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リョウ

 スカイラインに機材を積み込み、配線をする。

 消費電力は思ったよりも大きくないが、クルマの発電容量には限りがある。

「オートマチック用のオルタネーターに換えてありますから、少々の電力消費のアップは問題ありません。燃料タンクもトランクに100リッター、レース用タンクを付けてます。エキゾーストも、阿部さんの注文どおりにしておきました。それに合わせた燃調セッティングマップ、書き込み済みで」

「まるで日本のチューニングショップだな」

 シンヤは屈託無さそうに笑って見せた。

「今や、インターネットで情報は手に入りますから。楽勝ですよ」

「けど、車両重量だけは予定外だな」

「フル装備ですからね。防弾ガラスも入れてますし、オリジナルより100kg近く重くなってるかも」

「出来るところは軽量化してこれだもんな。仕方ないか」

「見た目をノーマルのR33スカイラインセダンのままっていうのもありますし、思い切った軽量化は難しいっすよ」

「サスはローダウンしてるけどな」

「しなきゃ危ないですよ。これで300出すんでしょ?いくらボディー床面をフラット加工してても、ノーマルのエアロじゃ空飛んじゃいますから」

 ボディーはスカイラインR33型セダン。ブルーメタリックのカラーに17インチワイドタイヤ。どこにでもありそうなスカイライン。ここオーストラリアにおいても日産スカイラインはありふれたスポーティーカーである。

 阿部のスカイラインは、これにボアアップしたRB26を積み込み、大口径シングルターボで加給する。結果、1千馬力オーバーの出力を発揮するが、外側から見たところ、それらしい雰囲気はない。よく見れば、エンジンルームのクーリングを考えたボンネットのエア抜き加工や、低めれたサスペンション、軽量ホイールから覗くロッキード6ポッドブレーキに只ならぬ雰囲気を感じられるが、そんな些細な違いを指摘できるのは一部のマニアだけに過ぎない。車内を覗いても、追加メーターは最小限にされているし、シートはノーマルのままである。


 イグニッションキーを回す。

 その指先の動きに反応して重そうにモーターが回り、シリンダーに供給された混合気に火が入る。そのチューニングエンジン独特の一瞬ためらうかのようなスタート。極普通のハンドルに手を添えて、回転計を覗き込む。安定したアイドリングを確認するとギアを一速に送り込む。その少し変わったシフトを操作すると、洗練されたとは言いがたいショックを伴ってギアが入る。

 阿部にとって、これからの仕事のことなどどうでも良いことのように思えた。

 この素晴らしいクルマを運転できること。そしてその性能を使いきれる環境に、今、いるということ。

「さあ、いくぞ」

 誰に言ったわけでもなかった。

 見送るシンヤに片手を上げると、阿部は静かにクラッチを繋ぎ、改善したとはいえ排気量から想像するには頼りない低速トルクをなだめすかせてスカイラインを発進させた。


 「トランク、荷物入れていい?」

エツコは、そのブルーのスカイラインを指差した。

「トランクに荷物は入らないんだ」

「なんで?」

「燃料タンクでいっぱいなんだ。リアシートにでも放り込んでくれ」

 エツコは憮然とすると助手席に乗り込んだ。振り向いて、一瞬ためらう。

「このシート、きれいだよね?」

「ああ、掃除機かけたからな」

「そう」

 そのままバッグを投げ込むようにする。

「荷物は、それだけか?」

 バックパック一つの軽装に阿部は質問した。

「サニーちゃんが、大きい荷物は預かってくれるって」

「ああ、それがいい」

 阿部はスカイラインに乗り込むとエンジンをスタートさせる。

「さあ、どこへ行きたい?」

「どこって?」

「好きなところへ行くさ。目的地なんかないからな」

 エツコは笑い出す。

「じゃあ、とりあえず南に。この間は北から走ってきたもん」

「りょうかい。シートベルトはしっかり締めといてくれ」

 ゆっくりと動き出すスカイラインは、真夏の強い日差しをボンネットに反射する。




 ここはどこなんだろう。

 僕は誰なんだろう。何も見えない。いや、そうじゃない。いろんなものが同時に見えて景色が重なっている。あまりに乱雑で無秩序な光がリョウの視神経を駆け巡っている。

 視神経?誰の?これはいったい誰の目なんだろう。

 誰かが命令している。あの子を殺せって。僕はそんなことはしたくない。けれど、それは命令だ。僕は命令を伝えなくちゃいけない。それが僕の役割だから。みんなに命令を伝えなくちゃいけない。そうしないと、きっとよくないことが起きる。それにどっちみち、行動するのは僕じゃない。考えなきゃいいんだ。僕は言われたとおりにしてればいいんだ。

 それにしても、ここは何処なんだろう。手が動かないな。足も動かない。というか、足はどこにあるんだろう。いろんな景色が見えるのに、僕の景色は何も見えないなんて。ああでもそんなことどうでもいいか。考えるのがめんどくさい。

 探す?あの子を探すのか。そんなの簡単だ。あの子の意識はとてつもなく強烈だからね。それが命令なら、僕はそうする。そうしなくちゃいけないから。南の方だ。クルマに乗ってるのか。彼女のこぼした意識のかけらが映像となってリョウの意識へ流入する。あの子の意識へ侵入することは出来ない。なぜだろう。ほかの人なら簡単なことなんだけどな。窓から見える景色はどこまでも続く乾いたアスファルト。低木が道の両側に続く。真っ青な空。いつまでも変化しないまっすぐな道。なんだか懐かしいな。なぜだろう。

 殺す?あの子を殺さなきゃいけないのか。一番近くにいる人。その人にやってもらおう。でも、時々あの子の視界に写る男はいったい何処にいるのだろう。僕には見えない。捉えることができない。アロハシャツを着た茶髪の日本人。変なやつ。けど、見えるのに見つけられない。なんでだろう?わからない。

 でもそんなことどうでもいいか。

 あの子の居場所がわかれば誰かが殺すから。もう逃げ場はないんだから。




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