前回までのあらすじ付きです。
前回までのあらすじ
阿部は実態のつかめない企業の非合法ドライバーである。
最先端科学の裏で暗躍する。だが個人としての阿部にとってはどうでもいいことなのだ。
西オーストラリアへ旅立った阿部だったが、興味があるのはクルマのことばかり。バック
パッカーでの生活を楽しみながらも、阿部はスカイラインセダンの改造のことばかり考え
ていた。
肝心の仕事はエツコという名の女を探すこと。特殊なテレパシー能力を持つエツコは兵
器産業のトライバイテックから狙われていたのだ。西オーストラリアのモンキーマイアに
エツコがいるという情報がもたらされた時、阿部達は改造の終わったばかりのスカイラインで走り出す。間一髪、エツコを救い出すものの、エツコはリョウという名の男を助ける
ために自分から敵の手に落ちる。インド人のような背の高い強化人間から銃撃戦の後に阿
部たちはエツコを取り戻す。だが、エツコを助けようとしたタカという男は死に、瀕死の
リョウはトライバイテックの手に落ちてしまった。
理由はまだわからないが、リョウはエツコと接触した時に何故かエツコと同じ特殊なテ
レパシーの能力に目覚めてしまったのだった。トライバイテックがそれを知った時、ライ
バル会社である阿部の組織にエツコを利用されるのを阻止するため、トライバイテックは
エツコ抹殺を企てるのだった。
そうとは知らずにリゾート地ロットネス島で身を隠すことにした阿部、エツコ、サニー、
マリアだった。だが、トライバイテック以外にもエツコを狙う組織があった。
エツコは波打ち際で海を眺めながら背後の阿部に意識を集中していた。
阿部という男の容貌は、背が高く髪を中途半端に脱色した長髪、そしてアロハシャツ。もしも日本で出会っていたら間違いなく避けて通っていたはず。もしも一言で言い表すならばロックンロールなインドネシア人というような感じ。まともな仕事をしているようには見えなかった。年齢は30前後というところ。口数が少ないから正体もわからない。
エツコは普段は使わないようにしている他人の心を読む能力を使おうとしていた。
だが、何故だかそれが出来ずにいた。ひょっとして、使わないようにしすぎて、やりかたを忘れたのかも、と思う。けれども、今までにダメだったのは、すごい風邪をひいて体調が最悪だった時とか、とにかく衰弱している場合だけだった。ひょっとして、実は阿部という男は、実は何も考えてなくて、だから考えを読もうにも読めないのかもしれない、とさえ思った。
阿部はエツコの後姿を見ながら、だが一方でパースにおいてきたスカイラインのことを考えていた。燃費の改善策を思いついたのだ。その考えが気に入ったので、気分が良かった。そのシステムにデュアルエキゾースト、と阿部は名前をつけた。それから振り返ったエツコと目が合った。
「何を考えていたの?阿部くん」
「阿部くん、だと?」
阿部はあきれたように言った。
「同い年か、年下でしょ」
当たり前のようにエツコは言った。
「ばか。オレは30だぜ。どうみてもお前は20代の前半だろう。それも限りなくハタチに近い」
エツコはうれしそうな顔で、アハハと笑った。
「わたし、同い年だわ、阿部くんと」
「冗談だろ」
エツコは黙っていれば美人だと阿部は思った。口数が多すぎるのが玉に瑕だと思ったが、かわいらしい顔をしている。甘えた猫のような目は話す言葉よりも雄弁だった。長く伸ばした髪が透き通った海から吹くやわらかい風になびいていた。午後の強い日差しの中でエツコは輝いているように見えた。
「高校生だって言ったって信じるぜ」
「それは言いすぎ」
そういうとエツコはパッと丘の上を指差した。
「もどろっか、阿部くん」
言い終わるよりも先にエツコは歩き出す。阿部は慌てて後を追った。
翌日、阿部はパースに戻った。
ロットネス島にいても阿部にはやることがなかった。小さな島だったし、マリア一人でもエツコの身を守ることは出来た。それにサニーもいる。二人ともセルフディフェンスの訓練を受けているエージェントなのだ。阿部は一般人よりも銃器に詳しいからといっても所詮アマチュアである。
阿部はボンドのガレージへ行くと、スカイラインの様子を見に行った。
予定は決まっていた。2週間後、再び阿部たちは走り出す。理由は簡単なことだった。トライバイテックの開発計画を遅らせるためにエツコの所在を眩ませる。阿部の仕事は時間稼ぎをすることだった。サニーはその間に対抗措置とトライバイテックの開発計画の情報収集をすることになっていた。マリアは阿部と行動を共にする時間的な余裕がない。2週間後には日本に戻ることになっていた。
「よう、シンヤ。準備は出来ているか?」
レンタカーの三菱マグナでガレージに着くと阿部は手を振った。
「出来てるよ、阿部さん。電話で聞いたエキゾーストの件も適当なのがあったから用意してあるよ。ホールデンのだけど、容量は丁度いいんじゃないかな」
「用意がいいな。時間がないから助かるよ」
「うん。それとアシスタントを連れてきたよ。ジュンという日本人だよ。彼はテストドライバーとしても優秀だよ」
「そいつ、秘密は守れるんだろうな?」
「秘密?そんなもの最初からないでしょ。阿部さんがスカイラインを何に使うかなんて、僕には関係ないじゃないですか、ハハハ」
おかしそうに笑うと、シンヤはスパナを取り上げた。
「じゃあ、始めますか」
阿部はOK、と言うと工具箱に向かって歩き出した。
サニーがその情報を知ったのは、ロットネス島に来てから1週間が過ぎた頃だった。
トライバイテックの動きが静か過ぎるとは思っていたのだ。まさかそんなに早く代わりの試験体をみつけるとは思わなかったのだ。けれども、こうなってしまった以上、新たな対抗策を講じなければならない。
マリア達がモンキーマイアで接触したリョウという名の青年らしいことはわかっている。サニーは浜で泳ぐマリアとエツコを見た。
マリアにはシドニーに飛んでもらうことになりそうだ。エツコはどうすればいいだろう。警護の必要は少なくなったように思えた。トライバイテックに対抗するための研究に協力してもらう必要はあるが、安全に関しては大きな問題とはならないだろう。いったん、パースに戻してマリアをシドニーに行かせよう。
そう決めた時、サニーは視線を感じたような気がして振り返った。
丘の上に観光客らしいサイクリストの姿があった。
リゾートであるロットネス島は、そうはいっても誰もいない浜辺を見つけるのは難しくない。その小さな入り江にはサニー達3人しかいなかった。岩場の上には3人が乗ってきた自転車が置かれている。そこに、こちらを見下ろす人影があった。小柄な男だ、とサニーは思った。しかも東洋系のようだ。サニーは警戒した。人影は、すぐに見えなくなった。サニーはピクニックバスケットからワルサーを取り出した。9mmショートの小型拳銃だ。マリアが持ち込んだデトニクス.45のほうがストッピングパワーに優れるが、たぶん反動が大きすぎて当らないだろう。サニーは水着の上にTシャツを着ただけのまま、岩場を登
り始めた。
ただの観光客だったのかもしれないけれど、こんな狭くて隠れる場所もあまりない入り江で上から狙い撃ちされたら最悪に不利だった。マリアには何も言わなかったけれど、彼女なら状況を見てすぐに気づくはずだ。
岩場を上がるとサニーは辺りを見渡した。
乾燥した赤土が簡易舗装をアスファルトの上を滑っていく。風が強い。照りつける太陽がじりじりと肌を焼いているようだった。それほど大きな茂みはない。坂があって、その先は見えなかった。浜辺から上がってしまえば、そこは荒野のような景色だった。
「サニーちゃん、どうしたの?」
岩場から顔を出したエツコをマリアが引き戻す。
「エツコ、出ちゃだめね。サニー、危険があるって言ってるね」
「なにも言って無いじゃん」
そう言いながらもエツコは素直に岩場の影に隠れた。マリアはデトニクス.45のスライドを引いて発射可能な状態にした。
「それって、本物?」
「本物ね。小さいけど45口径のパワーがあるね。この前みたいな化け物みたいなのが出てきても止められるね」
サニーは近くの茂みまで走ると、そこに身を隠した。遮蔽物が少ない地形だった。茂みは姿を隠すことは出来ても銃弾は防げないだろう。サニーは緊張していた。実戦をするのは初めてだった。いつもはデスクワークばかりだったし、現場へ出ることは無いに等しい。何かの勘違いで済めばいいのに、と思った。
静かだった。波の音がかすかに響く。その時、チーン、チーンと金属音が聞こえた。音のするほうへ目を向けると、さっきのアジア人が使い込んだマウンテンバイクにまたがってサニーを見ているのに気が付いた。
「あー、敵じゃない、敵じゃない」
はっきりとした日本語でアジア人は言った。浅黒く日焼けした小柄な男。おでこが広く黒縁の眼鏡をかけていた。
「アイアム、ジャパニーズ。ユア、フレンズ」
英語というよりカタカナで叫ぶと両手を挙げた。
「ノーウェポン」
岩陰でエツコが笑い出した。マリアも釣られて笑う。サニーは当惑してゆっくりと立ち上がった。
「大丈夫よ、サニーちゃん。あの人、敵じゃないわ。何が目的か知らないけど、なにか知ってそうな気がする」
マリアに告げるとエツコは岩場からアスファルトの上へ歩いていった。
「名前はなんていうの?」
「コーザブロー、みんなはサブって呼ぶ」




