第9章 思いもよらない頼み事(時雨サイド)
週明けの学校は、いつも憂鬱だ。
通学する時から気は抜けないし、学校が近づくたびに、顔が強張って自分が嫌いな自分になっていく。
「時雨様、おはようございます」
校門近くで、後輩のグループから挨拶される。
ああ、始まった。
「おはよう」
自分でもゾッとするほど、冷ややかな声
だと思う。
それなのに彼女達は散っていくどころか、「今日もクールですね」と言いながらますます寄ってくる。
クラスに入っても同じだった。
今度はクラスメイトの子達が、同じような態度で接してきて、私も結局、上手く笑えず、強張った顔のままだ。
ふと視線を感じた気がして、窓の方に目をやると、宗方さんがこちらの方に少し顔を向けていた。
普段はギリギリに登校してきて、机にうつ伏してる事が多い彼女が、珍しい。
誰か探してるのかしら。
いつも通りの顔を覆うような長い前髪で、彼女が何を見ているのかは分からなかった。
それから数日、何度か視線を感じ、その度に、なんとなくこちらを見ているような宗方さんの姿があって、偶然かどうか戸惑う。
これまでと変わらず、特に話もしていないので、彼女が見てくる理由が分からなかった。
気のせいかもしれないし、わざわざ聞きに行くのも変だ。
それが気のせいじゃないと分かったのは、金曜日の昼休み。
職員室に用事があって、教室に戻ろうとした廊下で彼女と鉢合わせた。
普段なら、長身をまるで隠すように肩を丸めて、興味なさげに通り過ぎるのに、今は私の行く手を阻むように、正面で立ち止まる。
私も足を止めて、何故か対峙するような形になってしまった。
廊下のど真ん中で立ち止まったからか、周りの注意を引いてしまった。
「なになに?」
「三ツ矢さんじゃん」
「揉め事?」
「誰よ、時雨様に楯突いてるの?」
なんでこんな事に。
宗方さんは、口を開きかけたり閉じたりを繰り返して、言うのを躊躇っているみたいで、埒が明かない。
周りにはギャラリーがますます増えてきた。
このままでは、たまらないわ。
早く済ましたくて、彼女に近づき早口でまくし立てる。
「用事があるなら早く言って下さい」
すると、彼女は私にしか聞こえないぐらいボソっとした声で、予想もしない事を言ってきた。
「ねぇ、笑ってよ」
何言ってるの、この人?
冗談?からかわれてる?
彼女の長い前髪の隙間から見える、眼鏡越しの瞳は意外にも真剣で、どう捉えていいか分からない。
宗方さんは、言いたい事を言って満足したのか、私が動揺で立ち尽くしてるのをいいことに、足早に立ち去ってしまった。
え、どういう事?
笑って?
頭がパニックになって追いつかない。
「なにあれ?」
「時雨様になんて失礼な!」
「どんな酷いこと言ったんだ?」
私達のやり取りが聞こえなかったのだろう。
周りの人だかりからは、噂に尾ひれが付きそうな感想を言い始めた。
これ以上ここにいたら、色々聞かれてまた面倒になるて思って、私も宗方さんとは逆の方向に早足で歩いて人だかりから逃れた。
言われた内容に、顔が赤くなったことは、誰にも見られたくなかったから。