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車を買いに行く

 シティーのホテルの前でヒデと別れると、阿部はチェックインを済ませて部屋に入った。こんな真夜中では観光をする気にもなれない。第一、ファルコンの窓から見たシティーはすっかり眠っているようだった。店なんか何処も開いちゃいない。

 ヒデは別のところに住んでいるから、明日の朝、また来ると言っていた。

 とにかく、今は疲れをとることが大切だ。今日は移動をしただけでこんなにも疲れている。どう考えても、スープラで一日中走っているよりも疲れが激しい。

 阿部はシャワーを使い、さっさとベッドに潜り込んだ。

 とにかく休まないと体が持たない。


 翌日、ヒデの運転するファルコンでセルティックコーポレーションと名乗るダミー会社のオフィスを阿部は訪ねた。そこにいたのは太っちょのオーストラリア女でシンシアと名乗った。彼女は英語でまくし立てたが、結局、阿部には半分も理解が出来なかった。最後にはシンシアも諦めたように見えた。

 結局、つまりはこういうことだ。

 近いうちに日本語の出来るスタッフが来るから、そいつと一緒に仕事をしてくれ、と。

 それと阿部の使う車の手配をしているが、何か要望はあるか、と言っていた。そこだけは阿部にもはっきりと意味が分かった。何をするのかわからないのに車種を選ぶことは出来ない、と阿部は答えた。そこから仕事の内容をシンシアはゆっくりと、けれども訛りのきつい英語で説明し始めたのだが、阿部にはチンプンカンプンだった。

 阿部は途中で遮って、ヒデを通訳に使うことを提案したが、シンシアは部外者に秘密を漏らすわけにはいかない、と拒否したのだった。


 ファルコンの中で乾いた景色を眺めながら、阿部は考えていた。

 シンシアの言っていることは半分も理解できなかったが、誰か人を探してシドニーまで連れて行くのが目的らしい。場合によっては日本の研究室の方まで一緒に行くことになるかもしれない、とシンシアは話した。理由はわからなかった。シンシアが話さなかったのか、それとも阿部が聞き取れなかったのか、それはわからない。

 ひどくもどかしかった。

 相手の話している内容が半分も理解できないなんて。コミュニケーションが取れない状況が、こんなにもイライラするものだと阿部は知らなかった。

「ヒデは何処で英語を習ったんだ?」

フリーウェイを時速110キロで流しながらヒデはハッハと笑った。

「僕は何年もオーストラリアに住んでいるんですよ。今はスチューデントビザから切り替えをしているところでね。ずっと住めたらいいなって思っているんです」

「そうか。オーストラリアはいいところか?」

ヒデはそれには答えずにステアリングを握り直した。

「それより川崎さん。クルマを探しているんでしょ?手伝いましょうか?」

「いや、そこまでしてもらう理由は無いよ」

 ヒデは首を振った。

「日本人らしいなぁ。遠慮は必ずしも美徳ではないんですよ、ここではね」

 阿部はふっと口元だけで笑うと、大きく頷いた。

「そうだった。もうすっかり忘れていた。じゃあ相談に乗ってもらうおうかな」

「そうこなくっちゃ。どんなのが欲しいですか?いくらぐらいの予算?」

「まあ相場がわからないからな。最低3人が乗ることが出来ればいい。3人分の荷物も飲み込めるトランクが必要だ。だからセダンだな。それから大陸を横断できるやつだ。シドニーまで何時間かかるんだ?」

「何時間?うーん、それって1週間くらいはかかると思いますけど?5000キロあるんですよ?まっすぐ行っても」

「ぶっ通し100キロで50時間か」

「死にますよ、それって」

「何故だ?」

「絶対に眠気に襲われます。止まらないなんてことも出来ないです。燃料無くなります。腹減ります。それからカンガルーが飛び出します」

 阿部は思わず吹き出した。

「カンガルー?それが問題なのか?」

 ヒデは真面目な顔で頷いた。

「当たり前ですよ。まともにカンガルーを轢いたらラジエーターぶっ壊れますからね。その場でオーバーヒート、一番近くの街まで100キロですよ。歩けますか?その距離」


 ファルコンが滑り込んだのは郊外の中古車屋だった。

 阿部の目には、そこはクルマ屋というよりもジャンクヤードに見えた。つまりは屑鉄屋だ。クルマだった、と過去形で呼びたくなる車が並んでいるように見えた。

「ヒデ、おれの探しているのはマトモに走るクルマだぜ?」

「大丈夫ですよ。ここのオーナーとは顔見知りなんです。どんなクルマだって手に入れてくれますよ」

 そういうとヒデはさっさと車を停めて降りてしまった。阿部は仕方なくドアを開けた。

 まあ、いいさ。暇つぶしくらいにはなるだろう、と思ったのだ。

 ヒデは日差しの強い太陽から逃れるようにバラックのような建物の方へ走っていった。

阿部は太陽を見上げた。その瞬間、後悔した。日差しは強いなんてものではなかった。

オゾン層が無い、と噂を聞いたことがあるのを阿部は思い出していた。日差しは暑いんじゃなくて、痛い、と感じた。

「やあ、シンヤ。ボンドはいるかい?」

 ヒデは日本語で建物から出てきた若い男に声をかけた。

「いるよ。奥でインターネットしているよ」

 なんでこんなに日本人ばかり出てくるのだろう、と阿部は思った。そんなに日本人が住んでいて、あっちこっちにいるのだろうかと考えていた。

「お客を連れてきたんだけどなぁ。マトモに走るヤツが欲しいんだって」

「うちにあるクルマは全部、まともに走るよ、ヒデ」

 いいや、違うな、と阿部は思った。ヒデの案内しているのが日本語の通じる場所だっていうだけだ。

「そういうことじゃなくて。シドニーまでぶっ飛ばしていけるくらいのやつじゃなきゃダメなんだ」

 シンヤは軽く頷いた。

「わかった。ボンドを呼んでくるよ」


 ボンド、と呼ばれた男は、どう見ても007とは縁遠い容貌をしていた。

 背は低く丸顔。何処から見てもアジア人だった。おまけに童顔だった。年齢はわからない。ただ、ひどく幼く見えるのは確かだった。

「彼はコリアンなんだよ。ボンドはイングリッシュネームなんだよ」

 シンヤが紹介すると、ボンドは人懐っこい笑顔を見せて手招きで奥へと阿部を誘った。阿部がヒデを見ると、彼は軽く頷いた。

「大丈夫。ボンドはいいやつ」

「こっち、川崎さん。こっち」

 ボンドは片言の日本語で言うと、さっさと奥の方へ入っていく。阿部は仕方なく付いていく。

「川崎さん、速いクルマ欲しい。アイハブ、ワン」

一台持っている、と言う言葉を阿部は素直には信じることは出来なかった。

「は~チンチン、チンチン」

 意味不明の言葉をつぶやきながらボンドは事務所を通り抜けると裏庭を通り抜け、その先の廃墟のような建物へと歩いていく。その後姿は愛嬌があったが、だが阿部は胡散臭さに少しだけ不安を感じていた。

「さあ、この中。カモーン、ルックアットザーット」

 見てみろ、と言う先には廃車が一台あるように見えた。廃墟の中は薄暗く、外の強烈な太陽光に慣れた目には良く見えなかった。

「ボンネットが無いように見えるが、気のせいか?」 

 阿部はヒデにつぶやきながら中に入った。徐々に目が慣れてくるにしたがって、そこには修理工場の設備が整っていることがわかってきた。阿部は少し意外に思っていた。マトモな修理などやってそうに無いと思っていたからだ。

「スカイライン、か?」

 阿部は、そのメタリックブルーのクルマに近寄った。

「R33のスカイラインGTSか。セダンボディーだな」

 まあスカイラインでも悪くは無いか、と阿部は思った。2.5リッター直6のRB25DEなら、それなりには走るだろう。だが、と阿部は思った。

「だがな、ボンド、エンジンが入ってないぞ」

 ボンネットを外されたエンジンルームには、エンジンはおろかミッションさえも無かったのだ。

「アイノウ。バット、スペシャルエンジン、ウイルビーカム、ヒヤ」

「すげえエンジンが来る、って言っているよ、川崎さん」

 通訳されなくてもわかっていた。ボンドの話す英語はわかりやすい。だが、それとこれとは別だ。スペシャルだといわれてもすぐには信じられなかった。

「OK、トゥマロウ。カムアゲイン」

 そういうとボンドは、すたすたと歩いていった。阿部は呆気に取られて見送った。シンヤと呼ばれた日本人が阿部の方を向いた。

「ホントは買い手があってやりかけたんですよ、このクルマ。でもそいつ金が無いって言い出して。だから安くしときます。どうですか?」

「どうって言われてもな。エンジンベイになんにも無い状態じゃあ、な」


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