第10章 もったいない(未来サイド)
月曜日の学校での三ツ矢さんは、土曜日に見たのが嘘だったかのように、いつも通りの『時雨様』と呼ばれる冷淡な彼女だった。
あんなに柔らかい顔だったのに。
もったいないな。
一人の時なら、あの時のような顔が見られるかもと思って、授業中に盗み見たり、廊下や図書室でも見るけど、どんな場面でもガードが緩まることはなかった。
こんな頑なに、どうして?
三ツ矢さんは、だいたい誰か数人と一緒にいる事が多いけど、気のおける友達というよりは崇拝者みたいで、もしかしたら心を許せるような関係ではないのかもしれない。
私だって、学校では別人だもんな。
これも伝統校のせいなのか、割といいとこのお嬢さんやお坊ちゃんが多い。
だからって訳ではないだろうけど、面白みにかけるっていうか、素で付き合うって感じじゃなくて、気疲れする。
今まで特に思いもしなかったけど、私以外にもそう思ってる人はいるのかもしれない。
三ツ矢さんも、、、。
土曜日に見かけた彼女の姿が、まるで幻影のように思い浮かぶ。
一回きりの幻のままで終わらせたくなくて、来る日も来る日も、姿を見かけては祈るように彼女の顔を盗み見る。
今日も、ダメだったか。
ストーカーとなりつつある自覚はあるけど、どうしても忘れられないんだ。
笑みをたたえた口許や、キラキラ輝いた瞳。
紅が差したような頬。
もっと、見たい。
心から笑った顔を見てみたい。
なんでこんなに必死なのか、自分でもよく分からなかった。
他人に興味を持った事なんてなかったのに、あの日、彼女を腕に抱きとめた時から、なんかおかしい。
あの時のビックリした顔も可愛かったけど、試合で見かけた彼女は、もっと、なんて言うか、惹きつけて止まない何かがあって。
まるで、媚薬のようなんだ。
結局そのまま金曜日を迎えて、昼休みにたまたま職員室で三ツ矢さんを見かけた。
私の用事は済んだから、教室に戻ればいいのは分かっていたけれど、何かチャンスな気がして、廊下の壁に背をもたれかける。
しばらくその状態で待っていると、「失礼します」という声と共に彼女が職員室を出て来た。
このままでは教室に戻っちゃう。
咄嗟に、行く手をふさぐように、彼女の前に躍り出てしまった。
突然の私の出現で、彼女も怪訝そうな顔つきで、ピタっと足を止める。
なんて言おう、、、。
上手い言葉が浮かばなくて、お互い無言の状態で向き合う不自然な状況に、野次馬が群がってきた。
ああ、なんとかしなきゃ。
三ツ矢さんの顔はみるみる険しくなって、とても順序立てて話を聞いてくれる感じじゃない。
周りの連中は適当な事いってるし、どうする?
すると、しびれを切らしたのか、彼女の方から近づいてきた。
「用事があるなら早く言ってください」
周りに聞かれないようにか声は小さかったけれど、迷惑なのが丸わかりの冷たい口調だった。
仕方ない。
これだけは言わなきゃ。
私も出来るだけ周りに聞こえないように言った。
「ねえ、笑ってよ」
だって私の願いは、彼女の笑顔を見る事だから。
さすがにすぐに答えてもらえるとは思わなかったので、伝わった事を確認して立ち去った。
どうか、これで三ツ矢さんの笑顔が見られますように。