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オーバーサイズ

 交通量のほとんどない直線道路が続いていた。阿部はオーストラリアの道路というのは砂漠の中をただひたすらに伸びていくものだとイメージしていた。だが、そうではない。人の背丈よりすこしばかり高い潅木の中に道路を切り開いたような感じだ。道路上の見通しはいいが地形の高低さもわずかしかないために遠くまで見通すことが出来ない。

「慣れてくると飽きるな」

阿部はため息をつくように言った。

「なにが?」

エツコはスポーツバッグの中をかき回しながら言った。サニーがエツコのために用意したものだ。長旅でエツコが退屈しないようにとの配慮だとかなんとか。

「ハンドル操作はほとんどいらない。アクセルもずっと同じ踏み加減のまま。眠気が最大の敵って具合だ。たまらないぜ、まったく」

「運転してあげようか?わたしだって免許ぐらいあるもん」

阿部はふっと笑う。

「代わってみるか。運転、出来ないと思うぜ」

そういうと路肩にスカイラインを寄せると静かに停めた。エツコはバッグを後部席に戻すとドアを開ける。飛び跳ねるように運転席に移動する。

「本気か?」

「運転ぐらいできるって」

阿部は苦笑いをすると体をよじりながら助手席に移動する。スカイラインの居住性は悪くない。長い足を折りたたんでシフトレバーをまたぐと助手席でくつろいだ。シートベルトはしない。

「どうやってシート動かすの?」

アクセルに足が届かずにエツコはキョロキョロとレバーを探す。阿部はシートを調節してやるとクラッチを指さす。

「特殊なギアだからな。最初の発進以外はクラッチを踏む必要はないよ。一瞬だけアクセルを緩めればギアが変わる」

「なにそれ?オートマ?」

「オートマじゃない。そういうもんなんだよ。まずはクラッチを踏め」

エツコは怪訝そうな顔でクラッチに足を乗せようとするが場所がわからずに目で確かめる。

「なにこれ?動くの?」

「踏力が必要なだけだ。目いっぱい踏み込んでみろ」

「堅い。これ踏まなきゃ動かないの?」

「動かんな」

 エツコはハンドルに力を加えると体全体でクラッチを踏み込んだ。

「次は?」

「ギアレバーを手前に引く」

ガチャン、とオモチャのような音でギアが入る。

「アクセルをゆっくり踏みながらクラッチをゆっくりと戻せ」

エツコはハンドルにしがみつきながらアクセルを踏むと、ものすごい音でエンジンが吼えた。驚いてクラッチを放す。その瞬間、エツコは体が真横に放り投げられた錯覚に陥った。目の前の景色が真横に引っ張られて一瞬の後、静寂が訪れた。腕をひねったのか手首が痛い。

「なに?なにが起きたの?」

阿部は笑っていた。大笑いして右手でギアをニュートラルへ戻す。エンジンは停止していた。

「スピンターンだよ。前に進まずに後輪が横滑りした。結果的に車が一回転してエンストしたんだ」


 阿部は再び運転席に戻っていた。エツコは憮然として助手席に座っていた。

「だから無理だって言っただろ」

おかしそうに阿部が言い、エツコは悔しそうな顔で見つめ返した。

「こんなんクルマちゃうわ。まっすぐ走らんやん」

「パワーを制御する技術が必要ってことだよ」

「足の力だけやんか。クラッチ堅すぎ。走り出しちゃえばわたしだってできるわ」

「そんなことはないぜ」

阿部はエンジンをかけると何事もなかったかのようにゆっくりとUターンさせると走り出した。

「これで2速」

ギアレバーを手前に倒す。クラッチを踏まずにアクセル操作でギアを変える。

「タイミングを合わせてアクセルを緩めるんだ。一瞬、だけな」

「オートマにしてほしいわ」

「無理だな。このエンジンのパワーに耐えられるオートマなんて存在しないんだ。いや、あるにはあるが、とんでもない値段だし、スカイラインには収まらない。それにな、オートマにしたところで、おまえには無理だと思うぞ」

「なんでよ。アクセルとブレーキだけでしょ」

「途方もないパワーだからな。電子制御の助けなしで巨大なパワーをコントロールするのは慣れと勘が必要なんだよ」

「なにそれ。もうわたし運転なんかしてやらないから」

「期待してねえよ」

阿部は笑いながら言った。エツコは不機嫌そうな顔で阿部から目をそらすと後部席のバッグに手を伸ばそうとして、後部ガラスの向こう側に車影を発見した。

「阿部くん、あれってポリスじゃない?」

阿部もバックミラーに目をやると赤いボディーのホールデンだった。

「高速ポリスだな」

「パトライトつけてるよ。止まったほうがいいんじゃないの?」

阿部はためいきをつく。

「速度違反をしてるわけじゃない。このまま様子を見る」

トライバイテックの影響がどこまで及んでいるのかわからない、と阿部は思った。警官だからといって信用できるとは限らない。パトカーはそのまま車間を詰めてきつつあった。他に走っている車はいない。向こうがこちらを停車させようとしているのはあきらかだった。

「ただの気まぐれかも」

エツコが言うと阿部は首を振った。

「そうかもしれん。こんなところでスピード違反の取締りしていたら暇すぎるだろう。だがな」

阿部はパトカーが対向車線に出て追い越しをかけてくるタイミングで決断した。

「サニーは誰も信用するなといったんだ。たとえ警官でも一緒のことだ」

阿部はギアを1段落とすとアクセルに力を込めた。


 サニーが用意した精神波妨害装置はパイロットランプが点灯していた。

 阿部はそれが、なんらかの精神波を受信している状態だということを示すのだと説明を受けた。もちろんエツコの影響なのかもしれない。無意識的にエツコが発信状態であれば、それとトライバイテックの攻撃波とを区別することはできない。しかし、ここまでパイロットランプが点灯することはなかったのだ。

エツコの言うことを信用するならば、自分の意思で自分の力をコントロールすることが出来るという。

 それならば、これは危険な状態だ。ここまで道路状況や警察とのトラブルを避けるためにも制限速度を守って走行してきている。トライバイテックがこちらの動きを捉えられるのだとすれば、追ってきている

と考えるほうが自然だ。いずれにしても有効範囲から逃れなければならない。そもそも、それが目的なのだから。

「振り切るぞ」

阿部は赤く光るパイロットランプを指差した。

「トライバカなんとかが追いついてきてるってこと?」

「そうだ。このパトカーは敵の可能性がある」

真横に並んだパトカーの助手席には日焼けしたオージーが乗っていた。もちろん警官の制服を着ている。

痩せた男だ。強そうな感じは微塵もない。手を振って停車を促していたが、阿部は無視するとさらにアクセルを踏み込む。スカイラインは吼えるようにエンジンを震わせるとリアを沈めて加速体制に入った。エツコはシートに押し付けられる感覚で開きかけた口を閉じた。スカイラインは160キロを超えて加速し続けていた。ホールデンパトカーは車線を戻すと、スカイラインを追って加速した。

「けっこう速いよ、あのパトカー」

エツコは助手席から後ろを振り返りながら、なぜか嬉しそうに言った。

「高速ポリスなら6リッターV8のハイパフォーマンスモデルって可能性もある。排気量だけなら、こっちの二倍だ。それなりに速いだろう」

「追いつかれる?」

「まさか。追いつかせたりなんかしねえよ」

阿部は4速のまま高回転まで引っ張り続けると5速へシフトした。エツコは目の前のアスファルトがものすごい勢いで後ろへ吹っ飛んでいく錯覚に襲われていた。あまりに変化のない景色のため感覚がおかしくなりそうだ。荒れた路面でスカイラインは時々弾かれたように進路を乱される。そのたびにエツコは舌をかみそうになってダッシュボードに両手を伸ばして体を支えた。

「何キロでてるの?」

「今、260ってとこだ。ホールデンの野郎、ぴったりついてきやがる」

阿部はそれ以上アクセルを踏み込むのを躊躇っていた。路面の荒れがひどすぎる。区間にもよるが、今の路面はかなり補修されていないようだった。アスファルトはひびだらけでスカイラインは小刻みに振動し続けている。ステアリングを握る両手はじっとりと汗ばんできていた。このスピードで体当たりってことはないだろう、と阿部は思った。このまま走り続ければそのうちあきらめるんじゃないのか。その瞬間、対向車が視界に入った。吸い寄せられるように近寄ってくると車種もわからないうちにすれ違った。

「オーバーサイズ!」

エツコが叫んだ。

「オーバーサイズって書いてあった。スピード落として」

阿部は瞬時に理解したがスピードは緩めなかった。車線からはみ出すサイズのトレーラーがやってくる。さっきのは先導車だろう。少し路肩寄りにスカイラインを誘導する。完全に乾いた砂に左タイヤだけ乗った形になる。急な操作で即スピンだな、と阿部は思った。ホールデンはそれを察してか車間距離を開けたようだ。軽いカーブで思ったよりも遠くまでは見通せない。こんなスピードでなければ問題にならないのだろうがな、と阿部は思った。と、そいつが姿を現した。

「なにあれ」

エツコが叫ぶ。大型トレーラーの荷台に載っていたのは超大型トラックだった。トレーラーの荷台からほぼ左右両輪ともはみ出して積載されたそれは、完全に二車線ともふさいでいた。逃げ場は路肩の砂地しかない。

阿部は一気にブレーキを踏み込んだ。エツコはダッシュボードを支えていた腕が折れたかと思った。シートベルトが胸とお腹を急激にしめつけ息が止まった。阿部はすぐさまブレーキを緩めると一気に路肩へと躍り出た。フロントスポイラーが真っ赤な砂をすくい上げた。グリップを失った後輪が横滑りを始める瞬間に、阿部はカウンターを切る。ガンっと衝撃がきた。左フロントに何かがヒットしたようだ。路肩の石かもしれない。スカイラインは赤土を巻き上げて走り抜けた。オーバーサイズは3台いて、阿部は必死にステアリングを操作し続けた。速度は120まで落ちていたが止まりはしない。後部警戒車を確認すると、阿部はアスファルトの上にスカイラインを戻した。

 バックミラーにはもうもうとした土煙が写っていた。それは両脇の潅木をはるかに超え15メートルは巻き上げられたようだ。


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