プロローグ
廊下のど真ん中で、黒髪ストレートをなびかせる美少女が、冷ややかな表情で相手を見据えている。
「なになに?」
「三ツ矢さんじゃん」
「揉め事?」
「誰よ、時雨様に楯突いてるの?」
遠巻きに見ている生徒の数がどんどん増えていった。
これ以上大ごとになることを嫌い、三ツ矢時雨は相手に近づいて、硬い声で冷たく言い放つ。
「用事があるなら早く言って下さい」
ボサボサの髪の隙間から、眼鏡越しに時雨をじっと見ていた相手は、時雨にだけ聞こえるようにボソッと呟いた。
「ねえ、笑ってよ」
「⁉︎」
今まで接点のなかったクラスメイトから、あまりに突拍子もない事を言われ、クールビューティとして滅多に表情を変えないことで知られる時雨も、唖然とする他ない。
何も言えず立ち尽くす時雨を置いて、相手は足早に立ち去っていった。
「なにあれ?」
「時雨様になんて失礼な!」
「どんな酷いこと言ったんだ?」
やり取りが聞こえていない周りのギャラリーは、事態が飲み込めずますます騒ぎ立てる。
居たたまれなくなった時雨は、誰かに何か聞かれる前に顔を俯けて踵を返す。
相手の言葉をようやく理解して、顔が真っ赤に染まった今の姿は、絶対に見られるわけにはいかなかったから。