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サウスコーストハイウェイ

「眠れないのか?」

古臭いデジタルの時計が午前3時を指していた。阿部が目を覚ますとエツコはベッドの上に座っていた。

「さっき目が覚めて。もう寝るから気にしないで」

「何か変わったことでもあったんじゃないのか?」

「ううん。大丈夫。トライなんとかはアルバニーで宿をとってるみたい。まだ動いてない」

阿部は備え付けの冷蔵庫からコーラを取り出した。

「何か飲むか?」

「飲むならワインがいいわ」

「アルコールを飲んでいる場合じゃないだろう」

阿部はミネラルウォーターをエツコに手渡した。

「ありがとう」

少し口をつけるとエツコは微笑んだ。阿部は、その表情を初めて見たような気がした。そんな弱気な笑顔をするようなやつじゃなかった。

「どうしたんだ?らしくない顔してるじゃないか」

エツコは阿部を見つめ返した。笑顔は消え真剣でまっすぐな視線だった。阿部はエツコの隣に座ってコーラを一口飲んだ。

「リョウってやつのことか?」

エツコは顔を上げると阿部を覗き込んだ。

「別に特殊な能力なんかなくても身近な人の考えていることくらいわかるもんだぜ」

エツコは悲しそうな顔で目をそらした。

「トライなんとかの機械の中にはリョウくんがいる」

「ああ、知ってる。サニーがそう言ってたからな」

「マリアちゃんを最初に助けたのがリョウくんだったの。撃たれたのよ。覚えてる?あの翌日、わたしがモンキーマイアに戻ったでしょ。その間、わたしはリョウくんの心を探ってた。どうして助けてくれたのかって思って。それと無事なのかも知りたかったし」

「ああ」

「たぶんね、そのせいなの」

「なにがだ?」

エツコは顔を上げ阿部にもたれた。阿部は少し驚いたがもたれかかるままにした。

「リョウくんがわたしと同じ力を使えるようになった理由」

「どういうことだ?」

「人はね、誰でも言葉じゃなくて意思を伝えることが出来るってわたしは思ってる。けど、その方法っていうかやりかたを忘れちゃってるだけだって。阿部くんがさっき、わたしが考えていることがわかったように、それって本当はすごく自然なことなのよ。誰かを好きになると、その人のことが知りたくなる。何を考えているんだろう、どんな気持ちなんだろうって思うじゃない?それを繰り返しているうちにだんだんわかるようになる。それって心が通じ合うって言うじゃない?言葉にしなくても気持ちがわかるようになるじゃない」

「それは超能力ではないだろう」

「たぶん、違う。けど違わないかもしれない。超能力なんて本当は無いのかもしれない。誰かが好きだから心が通じ合うの。気持ちを知りたいと思うから心が通うの」

「わかっているのなら悪用しちゃまずいよな」

エツコは阿部を睨んだ。

「だから使わないようにしてるって言ったじゃない」

「ああ、そうだったな。オレはトライバイテックのことを言ったんだがな」

エツコは目をそらす。落ち着きがないのはいつものことだ。まっすぐに見つめる目。エツコは相手の目をまっすぐに見つめる。見つめるか、目をそらすか。どちらかしかないのだな、と阿部は思った。

「オレはお前が好きだよ」

エツコは驚いたように阿部を見つめた。表情は真剣だったがうれしそうでもなかった。

「いや、友達として、だ。恋人にしてくださいと言っているわけじゃない」

「そう」

エツコは再び目をそらした。それは少し残念そうに見えた。阿部は、そんなふうに考える自分自身がおかしくて思わず、ふっと笑った。

「なにがおかしいのよ?」

「いや、面白いやつだよ、お前は」


「話を戻すが、つまりリョウはエツコに意識朦朧としてる間に心を覗かれたから方法を思い出したって言いたいのか?」

「思い出すって言い方は違うかもしれないけど、たぶんそうだと思う」

「考えすぎじゃないのか?」

エツコは首を振った。

「さっきから時々リョウくんが見えるの。意思が感じられない。機械の一部って感じの意識なら昼間からしてたけど、それとも違うの。夢を見てるのかもしれないわ。リョウくんは宇宙を彷徨ってる夢を見てるんだと思う。とても広い真っ暗な空間を一人で彷徨ってる。孤独で不安でしょうがないのだけど助けを求める人もいないままなの」

「助けたいのか?」

エツコは阿部の目を見つめる。その視線に阿部は応えたいと思った。

「もちろん助けたいわ。責任もあるし。それにね、リョウくん自身、わたしに助けを求めてる。誰かに命令されてわたしを殺すように言われてるけれど、でも助けてほしいとも思ってる」

「矛盾しているな」

「うん」

「トライバイテックがリョウを使ってエツコを狙ったのは、リョウの洗脳を完成させるためもあったのかもな」

「どういうこと?」

「テクニックとして、だがな。潜在的に助けを求める人間を自分の手で殺すということはな、まあ一種の親離れみたいなもんなんじゃないかって思うんだ」

「リョウくんを完全にコントロールするために?」

「そうだ。一番やりたくないと思っていることをさせるのは、人格の破壊に手っ取り早い方法だ。それも取り返しのつかないことならなおさらだ」

「じゃあ、わたしがリョウくんを救うことが出来ればトライなんとかはリョウくんをコントロール出来なくなる?」

「そんな簡単にはいかないだろうがな」

「でも可能性はあるよね?」

「さあな。そもそも助けるって言ってもどうしたら助けることになるのかさえ、オレにはよくわからないからな」

「そうね。わたしは考えてみる。リョウくんを助ける方法」

阿部はエツコに「ああ」と答えると、一瞬キスしたい衝動に駆られた。阿部はその考えを振りほどくと立ち上がった。

「だが今夜は寝ておくんだ。明日は大変な一日になるぞ」

エツコは阿部を見つめていたが何も言わなかった。だが阿部にはその気持ちがなんとなくわかるような気がした。エツコもまた、誰かに助けを求めているのだ、と。真っ暗な場所を彷徨っているのはエツコだって同じなのかもしれない。

「でも、前へ進むしかないのよ。わたしは立ち止まらないから」

「ああ」

阿部は、それが意思の強さや精神の強さではないとわかっていた。エツコはそう宣言することでポジティブであろうとしているのだ、と。

 エツコ自身、自分が災いの種を作っていることを知っているのだろう。リョウのことも、トライバイテックのことも。阿部の知らない過去のことも。多くのトラブルに巻き込まれたのだろう。その原因が自分自身にあることも知っているのだろう。だが、エツコはポジティブであろうと努力する。それがどんなに難しいことなのか、阿部は痛いくらいにわかっていた。


 午前4時。サニー達はアルバニーから100キロくらい東に行ったところにいた。サニーもバズもトライバイテックのランビィエキャストがどんな車両で移動しているのかわからなかった。アルバニーの街で探すことも難しい。そこで先行してランビィエキャストの磁場計測をしながら探っていくことにしたのだ。

「たぶん大型のバンのようなクルマだと思うってシェリルが言っていたわ。ある程度の機器とリョウって子を乗せているはずだし、それをコントロールする人員も必要だからって」

バズはうなずいた。長時間の運転でバズは疲れた目をしていた。夜間の走行は安楽なものではなかった。カンガルーは夜行性でクルマのヘッドライトに向かって飛び出す習性がある。大型の動物と衝突して無事な保障はどこにもない。結果、速度は上げられず気も抜けない。スーパースポーツを追っていた車両は既に追跡を中止していた。色はシルバー、非常に低いスーパーカーだ、という。ここオーストラリアでそんなクルマは見たこともない。大型セダンは走り回っているが高級車の類はほとんどないのだ。見かけたら、それがそうなのだろう。

 車種などわからなくても発見は容易い。

「交代で仮眠を取ろう。悪いが俺は先に寝かせてもらうよ」

バズはそういうとシートを倒した。

「今里くんも寝ていいわ。わたしはさっき少し眠ったから。それっぽいクルマが来たら起こすわ」

サニーはクルマから降りた。空気は冷たくて気持ちよかった。うっすらと明るくなりかけたサウスコーストハイウェイは物音一つ聞こえなかった。通過するクルマも滅多にない。動物の気配もなければ、風さえもなかった。虫もほとんどいない。クルマは道路脇の空き地に駐車していた。そんな場所さえも探すのに苦労するほど単調で何も変化がない道なのだ。この辺りでは木々は低いが道路以外を埋め尽くしていた。一本のまっすぐに伸びる道路は砂に侵食されアスファルトは荒れていた。道幅は広くはない。片側1車線。路肩は砂地。暗くてわからなかったが、おそらく赤土のような細かい砂なのだろう。湿度は低くシャワーを浴びてはいなかったがベトついた感じはしなかった。見上げるとたくさんの星が見えた。何もない景色の中で、その星空だけがキラキラとしていて美しかった。


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