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ランビィエキャスト

 阿部はスカイラインのバッテリーから配線された奇妙な機器について事前説明を受けていた。

 エツコはそれについて聞きたがっていた。

「そんなこと言ってもな、おれは科学者じゃないからな。聞いた以上の説明は出来んのだ」

「そんなこと知ってるわよ。つまりこの機械が私たちを守ってくれるんでしょ?」

「守ってくれるというのは違うな。あくまでエツコの命を守るのはオレの仕事だ。ただ、直接的な精神攻撃に対してバリアを張ってるみたいなもんだって」

「バリアねえ。なんかちっちゃいころにさ、指をこうやってクロスさせてバーリアみたいなことして」

 阿部はふっと笑う。こんな時に余裕だな。

「まあ、そんなもんだよ。サニーが言うには、それでもエツコの意識はとびっきり強力だから漏れ出るらしいけどな」

「へえ。このバリアは外からだけじゃなくて内側からもバリアになっちゃうのか」

「そうだ。今は作動させてるけど不都合があれば電源を切ることも出来る。いつかみたいにエツコの力を使いたいと思っても、この機械が邪魔をするからな」

「使わないから」

 エツコは阿部をにらむと言い捨てた。

「気持ちはわかるけどな。自分の命だぜ?」

「自分のためには使いたくない」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろう」

サイドブレーキの隣に、とってつけたようなスイッチが一つ。カバーが付けてあり不用意にスイッチに触れないようにしてある。それがメインスイッチだった。細かい設定用のコンソールのようなものはない。急造の機械でパワーコントロールだとか設定のようなものはパソコンをつながないと変更も出来ない。本体機器はアルミ製アタッシュケースの中だった。それは後部席の足元に転がされている。それは特殊な磁場を形成し精神波を打ち消す役割をする。

「サニーちゃんは人間は受信機だって言ってたよね?」

「ああ。たとえ話だけどな。人間を携帯電話にたとえるなら、普通の人間っていうのは受信は可能だけど発信は出来ないわけだ」

「それじゃ携帯電話じゃないわ」

「だからたとえ話だよ」

 スカイラインは海岸線を避けて森の中のハイウェイを走っていた。海岸線に沿って街が点在するためだ。リゾート地のような町だったが、不特定多数が敵になる可能性がある以上、人口の少ない方へ行ったほうがいい。道路標識にはアルバニーまで400キロと出ていた。だがアルバニーまでは行かない。地図で見る限り、なんの目標も町もないがルメアーという地名の先で左折する。

「発信するものがいなければ、受信できるということにさえ気づかない。そこが盲点なんだ」

「盲点?」

「そうだ。無意識のうちに受信した言葉や映像は、それは自分自身の考えだと錯覚してしまう」

「他人の意識だと気づかないってわけ?」

「頭の中で勝手に言葉や映像が浮かぶんだ。普通はそれが他人の意識だとは思わない」

「そうか。わたし、人の気持ちを操ってると思ってたけど、そうじゃないんだ」

「あくまで行動するのはその人間の意志だ、とサニーは言っていた。ただ、あまりに精神の中枢に直接受信するから、その情報が他人のものだと意識できないだけだって」

一息つくと阿部は続けた。

「単なるセンテンスなら、行動は限られたものとなる。それが連続する情報なら、あたかも操られているみたいになってしまう」

 エツコは「ふーん」というと口を尖らせた。まるで子供のような仕草だ、と阿部は思う。

「でも待って。さっき受信は出来ても発信できないって言ったよね?けどわたし、他の人が何を考えているかとかわかる時あるよ。それって発信してるってことじゃないの?」

「そう。サニーはそれも説明してくれた」

「どういうこと?」

「簡単に言うと、周波数が違うんだと。これもたとえ話だけど、ラジオにAMとFMがあるのは知ってるよな?」

「なんかおばちゃんが聞くのがAMでしょ。昼時なんとかみたいな。FMは音楽流してる」

「ああ。これは電波の周波数の違いなんだ。ラジオは電波すべてをキャッチして音を出しているわけじゃなくて、限られた周波数の範囲を音に変換している。だからおばちゃん向けの番組と、音楽番組と一緒に音が出ないわけだ。人間は発信周波数がAMなら、受信はFMしかできないってことだ」


 阿部がエツコを連れて出発する数日前。

 パースへ到着したトライバイテックの研究班はエツコの意識が断片的にしか見つからないことに疑念を抱いていた。

「思ったより、セルティックコーポレーションは動きが早いようだ」

 トライバイテックの装置は大型バンに搭載できるほどの規模だった。移動可能なこと、それが実戦的に必要なことだった。また装置の中央システムに特殊能力者が必要という現段階においてはそれ以下のダウンサイジングも不可能な話だった。研究員が二人、車両に乗り込んでいた。運転を担当するものは別にして、だ。キャンピングカー内部に装置を満載しており研究員のための空間は非常に狭い。多数のモニター、キーボード、外部からの光はまったくなく照明は最小限。

「ロンは焦りすぎだと思っていたんだがな」

「ああ、鍵の人物がセルティックコーポレーションに確保されたのは痛かったな」

「おそらく妨害波発生装置だろう。ランビィエキャストの基礎理論を開発したってことだな」

「そうなるな。この周波数解析が鍵だったんだ。こうなるとセルティックコーポレーションに対しても措置が必要なんじゃないのか?」

「報告、しておくか?ダニー」

「戦闘部隊が来ちまうな。あいつら頭が悪くてむかつくんだよ」

「ああ。おれたち研究班のことをまるでわかっちゃいない。この会社は俺たちがいなきゃなんにも出来ないってことわかっちゃいないんだ」

「ロンってやつはいかれているからな」

「ダニー、そういうことは俺にだけに言えよ?あいつの耳に入ったら命だって危ないぜ」

「西部劇じゃないんだからな。ガンを振り回すような戦闘員が大手を振ってるなんてシドニーに来て初めて見たよ。あくまで情報戦、実力行使は秘密裏にっていうのが基本だろうに、な」

「言えてる。セルティックコーポレーションが周波数解析に成功したのが発覚した段階で、今回のプロジェクトは失敗なんだよ。第一、誰も知らないから意味があるんだ、ランビィエキャストは。」

「ああ、情報が漏れすぎだって思っていたよ。極秘開発のはずだったのに、それがシドニー入りしてみればセルティックコーポレーションだけじゃない。CIAもかぎつけたって話じゃないか。もうその時点で終わりだよ」

「聞いた話だけどな、ロンは元々イギリス本社にいたらしいんだよ。だけどやり口が強引で左遷させられたんだって。あいつはな、暗殺命令を出すのが趣味なんだって陰口を聞いたぜ」

 エツコは、この時点でパース中心街ホテルにいることが特定できていた。だが、ランビィエキャストの組み立て稼動に時間が必要だったのだ。なにより時間がかかるのは生身の人間を必要とするシステムだからだった。

精神波をコンピュータで解析するすることは出来る。だが、捉えた精神波を意味のある情報とするには人間の意識を介さなければならないのだ。これをコンピュータにやらせるには、まだまだ実験が足りなかった。人間の脳は、まだ未知の領域。データの蓄積は、それを理解するには全然足りていない。

ある言葉が精神波として変換されたとき、どんな波形となるのか。その変換メカニズムに規則性はあるのか。これはまったく未知の言語を解析するのにも似た気の遠くなるような作業だった。もちろん、一度送信したデータの複製はとってある。まったく同じ命令なら、それを再生するということも可能だろう。だが、複雑な命令、映像データ、それの意味するところを翻訳してくれるのは人間の脳なのだ。精神波の周波数解析は終わっていても、それが脳にどう作用するのかの仮説があっても、言葉に変換するための規則性を探る研究は始まったばかりなのだ。

「ダニー、おれは思うんだ。この研究は画期的で脳科学を飛躍的に進歩させるって。けどなあ、学会に発表できる日は来るんだろうかってな」

「おいおい、そんなこと大学の研究員の椅子を蹴って出てきてから諦めたものだと思ってたぞ」

「だけどな、精神波を解析すれば脳の仕組みを解析できる。脳のプログラミング言語が手に入るんだぞ。こんな画期的な研究、発表しないなんて人類に対する犯罪だと思わないか?」

 そういうと二人の脳科学者は同時にため息をついた。設置が終われば現場を離れることになる。明日からは作戦部の指揮下だ。二人はシドニーに戻りデータの解析をせねばならない。装置がどんな使われ方をするかなんて詮索するだけ無駄というものだ。実戦データの収集。もう最初の買い手はいるんだろう。限定的使用方法なら人体部分なしでもランビィエキャストは稼動できるのだから。


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