第7章 見惚れる(時雨サイド)
「あーあ。武兄、負けちゃったね」
「そうね。でも一生懸命やったんだからいっぱい褒めてあげよう」
「はーい」
武史は、残念ながら初戦で負けてしまったけれど、彼の性格からいって、この負けをバネにもっと頑張ると思う。
まあでも流石に今日は家に帰ってもヘコんでるだろうから、好物のトンカツにしてあげようかな。
時計を見ると2時前だった。
確か弓道の試合も今頃行われてるはず。
「弓道見て行く?」
「うん!」「もちろん!」
弓道場は意外と大きくて、立派な観覧席まであった。
高校の部が始まる所らしく、父兄と思しい人たちに混ざって、観覧席に座る。
「わー、広ーい」
「なんかお庭みたい」
確かに日本庭園を広くしたような趣きだ。
もの凄く和の風情を感じる。
暫くして袴姿の射手が、ズラッと横一列に並ぶ。
普段は同じような制服を着ている女の子達なのに、袴姿だとどの子も精悍さが増して、壮観だ。
「やっぱりカッコいいね」
茜がはしゃいだ声を出す。
ただ、意外というかやはりというか、なかなか的に当たらない。
結局、最初の組は一人も当てる事なく終わってしまった。
「なんか当たらないね」
「つまんない」
正直な妹たちをたしなめていると、突然観覧席が一様にざわつく。
次の組が入ってきたようで、周りが興奮した面持ちで、小声でヒソヒソと話し始めた。
「おい、あの2人のお出ましだぞ」
「まあ今回のは全国への前哨だから、肩慣らしってとこじゃないか」
「まあ、あの2人だけ別世界だからなあ」
何か分からないけど、どうも強い人が出るようだ。それも2人。
その2人は、始まってすぐに分かった。
素人目にでも分かるほど、構えからして別物だった。
何が、とは分からないけれど、ともかく他と差がある事は分かる。
矢が放たれると、的に見事に命中して、思わず鳥肌が立つ。
「お姉ちゃん、あの人達すごい!」
双子の眼にキラキラとした輝きが戻る。
実際、私も興奮を隠せない。
2人のうち、特に目を引いたのは観覧席から近い方に立っていた長身の女の子だった。
多分180cm程あるだろう女の子としては飛び抜けた体躯と、それに見合う腕のリーチの長さで、構えだけでも惚れ惚れするほどカッコいい。
加えて、きりっと引き締まった横顔に、的を見据える真剣な瞳。
あまりにもカッコよくて、キレイで目が離せなくなる。
矢が的をバシッと射止めると、まるで共鳴するように胸が高鳴った。
鼓動が速くなって、なんだか胸が苦しくさえ感じる。
何、これ。
彼女に視線が釘づけになって、矢が放たれた後もずっと見ていた。
終わった後の立ち姿も、抜群に凛々しい。
ジッと見ていたのがバレた訳ではないと思うけれど、一息入れた彼女と視線がかち合う。
ほんの少しの間だったはずなのに、その力強い瞳に絡みとられたように、どうしても私からは視線を外せなかった。
真っ正面に見据えてきた彼女は、息を呑むほど輝いていたから。
その直後、放たれた矢がほんの少し的を外れ、観覧席がざわめく。
「珍しいな」
「これで古谷の勝ちだな」
「ま、本番は全国だろう」
「2人とも一段と上達してるから楽しみだ」
素人だから、どうやって勝敗が決まるのかも、何が上手いのかも分からないけれど、彼女の立ち居振る舞いが群を抜いていたのは分かった。
彼女達の組が終わって去った後も、余韻に浸っていると、隣から茜と夕の声が聞こえてくる。
「あの人、カッコよかったねえ」
「うん。すごいカッコよかった」
「最後、惜しかったよね」
そっか。妹たちも同じ人を見てたんだ。
「茜、夕。そろそろ帰ろっか」
「うん。武兄、慰めてあげなきゃ」
「そうね。ご馳走作るの手伝ってくれる?」
「はーい」
「いい返事」
またあの姿を見たいな、と心の中で思いながら観覧席を後にした。