第11章 あなただったの?(時雨サイド)
昨日は家に帰って来てからも、宗方さんの言葉の意味が気になって上手く眠れなかった。
「笑って、、、?」
私が笑う事は彼女に何の関係もないはず。
しかも、人をからかってるとしか思えない頼み事なのに、あの真剣な目を思い出すと、胸が疼いてしょうがない。
もし、笑ったら?
何か変わるのかしら?
宗方さんは、どう応えてくれる?
なんだか色んな事が頭の中をぐるぐる回って、勉強にも身が入らない。
受験生だと言うのに、、、。
気分転換も兼ねて図書館に行こう。
人目があった方が、余計な事考えずに済むかもしれないし。
勉強道具一式を携えて、図書館に足を運ぶ。
市営プールや体育館など、市民が利用できる施設が集まっているエリアの一角に図書館はあって、市の規模の割には蔵書も充実していているし、自習室が整っているのでお気に入りの場所だ。
何よりも、学校の人に会うことがないのが一番の魅力だったりする、、、と思っていたんだけど。
もう少しで図書館という所で、思いもよらない人に遭遇してしまった。
宗方さん?
あの見上げるような長身。
顔を覆い隠すような長い前髪に、黒縁眼鏡。
ちょっと肩を丸めて歩く姿。
制服ではないけれど、見間違えようもない。
双子の姉妹がいるのなら別人かもしれないけれど、多分本人だと思う。
スポーツでもするのか上下ジャージという格好で、長身の彼女の背丈をも遥かに凌駕する長くて細い、ケースに入った棒のような物を持っていた。
お揃いなのか、同系色の筒のようなケースも肩から担いでいる。
宗方さんとスポーツというのが、全く結びつかなくて、俄然興味が湧いた。
金曜日に思いがけない接触があったけれど、実際彼女の事は全くと言っていい程知らない。
声をかけようか躊躇っているうちに、彼女はスタスタと歩いていってしまう。
好奇心には勝てなくて、結局図書館を通り過ぎて彼女の後を追った。
程なくすると、体育館の隣にある建物に入って行く。
迷いなく入った所を見ると、普段から来ているんだろう。
流石に部外者が入る事は躊躇われて、入り口で足を止める。
ふと入り口横に掛かったプレートに目を向けると、「弓道場」とあって驚いてしまった。
先日、初めて弓道を見て胸を躍らせたばかりで、まさか宗方さんも弓道をしているなんて。
試合で見た、あのカッコ良い人を思い出して、なんとなく顔が火照る。
入る勇気もなく立ち尽くしていると、後ろから声がかかる。
「見学者の方ですか?」
振り返ると、先日の試合で、あのカッコ良い人と競い合っていた女の子が立っていた。
ジャージ姿に棒と筒を持ち、宗方さんと同じような出で立ちだ。
「あ、あの。見学というか、観客として見たいだけなんですけど、、、」
「ここのはあんま大きくないんで、観覧席みたいなのはないんすよ。
でも建物を周ってもらって、生垣が低くなってるとこあるんで、そこからなら見れますよ」
「ありがとうございます」
お辞儀して立ち去ろうとすると、「あ、ちょっとご忠告」と言って、彼女が続ける。
「意外と人気あるんで、上手く見れないかもっす」
お茶目に目配せして、「それじゃごゆっくり」と言い残して去って行った。
彼女に言われた通りに建物の側面に周ると、既に中高生と思しき女の子達が20人ほどいてビックリする。
彼女の忠告通りとは言え、これは想定外だ。
弓道ってこんなに人気あったんだ。
でも、何か様子がおかしい。
射場では既に何人かが練習を始めていて、実際に矢も放たれているのに、彼女達は全く見ていなくて小声で話したり、携帯をいじったりしている。
興味がないなら、なんでこんな所にいるのかしら。
その時だった。
彼女達の声がピタリと止んで、一斉に射場に熱視線が向けられる。
あの人は、、、。
間違いなく、あの試合で見た「カッコ良い」人だ。
でも、あのジャージは、、、。
「宗方さん、、、」
まさか、宗方さんだったなんて。
しかも、あの腕に抱きとめられてからというもの、私の心を乱すようになった張本人も、また彼女で、、、。
そして今、私の視線の先には宗方さんと認識しての彼女が、凛々しく弓を構えていた。
矢も持たず、ただ構えをしているだけなのに、なんて美しい、、、。
気高く、誇り高い、それでいて抑制の効いたスラリとした立ち姿は、彼女を目にした全ての人を虜にする。
現に、私の周りにいる女の子達は全員彼女に夢中だ。
ずっと見ていたい。
勉強しに来た事も、時間も忘れて、彼女を見つめ続けた。