鯉のぼり(完結)
アルバニーに入る頃、今里はかかってきた電話に興奮気味に話していた。
「トヨタの販売店があったそうです。アルバニートヨタ販売です」
「そこなの?」
「白い建物があるそうです。オールシーズンアルバニーという名前のモーテルだそうです。仲間は既に到着して宿泊者とクルマを探すとのことです」
「カントリーって書いてある?」
エツコが尋ねた。
「書いてあります。道路から見える場所にエントランスがあって、そこにはCOUNTRYと黄色い文字であるそうです」
「じゃあ、そこにリョウくんがいる」
「場所はどこだ」
「アルバニーハイウェイの終点あたりです」
「急ぐぞ。俺たちが着くまでは手を出すなと言っておけ」
バズはそういうとコモドアのハンドルを切った。今里はナビを操作すると目的地をセットした。
「15分ほどで到着です」
「着いたらどうするの?」
「まずはランビィエキャストだ。おそらくクルマに載ったままだろう。モーテルの部屋に簡単に移動出来るようなコンパクトなものだとも思えん」
「そうね。サイズはともかく電源やアンテナみたいなものもあるでしょうしクルマから出し入れしてセットするには手間がかかりそうね」
再び電話が鳴る。
「クルマを発見したそうです。メルセデス・ベンツのバンをベースにしたキャンピングカーが停まっているそうです。何かのコンピュータ機器のようなものを積んでいると言ってます」
「それに間違いないだろう。今里、用意をしておけ」
「了解っす」
「それとサニー、モーテルのレセプションに電話して部屋を聞きだせ」
「どうやって?」
「知らん。方法は考えてくれ」
サニーは20秒ほど考えていたが、教えられた電話番号をプッシュした。
「ハロー。こちらはトライバイテック社のものですが、うちのスタッフに繋いでもらっていいですか?ああ、それと部屋は何番でしたっけ?」
「正面から行ったか」
バズは苦笑した。サニーは声には出さずに「だって・・・」と言いかけた。
「ええ。わかりました。ありがとう。じゃあ繋いでください」
電話がつながったのを確認するとサニーはボタンを押して通話を終了した。
「部屋にいるわ。どうするの?」
「訪ねていくまでだ。自社の名前を出しているのなら襲撃は予想していないだろう。戦闘員は全部で3人。一人はパースで始末したし、残りはアウトバックの真ん中だ」
言い終わると同時にトヨタの販売店が見えてきた。あたりは住宅街なのだろうか。ほとんどが平屋のような建物で建物と建物の間には道路やパーキングがある。日本の街の感覚からすれば、そこは無駄に広い土地に見えた。ユーターンしてバズはモーテルへクルマを乗り入れた。植え込みと芝が確かに日本の小学校を思い出させる。
「エツコはここに残れ。サニーはレセプションへ。注意を引き付けておいてくれ。俺と今里が部屋へ向かう」
そう言い残すとバズは車を降りた。
「エツコねえやん。クルマから出たらあかんよ」
サニーはレセプションを訪ねた。
「ハロー。予約してあるはずだけど」
「お名前は?」
「スミス、アメリカ人よ」
サニーは少しだけ躊躇ったが、そう言った。見た目は白人に見えるのだから、そう言っておいた方がいい。
「すみません、スミスさん。予約はないようですが」
レセプションの若い男が答えた。
「そんなはずないわ。ちゃんと見てもらえる?インターネットで予約をしているのよ」
もちろん全部デタラメだった。インターネット予約が出来るのかどうかさえサニーは知らなかった。けど、きっとそのシステムはあるだろう。
バズと今里はその間にレセプションの前を通り過ぎた。おおよそ50部屋ほどあるようだ。レセプションさえ通り過ぎてしまえば怪しまれることもないだろう。目的の部屋はすぐにみつかった。ノックをすると「誰ですか」
と声が聞こえた。今里が答える。
「あーホテルのものです。電気系統に故障がありまして、そちらの部屋のチェックもしたいのですが」
「問題ないよ。全部使えてる」
「ですが、これから故障するかもしれません。いちおうチェックを」
今里が食い下がると、ドアのロックを解除する音が聞こえた。バズが一気にドアを開いて中に飛び込んだ。
「なにを」
言いかけた男は痩せた白人だった。バズの突きつけた銃に声を失った。今里は静かにドアを閉めた。
「こちらの要求を呑んでくれれば危害は加えない」
今里もコルトを取り出す。
「仲間は?何人いる?」
「ふ、二人だ」
「日本人がいるだろう。彼はどこだ?」
「ベッドに寝ているよ」
今里がベッドに近寄った。広い部屋ではない。ワンルームのツインベッドの部屋だった。
「日本人を入れて全部で3人か?」
「そ、そうだ」
「嘘じゃないな?言っておくがこれは本物の銃だ。仲間が外でお前たちのクルマを見張っている。メルセデスのキャンパーだろう?そっちも武装している」
「バズ」
今里はベッドをめくると真剣な顔をした。
「意識が無いっすよ、こいつ。息が浅い。すぐに病院に運んだ方がいい」
バズは白いシャツを着た痩せすぎの男に詰め寄った。
「おい。仲間の部屋はどこだ?ここは二人部屋だろう。案内しろ」
ポケットに銃を仕舞うと、そのままポケットに手を入れたまま左手で男を押した。
「わ、わかった。抵抗しないから撃たないでくれ」
ドアを出る前に今里に振り返る。手で合図をすると今里は首を縦に振った。表の仲間に電話をすると自分も部屋を出る。レセプションではサニーがまだ予約があるはずだと言い続けていた。その向こうにエツコの姿が見えた。
何食わぬ顔で今里の前まで歩いてくると「ここ?」と尋ねた。
「そうだけど」
今里は何故自分が答えているのかわからなかった。エツコのためにドアを開く。エツコは部屋に入るとベッドを覗きこんだ。
「こんなことになっているんじゃないかって思ってた」
ぽつりとエツコがつぶやいた。
「ごめんね、リョウくん。わたしのせいで」
リョウの傍らに跪くと手を握り締めた。
「もう安全だから。もう無理しなくていいから。あと少しだけ頑張って」
今里は何も言わなかった。1分ほどエツコは無言のままリョウを見つめると、そっと手を離した。そこへ今里の仲間が入ってきた。
「久しぶりね、えっちゃん」
「あれ?どこかで会ったことあるよね」
「ええ。パースのバックパッカーで」
ワンピースの女性が立っていた。メガネをかけた日本人でストレートの髪をしている。
「ひろみさんだっけ?バズの知り合い?」
「ええ。ごめんなさい。わたしたちはずっと前からエツコを監視してたのよ」
エツコは立ち上がった。
「あとは任せて。この子は安全な病院まで運びます」
エツコは微笑んだ。
「よろしく頼むわ」
部屋をあとにするとエツコはさっさとホテルを出た。サニーがエツコに気付いて後を追った。
「クルマにいてって言ったのに」
「リョウくんに謝っておきたかったの」
「気持ちはわかるけど。危ないことはしないで」
そこへバズが白人の男二人とホテルを出てきた。
「エツコ、キャンピングカーの方へ乗ってくれ。これからお前の出番だ」
エツコはため息をついた。
「そうね。元に戻さなきゃね」
「出来そうか?」
「もちろん。リョウくんに聞いたから。なにもかも全部。すぐに終わるわ」
1週間後。
パースは平和を取り戻していた。その日、空は抜けるように青かった。真っ青で雲ひとつ無く、スワンリバーのほとりでは多くの人が芝生に座って祝日を楽しんでいた。オーストラリアの国旗を体に巻きつけた少女が二人、はしゃぎながら通り過ぎていく。阿部はそれを目で追ってにやけていた。
「阿部さん、なんかエッチね」
「なんだ、マリア。お前もやればいいんだ」
「無理言わないね。あの子達、あれしか着てないね。そんなこと出来ないね」
阿部はマリアの手を握る。
「それにしても、マリアの意識が戻ってよかったよ」
マリアは少し照れくさそうに微笑んだ。スワンリバーのほとりに広がる広大な芝生の広場はたくさんの人で埋め尽くされていた。ここへ歩いてくる途中、阿部は通りすがりの女の子から小さなオーストラリア国旗をもらった。勝手に阿部のベルトに結んでいったのだ。
「オーストラリアデイって、要するに建国記念日だよな?」
「そうね」
「日本のとは大違いだな」
「みんな楽しんでるね。セレブレーションね。お祭りね」
阿部はバックパッカーに泊まっていた。マリアはパースのホテルで暮らしている。阿部はマリアも誘ったのだが仕事の後片付けがあるから、と断った。
「あとでサニーも来るって言ってたね」
「ああ、みんなでお祝いだな。平和なパースに」
阿部は空を仰ぎ見た。ヘリコプターが巨大なオーストラリア国旗をたなびかせて引いていく。
「マリアちゃん」
その声で阿部は振り返った。
「エツコ」
エツコが駆け寄ってくるところだった。
「みんな場所とってるよ。飲み物もあるから来たら」
「そうね。阿部さん、行きましょ」
「ああ。しばらくしたら行くよ」
「そう。じゃあ先に行ってるね」
「エツコはどうする?」
「わたしは、ちょっと散歩中。阿部くん、暇なら一緒に歩く?」
「ああ、暇だよ、オレは」
エツコは、さっさと歩き出した。阿部は追いかけるように歩き出す。
「阿部くん」
振り向かずにエツコが言った。
「ちゃんと生きて帰ってきてくれてありがと」
「当たり前だろ。エツコ達が安全に通過したのはお前からのメッセージでわかったからな。後はアクセルを踏みつけるだけのことだよ。追いつかれたりしないさ」
「そういうことじゃなくて。まあ、礼を言っとく」
「ああ」
エツコが広場の真ん中で急に立ち止まった。
「あ、鯉のぼり」
「鯉のぼり?」
阿部も釣られて立ち止まった。見上げると空高く鯉のぼりと吹流しがいくつもロープに引かれて泳いでいた。
「なんで鯉のぼりなんだろうな」
エツコが振り返った。満面に笑顔だった。
「それはね」
「なんだよ?」
「パースを元に戻すときにね。ちょっとついでに鯉のぼりを上げてほしいなって。平和の象徴だと思わない?」
阿部はエツコをまじまじと見た。
「お前のせいか」
「えへへ」
阿部も笑い出した。
「わたし、写真撮っとく」
「ああ。好きにしろよ」
真っ青な空に鯉のぼりが気持ち良さそうに泳いでいる。エツコはすっかり日焼けした両腕を伸ばすとカメラを構えた。
風がエツコの髪を遊ばせていた。
「これでいいわ。じゃあ、阿部くん。みんなのところへ戻ろっか。サニーちゃんもシンヤくんもみんな待ってる」
阿部はエツコの後を歩き出す。その向こうでサニーが手を振っていた。バズもシンヤも、バックパッカーのみんなもそこにいた。みんなが笑顔で空を眺めていた。




