秘密結社
エツコはスピードに慣れてきていた。
ほとんどまっすぐな道を時速160kmで走り続けていた。こんなの電車と一緒だわ、とエツコは思った。けど、ヒデが言ってたっけ。カンガルーが飛び出してくるからスピードの出し過ぎに注意だって。けど、まだ日も高い。夜行性だって聞いたし。後部席を振り返ってバッグをつかむ。
「サニーちゃんは、何を入れてくれたのかな」
「どうせチョコレートとかその類だろ」
「まあそれも入っていたけどね」
ティムタムを一つ取り出すと早速包みを破った。
「阿部くんも一つ食べる?」
「いや、オレはいい」
「つまんないな」
エツコは阿部の手元を見た。ギアの手前、赤いランプが消えていた。
「なんか危険地域を脱出したみたいだけど」
「そうらしいな」
「スピード落としたほうがいいんじゃないの」
「どうせまた追いつかれるだろう。行けるところまで行っておく」
「パトカーにつかまるよ」
「逃げられるさ」
エツコは「ふーん」とつぶやくと二つ目のティムタムに手を伸ばした。最近、あまり運動もしてないし太ってきたかな、と思っていた。
サニーは自分用のレンタカーでオフィスを離れた。
今里が運転をする。携帯電話で3階にいるシェリルに状況を説明する。警察への対応はシェリルがやってくれるだろう。アバラにヒビが入ってるって言ってたけど、今里は大丈夫なんだろうか。サニーは心配をしながらも、だがそれ以上に不信感でいっぱいだった。
「今里くん。説明してくれるわよね?」
携帯電話をバッグに仕舞いながらサニーは言った。
「そうっすね」
今里はシャツの腕を巻き上げながら運転していた。防弾チョッキは脱いでいた。一度銃撃された防弾チョッキは使い物にならない。それに今里はアバラの痛みを少しでもやわらげたかった。サニーは今里達を信用しているわけではなかったが、しかし警察とトラぶっている暇もない。どこへ行くつもりだろう。先行するクルマにはバズと名乗った男が乗っている。あちらはフォードファルコン。それも古いクルマだった。サニーはどこかでそのクルマを見たことがあるような気がした。
「どこから話しますか?」
「まずは今里くん、あなたは誰?なにものなの?」
今里は、少し笑ったように見えた。サニーはバカにされた気がした。
「サニーはどう思ってるんすか?」
「あのバズっていう人の仲間。赤いなんとかっていう秘密結社の」
今里はニヤニヤしていた。
「なに?違うの?」
「赤い対戦車砲って噂は有名ですよね。日本人を海外で警護する秘密結社だとか」
「そうね。オーストラリアに来てから聞いたけど。けどあちこちで噂は流れているわ」
「じつはですね、サニー。赤い対戦車砲なんていう秘密結社は存在しないんです。第一、海外の普通の日本人を勝手に警護したってなんの利益もない」
「どういうこと?」
サニーはまったく意味がわからなかった。存在しない?けれど調査した結果は、その組織の痕跡を裏付けていた。
「その秘密結社っていうのが隠れ蓑なんですよ、そもそも。バズも俺も秘密結社なんてものではないんです。けどバズ兄はね、人が良すぎて困ってる日本人を助けたりすること多いんすよ。助けるって言っても、道に迷ってた、とか怪しいところに迷い込んでたみたいなケースがほとんどですけど。で、そのたびに自分は秘密結社の人間だ、とか名前はバズだとか言ってるもんだから、いつの間にかそういう噂が広まったみたいなんすよ。まあ、本当のところ明かすわけにもいかないし、結果的には動きやすいから上層部も黙認してるって感じで」
そう言うと今里は頭を掻いた。
「サニーは日本人なんでしたよね?」
「そうよ」
サニーの外見は白人のようだったが、サニーは日本生まれだ。エツコも阿部も信じてはいなかったけれども。
「公安調査庁っていうのはご存知ですか?」
「日本のCIAね?」
「うーん、ちょっと違いますが。まあ、そういう側面もあるって感じですかね。僕はそっち方面の人間なんです。はっきりと素性は明かせませんけど。主に北朝鮮やロシアなんかが活動範囲なんですけどね、本来。今回はレアケースっていうか。昨年の1月、つまりちょうど1年前ですけど、ある情報が入ってきたんです」
「トライバイテックの件?」
「まあ、結果的には。公安は日本国内では右翼、左翼組織を監視し調査するのも仕事なんすけど、ある組織にね、なんかとんでもない計画があることがわかったんすよ」
「その組織は右翼組織というよりは宗教組織に近いんですけどね。けっこう信者を集めてるんすけど、そのご本尊というか創設者は宗教活動よりも政治活動にご執心なんすよ。けど、得票はあつまらないわけっす。たぶん発端はそんなところからの発想だったと思うんすけどね」
「ランビィエキャストで選挙に勝つ?」
「バカみたいに聞こえるっしょ?」
「そうね」
「けど、自分のところでそれを本気で研究し始めたんすよ。多くの人間に思想を吹き込む研究。その思想が正しいかどうかは関係ないんすよ。日本の構造っていうのは、思想の正しさじゃなくて、その思想の規模っていうか大きさ、多くの人が持つ思想っていうのが正しいみたいなことあるじゃないですか」
サニーは何も言わなかった。
「その組織は研究を続けた。資金はわりとあったから海外の研究組織にもコンタクトを取ったりしたみたいなんすよ。まあ、ほとんどは相手にしなかったと聞きましたけど」
「けれどトライバイテックはそうじゃなかった」
「そうなんすよ」
今里はため息をついた。
「そんな妄想みたいなことを誰も本気にしなかったら、こんなことにはならなかったんっすよ。けれどサニーが知っているとおり、トライバイテックは金になればなんでも売ることで有名な武器商人です。成功するもしないも関係ない。資金は出る。潤沢な日本資産ってわけです。散々海外の研究機関にコンタクトを取り続けたために、トライバイテックはそれが金になるってことに気がついた」
「私たちも似たような会社だけどね」
「そうっすね。それは潜入捜査してて思いました」
「どうしてトライバイテックに潜入しなかったの?」
「それはトライバイテックの開発を邪魔するよりも、その対抗手段を手に入れるのが目的だったからっすよ。開発は遅かれ早かれ進むのはわかっていました。俺たちはなにも調査しないで飛び込んだりしないんすよ。そもそもエツコはなぜ狙われているんだと思いますか?」
「それはエツコねえやんにパワーがあるから」
「そうっす。でもただパワーがある人間は他にもいる。ランビィエキャストは力の大小は関係ないんすよ。その能力があればいい。エツコほどの強力なパワーは必要ではないんすよ」
「じゃあなぜ?」
「これも俺たちの調査でわかったことなんすけど、エツコは一度だけ、その宗教施設に行ったことがあるんすよ」




