第1章 誰も知らない(時雨サイド)
ガチャ。
学校から帰ってドアを開けると、弟や妹達の言い争っている声が耳に飛び込んできた。
「政兄、それ俺が狙ってたのに」
「こんなん早い者勝ちだよ」
「あー、茜ずるいー」
「夕、うるさい!」
はあ。
毎度毎度、よく懲りないわね。
でもこの騒がしい元気いっぱいの声を聞くと、家に帰って来た事が実感できて、体がほぐれていくのが分かる。
喧騒の中でも聞こえるよう声を少し張り上げて、リビングにいるだろう4人に声をかけた。
「ただいま」
すると、今まで聞こえた声はピタっとやんで、代わりにドタドタと足音が近づいてくる。
「お姉ちゃん、おかえり!」
「おかえりなさい!」
わらわらと玄関に群がる4人を一人一人見ていく。
まずは一番奥にいる上の弟に声をかけた。
「政輝、今日は部活なかったの?」
「中間試験が近いからね」
「受験生だものね。頑張って」
次に、図体は大きくなっても、まだまだ甘えん坊の下の弟に向いた。
「武史は、宿題終わらせた?」
「うー、まだ。」
「さては数学ね」
「後で教えてくんない?」
「仕方ないわね」
武史から双子の妹達に目を向ける前に、活発な茜が腕に飛びついてきた。
「お姉ちゃん、茜、今日先生に絵が上手って褒められたんだよ」
「へえ、すごいじゃない。後で見せてね」
「うん!」
茜の隣で静かに佇む双子の片割れに声をかける。
「夕、後でちょっと手伝ってくれる?」
「、、、うん」
皆んなに向き直って、
「それじゃ一旦部屋に行くわ。また後でね」
と声をかけてから自室に行って荷物を置き、着替えを済ます。
共働きの両親は平日の日中はもちろん、週末もいないことがあって、どうしても一番歳上の私が母親役になる事が多い。
小学校3年生の双子達は可愛いし、中3と中1の弟達も図体は大きくなったけれど、素直で従順だ。
4人とも私を頼って慕ってくれるし、家事も積極的に手伝ってくれる。
私がいないと、言い争いもしているようだけど、長引くこともないし、基本仲がいいと思う。
4人の事を考えるだけで頬が緩んでしまって、姉バカだと思うけどしょうがない。
学校の人が私のこんな姿を見たら、別人だと思うぐらい衝撃を受けるかも。
学校、か。
はあ。
学校での自分のイメージが、日々を重ねるごとに強固になっているのが息苦しい。
最近は、通学の電車に乗り込むだけで顔が強張るのが分かる。
どこで誰が見ているか分からないから。
自宅が学校から離れているのは正直嬉しい。
近所に買い物に行くのにまで、あんな顔でいたくないし、妹や弟に怖がられてしまう。
「『時雨様』だなんて、笑っちゃう」
ベッドに腰かけて、長年のお供にしてきたヌイグルミをぎゅっと抱きしめた。