第5章 姉の顔(時雨サイド)
学校から帰ってきて、リビングで寛いでいると、下の弟が帰ってきた。
「お帰り、武史」
「ただいま」
「今日も部活?」
「大会近いしね。姉ちゃん、来てくれるんだろ?」
「土曜日よね。勿論行くわよ」
「やった!」
本当、兄弟の誰より大きいくせに、まだまだ甘えたさんね。
「洗濯物出しといてよ」
「分かった」
脱衣所に向かっていった弟と入れ替わるように、茜と夕がリビングに入って来た。
「お姉ちゃん、武兄試合あるの?」
「今度の土曜日だよ。市内の体育大会」
「大きな大会?」
「うん。プールがある所でやるんだって。他の競技もあるんじゃないかな」
「へえ。ね、茜も行っていい?」
「もちろん」
茜の隣でじっと静かにしている夕にも声をかける。
「夕も行かない?」
「、、、行く」
「武史、きっと喜ぶよ」
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あれ以来、今まで通り特に宗方さんと接点もないまま、大会の日を迎えた。
運動音痴の私には、市民体育大会なんて縁がなくて、これまで存在すら知らなかった。
こうやって身内を応援するという理由がなければ、来ることはない未知の世界だ。
武史が事前に渡してくれた案内を頼りに、双子を引き連れて目的の体育館に向かう。
途中、道が二手に別れるところで、体育館と反対側に弓道場の案内があった。
「弓道、、、」
頭で反芻していたはずが、声に出していたのか、茜が興味津々といった顔で聞いてきた。
「『きゅうどう』って何?」
「弓矢を使って的を射る競技よ」
「ロビンフッドみたいなの?」
「うーん。まあそれの日本版みたいな?お姉ちゃんも詳しくは知らないのよ」
普段大人しい夕が、珍しく声をあげる。
「私、見てみたい」
「そうね。武史の試合を見た後で、まだやってるようなら見てみよう」
「うん!」
夕にしては力強い良い返事。
プログラムを確認すると、武史の試合を見てからでも十分に間に合いそうだ。
朧げに、ニュースかどこかで見た、袴姿で弓を構えているイメージが頭に浮かんだ。
そっか、夕には似合うかもね。
小学生で弓道って聞いた事ないけれど、割と背が高いからいけるかな。
今すぐじゃなくても、もうあと2、3年したら出来るようになるだろうし、何よりこんな積極的な夕は珍しい。
これまで周りからバスケやバレーに誘われても断ってたみたいだし、読書が好きなのは知ってるけど、特に打ち込むものはなかったはず。
好奇心に眼を輝かせる妹が羨ましくて、愛しくて、むず痒い気持ちにかられる。
「それじゃまずは武史の応援に行こう!」
「「うん!」」
二人揃って元気よく返事する双子を携えて、体育館に向かう。
そんな姿を誰かが見ていたことも知らずに。