スラローム
30分後、阿部はバズのコモドアと合流した。サニーはスカイラインへ乗り移ると妨害機にパソコンを繋ぎ直した。常にモニターしながらランビィエキャストの位置を割り出すためだ。
「バズと言ったっけ?予備のガソリンは無いか?」
阿部はスカイラインから降りるとコモドアの運転席まで歩いた。
「20リッターくらいならな」
「貰えないかな。ギリギリなんだ」
バズはニヤっと笑った。
「ああ、持ってけ。こっちは充分に残っている」
「サンキュー」
阿部は礼を言ってトランクを開けた。その間もエツコは助手席から出ようとはしなかった。パトカーが来る。10台、いやもっと。どうして?わたしたちがやったんじゃない。あれは事故なのに。だけど、どうやっても止められない。彼らは怒りで行動している。アルバニー中のパトカーが、このスカイラインを狙っている。
阿部はガソリンを給油するとスカイラインの助手席を開けた。
「それとだ、エツコ」
エツコが顔を上げた。
「お前は向こうに乗れ」
エツコが阿部を睨んだ。
「どうしてよ?邪魔だっていうの?何度も助けてやったじゃない」
阿部は鼻で笑った。
「そうじゃない。ありがとうな、エツコ」
それから手を伸ばした。エツコの手を握る。
「狙われているのは青いスカイラインだ。ホールデンじゃない。お前はあっちの車でランビィエキャストを探せ。サニーが繋いだパソコンで方角と距離が出る」
「阿部くんはどうするの?わたしがいなきゃ死んじゃうかもしれないじゃない」
「笑わせるなよ、エツコ。オレはお前抜きでも逃げ切ってやるよ」
後部座席からサニーが顔を出した。
「大丈夫よ、エツコねえやん。無事にエツコねえやんがアルバニーに着いたら警察に投降するから。ちょっとの間、時間稼ぎするだけやもん」
「だけど」
そう言いながら阿部を見る。だが阿部の心はわからなかった。さっきはあんなに見えていたのに。どうしてわからないのだろう。エツコは唇を噛んだ。
「ノーチョイスだ、エツコ。お前は出来るだけ確実な方法でランビィキャストを奪取しなくてはならない。アルバニーもパースも、エツコ、お前次第なんだ。お前にしか出来ないんだ」
「サニーちゃんはどうするの?こっちに乗るの?」
「うん。後でエツコねえやんに合流しなくちゃいけないし、警察に投降した時に事情を説明する人間が必
要やからね。今もバズにいやん達の方からも手を回してもらってはいるのだけど、アルバニーの警察に充
分情報がいってないのよ」
「さあ、そういうわけだから。おとなしく向こうに乗ってくれ」
エツコがしぶしぶ立ち上がる。
「阿部くん」
スカイラインから降りるとエツコは阿部をまっすぐに見た。
「死なんといてよ」
そう言うと右手を突き出した。
「なんだ?」
「握手。また会おうねっていう握手」
阿部は声を出して笑った。
「ああ。また会おう」
エツコの手をしっかりと握り返した。手を離すとエツコは阿部から顔を背けると振り返らずにコモドアに
乗り込んだ。
「ああ、それからサニー」
「なあに?」
「あっちのコモドアから12ミリのスパナを貰ってきてくれないか。さっきぶつけたところを応急修理し
ときたいんだ」
「いいわよ。ちょっと待ってて」
サニーはスカイラインを降りるとコモドアのバズのところへ駆け寄った。阿部はスカイラインに乗り込む
とエンジンをかけた。慌ててサニーが振り返る。
「先に行くぜ、また後でな」
阿部はギアを1速に繋ぐとスカイラインを発進させた。サニーは何か叫んでいたが阿部の耳には届かなか
った。
阿部はスカイラインを加速させながら助手席の上のパソコンを妨害装置から引き抜いた。そしてそのま
ま助手席の下へ放り込む。急なコーナリングで吹っ飛んできてもたまらない。バックミラーにはコモドア
は写らなかった。計器類をチェックする。水温はノーマル位置にある。油圧も正常。燃費モードにしてあ
ったエキゾーストをパワーモードに切り替える。燃調プログラムも自動的に切り替わる。スカイラインは
爆音を立てて加速した。
「さあ、あと一勝負というところだな」
パトカーは全部で14台いた。爆発現場からスカイラインのスピードを計算してロードブロックを敷くつ
もりだった。だが、阿部の移動速度は警察の予測を遥かに上回っていた。
「さあ、おいでなすった」
阿部は独り言をつぶやくとシーケンシャルシフトに手をかけた。パトカーは隊列を組んで走っていたが、こちら気付くと対向車線にはみ出して道路をふさぎかけた。阿部は塞がりきる前に突破するつもりだった。3速から加速を開始する。速度はあっという間に200キロを超える。先頭を走っていたパトカーの警官は、いきなり加速を始めたスカイラインに驚きを隠せなかった。
「あいつは死ぬつもりなのか?」
助手席の警官がわめいたがドライバーは冷静だった。すばやく後輪をロックさせて車体を横に向けるとスカイラインの進路をふさぐ。阿部はその動きを予測していた。いっきにブレーキを踏み込むと荷重の抜けた後輪を滑らせて横に向きかけたパトカーに平行に滑らせると助手席側をパトカーにこすりつけた。パトカーはまるで合気道の技を食らったように慣性でそのまま一回転した。阿部はハンドル操作でスカイラインを直進に戻すとアクセルで加速した。パトカーはスピンしたまま路上に停止した。続いて二台目のパトカーは前方の一台目を避けるのに忙しくて直進のままだった。阿部はその横をすり抜ける。3,4台目は既に道路を封鎖する形で横向きに停止していた。阿部は急ブレーキを踏み込んで停車した。
警官はパトカーから降り始めていた。阿部はハンドルを握りこむとアクセルを一気に踏み込みクラッチを繋いだ。スカイラインはその場で180度ターンをすると阿部は、来た方へ向かって加速した。最初のパトカーをハンドルで避けると加速し続けた。警官はあっけにとられていたが、すぐさま追尾を開始した。
「そうだ、追って来い」
阿部は240キロまで加速させるとそのままの速度をキープする。全速力で逃げたらパトカーも追いつけなくなってしまうだろう。逃げることが目的ではない。突破してしまえれば良かったが、そうも出来ないならこのパトカー達をエツコから引き離すのだ。パトカーが次第に追いついてくる。阿部はさっき見つけたわき道へスカイラインを入れる。この荒野でわき道など少ないが、ないわけでもない。パトカーは阿部を追ってわき道へ乗り入れた。
エツコは、その一部始終を見ていた。
阿部の目を通して見ていた。本当は阿部くんも心がわからない人なんかじゃない。いつもは心を閉ざしているかのようだけど、他の人達と何も変わらない。
「もうだいじょうぶ。阿部くんが通り道を作ってくれた」
その言葉にバズはコモドアを加速させた。アルバニーまで150キロ。1時間以内に到着したい。
「サニー、ランビィエキャストの位置を把握しといてくれよ」
「もちろん。まかせといて。バズにいやんこそ、事故起こさんといてよ」
「アルバニーにいる仲間が捜索を続けている。今里は連絡を頼む。仲間は妨害波を持ってない。時間をかけているとミイラ取りがミイラになっちまう」
エツコは対向車のドライバーを監視していた。こちらのクルマは攻撃されないだろうけれど、エツコの興味はそこではなかった。ランビィエキャストは、どんなメッセージを送り込んだのか。キーワードが知りたかった。わたしたち二人を捕まえようとするメッセージ。そのキーワード。
リョウくんに聞ければいいのだけど、とエツコは思う。だが、リョウの意識は今朝から一度も捉えられなかった。ランビィエキャストは依然として稼動はしているけれど、リョウくんの意思ではない。一度送ったメッセージであればランビィエキャストは繰り返し送れるらしい。メモリーされたメッセージであれば。
それに、稼動しているからといって何かのメッセージを送っているわけでもないのかもしれない。ただの雑音のような感じもする。
「エツコねえやん」
隣に座っていたサニーが声をかけてきた。
「なあに?」
「休憩していてもいいんよ?アルバニーに着いたら大変な仕事があるんだから」
「だいじょうぶ。阿部くんも頑張ってるし、なんか悪いわ」
エツコは再び目を閉じた。サニーはエツコがデトニクスを握り締めているのが気になったが何も言わなかった。何か意味があるのかもしれない。例えば様々な心に潜り込んでも自分を保つための心理的な拠り所とかそういうもの。
「サニーちゃん」
エツコは目を開けた。
「ランビィエキャストの場所、わかった?」
「ううん。まだ」
「わたし、位置はわからないけどどこにあるかは知ってるわよ」
今里が助手席から勢いよく振り向いた。
「まじっすか。どこっすか」
「位置はわからないけど、場所がわかるってどういうこと?エツコねえやん」
エツコは二人を見比べるようにしたが真面目な顔で言った。
「えっとね、なんかトヨタって書いてある」
「トヨタってなんすか?どういう意味っすか?」
「周りの景色がわかるのよ。TOYOTAって看板がある。クルマがたくさん並んでる。けっこう新しいやつばっかり。道路があって、真ん中に木が植わってるの。電柱があって、その向こうにクルマを載せてる大きなトラックが停まってる」
「レンタカー屋なのかもしれないっすね」
「ああ、トヨタの工場とかディーラーの可能性もあるな。真ん中に木が植わってるとなれば、広い道だろう」
「それと、こっちの建物は白い壁。二階建て。モーテルなのかな。こっちもたくさんクルマが停まってる」
「その建物に看板か何かない?エツコねえやん」
「あるけど、名前じゃないと思う。カントリーって書いてある。その下にマナーって。なんか日本の田舎の学校みたいな感じ。そんな感じの建物。学校の校章がある場所に、カントリーってでっかく書いてある」
「アルバニーの仲間に連絡を取るんだ。地図で調べさせろ。ホテルか何かの宿泊施設の目の前にトヨタのディーラーかレンタカー、もしくは工場がある場所だ。おそらくはハイウェイ沿い」
「了解しました。すぐに探させます」




