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ウールワースとコールス

 阿部はすぐに仕事に取り掛かった。

 シンシアの承諾なんか後でいい。とにかく阿部は決めたのだ。このクルマにするのだ、と。スカイラインGTS、R33というクルマは日本での評価は高くない。

 だが、と阿部は思う。

 たしかに前作R32型よりもボディーは大型化しているし重量も増えている。車内の居住性を優先するばかりにスポーツ性が犠牲になったといわれたものだ。しかしそれは日本国内の話だ。コーナリング性能はたしかにスポイルされたかもしれない。だが高速域での安定性はR32を遥かに凌ぐのだ。直線の多いオーストラリアでは、その安定性が物を言うはずだ。

「ブレーキはどうするってボンドが言ってるよ」

 シンヤが笑って言った。

「何かいいものでもあるのか?」

 ボンドは人懐っこい笑顔でおいでおいでをする。阿部は興味をひかれて付いていった。

「これ、使うといい」

 そういって見せたものに阿部は思わず唸った。いったいボンドは何を考えてこんなパーツをストックしているのだろうか。

「ロッキードの対向6ポッドじゃねえか」

 グループAレース仕様のスカイラインGTRに積まれていたものと同じものだ。

「こいつは、すごいな。これなら時速300キロからでもフルブレーキングできる」

 阿部の言葉を英語にシンヤが訳すとボンドはうれしそうに「うふ、ふ」と笑った。子供みたいな笑い方だった。


 スカイラインの組み上げには2週間を要した。

 その間、阿部はすっかりバックパッカーズになじんでいた。朝、ヒデのドライブするファルコンでボンドの中古車屋に向かい、夕方まで作業する。ヒデは仕事に行っていて、また帰りに阿部を拾ってバックパッカーズに帰ってくる。

 時々コールスに寄って買い物をする。コールスというのはスーパーマーケットだ。ウールワースとコールスという二大勢力がシェアを取り合っている。パース市内にはウールワースしかないのだが、郊外にはどちらもあって、不思議なことに一つのショッピングモール内にコールスとウールワースと二つとも入っていたりする。なんのために同じような品揃えのスーパーマーケットを同じショッピングモール内に入れなくてはならないのか、阿部にはさっぱり理解が出来なかった。

 バックパッカーズでは自分たちで料理をする。

 共同キッチンで料理を作り、時にはみんなでシェアして食べたりもする。毎日、顔を合わせているから自然と仲良くもなるのだが、そのバックパッカーズは異常に日本人の多いバックパッカーズだった。40人ぐらいの宿泊のうち、半分くらいは日本人という有様なのだった。その多くはワーキングホリディビザで来ている20代の男女だ。比率でいえば、だいたい半々ぐらいか。一人ひとりが意思を持って行動しているという点で、日本で生活する同年代と違っている。他人の意見は尊重するが、やりたいことがはっきりしているから、それを曲げたりはしない。言い換えれば、日本では浮いてしまう性格なのかもしれなかった。


 その情報は、瞬時に伝わった。

 鍵になる人物はモンキマイアにいるということ。

 リョウはパース市街のバックパッカーズに宿泊していた。鍵はワーホリ(ワーキングホリデイビザでの長期旅行者)だ。それならば、ワーホリの住む場所にいて情報を探る方が効率的だと、タカが言っていた。

 タカは頭がいい。

 タカの言うことは、きっと正しい。

 それに本当に情報が手に入った。他のバッパー(バックパッカーズの略)にいるタカに連絡を取ってモンキマイアに向けて出発するんだ。

 早く、この情報をタカに教えなくちゃ。

 ケータイ電話、電池が切れている。またタカに怒られる。電池を切らすなとタカが言っていた。早く充電してタカに連絡をしなくちゃ。

 タカはクルマを用意させたと言っていた。速いクルマだって言っていた。ライバルが日本から送り込まれたらしい。そいつに負けるわけにはいかないんだ。だからV8エンジンのフォードの新型にしたって言っていた。

 連絡さえ入れればタカはすっ飛んでくる。そしてモンキマイアに向けてぶっ飛ばす。

 鍵の女は、こっちのものだ。

 タカとリョウのコンビなら負けるはずが無い。


 モンキマイアまで800キロ。

 ざっと地図で見る限り800キロ。ほとんど道路が直線だから、実際の距離も850キロぐらいだろう、と阿部は思った。だが、土地勘の無い阿部には辛い仕事だと思った。

 シンシアが用意するはずの日本語の出来る相棒というやつはまだ現れなかった。

 待っている暇は無い。シンシアからの連絡で、阿部は裏庭のテーブルでインドネシア製のインスタントヌードルを食っていたヒデを捕まえると、一緒にモンキマイアまで行ってくれ、と頼み込んだ。

「どうしても土地勘の無いオレには厳しいんだよ。今回だけでいい、ナビゲーターをしてくれないか」

 シンシアとはしどろもどろな英語でヒデに手当てを出させることを認めさせていた。目的は秘密にするという条件だったが。

「頼む。割のいいバイトだと思って引き受けてくれないか?」

 どこかで聞いたことのあるセリフだと思った。

 ヒデは簡単に頷いた。

「わかりました。冒険は好きですよ。それに、今日は仕事が休みだし、やることないし」

「サンキュー、じゃあ早速出かけよう」

「あ、じゃあファルコンのキーを持ってきます」

 阿部は首を振った。

「いや、いいんだ」

 そう言うとヒデは急に不安そうな顔になった。

「オレのクルマで行く。スカイラインだ」

 ヒデの顔色が急速に青ざめていった。

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