第19章 勇気の先へ (時雨サイド)
「お姉ちゃん、どうしたの?」
昼食を作る手が止まっていたらしい。
隣にいる夕が、心配そうな顔で覗き込んできた。
「あ、ごめん。ちょっと考えごと。
大丈夫だよ。ありがとね」
「なんか疲れてる?また勉強?」
昨日は、どうしたら宗方さんに避けられないようになるのか、どうしたらまた一緒に話したり出来るか、そんな事ばかり考えていて結局一睡も出来なかった。
「夕はさ、好きな人いる?」
「え?お姉ちゃん⁉︎ い、い、いないよ」
「はーい、私はいるよ!」
いつの間にいたのか、元気の良い声が聞こえてきた。
「茜!いつからそこに?」
「茜はいるんだ。どんな子?」
「隣のクラスにいるんだけどね、すっごく頭いいの」
「へえ、茜は知性派好みなのね」
「夕は弓道部のお姉さんだよね」
「茜!」
「え?弓道ってこの間の試合の?」
「そうそう。すっごく背が高くてカッコいいお姉さんいたでしょ?
夕の好きな人だよ」
「違うよ!憧れてるだけだもん」
夕が宗方さんを?
憧れなんだろうけど、小学生まで虜になるなんて。
しかも、夕はこれまで他人に興味を示したことなかったのに。さすがだなあ。
「そっか。じゃあ夕は私のライバルだね」
「ライバル?」
「お姉ちゃんも、あの人のこと好きなの?」
「うん。好きだよ」
例え小3の妹相手にだって、自分の中の「好き」という気持ちをさらけ出すと、不思議と勇気が湧いてくる。
「お姉ちゃん、行かなきゃいけない所があるんだ。
ごめん、お昼自分達で平気?」
「大丈夫だよ」
「お姉ちゃん、頑張って!」
さすがは物分かりのいい妹達。
今度、美味しいケーキでも買ってあげよう。
「いってきます」
超特急で身支度を整えると、今日もいますようにと願いながら、弓道場に向かった。
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今日は、なぜか先週のように女の子達の姿がなくて、射場を見て宗方さんの姿がない事に気づく。
遅れてるのかもしれないと思って、しばらく待ったけれど、結局現れないまま練習自体が終わってしまった。
どうしよう。
このまま家に帰ったら、きっとまた何も手に付かない。
夕や茜に、もっと心配をかけてしまうし。
ダメ元でも仕方ないという気持ちで、宗方さんの家に向かった。
先週みたいに向き合って話せば、分かってもらえるかもしれない。
会ってくれれば、だけど。
学校で避けられてる状況を思い出して、家の前に着いてもチャイムを鳴らすのを躊躇ってしまう。
会いたくない、って言われたら、、、。
立ち直れないかも。
突然、ガチャっとドアが開く音がして顔を向けると、古谷さんが出てきた。
「あれ、時雨ちゃんじゃん。未来に会いに来たの?」
「あ、はい」
古谷さんは、ちょっと真剣な顔で聞いてくる。
「こんなん私が聞く筋合いじゃないんだけど、未来のバカが鈍感野郎なんでね。
時雨ちゃんはさあ、未来のことどう思ってる?」
「どうって、、、」
「こうやって会いに来たって事は、多少は気にかけてくれてるって思っていいのかな?」
「もちろんです。それどころか私は」
すると、古谷さんは私の目の前に手をかざして遮る。
「ストップ!うん。やっぱ私が思った通りだと。
せっかくだから、続きは本人に直接言ってやって」
彼女はニヤッと笑うと、ドアを開けて私の背中を押し込んでしまう。
廊下の奥から宗方さんが出て来て、私の姿を見るとその場で固まった。
古谷さんは、「んじゃ後は2人でごゆっくり」と言って去っていく。
残された私と宗方さんの間に、微妙な空気が流れた。
せっかくここまで来たんだから。
ありったけの勇気をかき集めて話しかけた。
「家にまで押しかけてごめんね。
宗方さんと学校で話せなかったから」
「あ、うん」
気まずそうに視線をそらせる彼女に、ちょっと気持ちが萎えるけれど、頑張って話を続けた。
「今週ずっと話せなくて、、、。
もしかして、私のこと避けてる?」
「えっと、、、」
「やっぱり、私の笑った顔って変なのかな」
そう言った途端、パッと私に向いて宗方さんは大声で否定する。
「それは絶対にないから!
そんなんじゃなくて、皆が見るから!」
え?どういうこと?
顔を赤らめて、俯きながら宗方さんが続ける。
「告白、されてた」
見られてた⁉︎
「断ったよ」
「知ってる。でも嫌だったんだ。
三ツ矢さんの笑顔を他の人に見られるの」
嫌って?
まさかとは思うけど、、、独占欲?
私が何か言うより先に、宗方さんは堰を切ったように話し始めた。
「ガキっぽいって分かってるんだ。
三ツ矢さんは元々人気あるし、笑った顔は悶絶モンだし、それで他の奴らが好きになるのも分かるんだけど、実際そういうの見るとむしゃくしゃして、見てられなくて」
普段の彼女からは想像もつかない程、もの凄い勢いで、とんでもない事を言ってるんですけど、、、。
「ちょ、ちょっと待って。
えーっと、要は、私が笑う事で、告白とかされてるの見たくないから避けてたの?」
宗方さんは今更ながらに、自分が口走った言葉を把握したようで、顔を真っ赤にして目を逸らしながらも「うん」と素直に頷く。
可愛い。
「私、自惚れてもいいのかな?」
「え?自惚れるって?」
私は決心して口を開く。
「宗方さん、私はあなたが好きです」