくなった、それに比例するように両親は仕事で家に帰らなくなった」
手に持っている本を閉じて寂しそうな表情を浮かべる。
「でも、私ももう子供じゃない。今では干渉を受けないこの状況がありがたい。私は年頃の娘、親から干渉を受けたくないと思う、それが普通」
天子が笑いながら本を棚に戻す。幼いころの天子が「普通」にとらわれて悩み、今ではその「普通」を使い自らの寂しさを埋めようとしていることに、悲しさを感じた。
「つまらない話をしてしまった。君にはどうしてか、知ってほしいと思った。迷惑?」
声を絞り出すように天子がいう。たどたどしい彼女の口調からは嫌われたくない、でも彼女のを心を知ってほしいという悲痛な叫びが聞こえてきた気がする。
「そんなことない。自分の気持ちを知ってほしいと思う感情が迷惑なはずなんてない」
僕は断言するように言う。
「ありがとう、湿っぽい話はここまで。隣に面白いお店がある。ついてきて」
天子が僕を先導して、本屋の裏手まで案内する。本屋の裏手から数十メート歩くと、住宅街の中に突如奇妙な建物が見えてきた。建物の表には「珍品銘菓八角堂」とでかでかと書かれており、いかにも怪しげな雰囲気がただよっている。外観はいかにもお寺の境内にありそうな、古びた瓦屋根の木造なのだが、なんというか、そこにあるのが嘘くさいのだ。
「私の趣味に付き合って」
天子に手を引かれ、怪しげな建物に入る。店内には段ボールが散乱しており、営業しているお店にしては、お世辞にもキレイとは言えない。棚にはどこの国の文字かもわからない不思議な文字が書かれている商品が並べられている。お店の奥にはパイプを咥えたおじさんが座っているだけで、レジなどもない。
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