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ロットネスアイランド

 パースに戻ると、ヒデは手を振ってバックパッカーズに戻っていった。マリアと阿部はエツコを後部席に乗せたままセルティックコーポレーションのオフィスに向かった。最初はヒデと一緒にバックパッカーズに行こうとしたエツコだったが、着替えの一つも持っていないことを思い出した。

「わたしの荷物、ちゃんと届けてくれるんでしょう?」

 エツコはマリアに尋ねた。

「手配は出来るはずね。わたしたちの協力者、モンキーマイアにいるね」

「給料も振り込んでおいて欲しいわ」

マリアは曖昧に笑った。

「手配してくれるように頼んでおくね」

「よろしく。まあモンキーマイアからのバス代、浮いたから少し儲かったけど」

 マリアはバス代程度のことで命を賭けるのは少しも儲け話には思えなかったが口には出さなかった。

オフィスのドアを開けるとシンシアはいなかった。代わりに若い女性がデスクの向こうのチェアーに座って微笑んでいた。顔立ちや肌の色から白人のように見えた。

「歓迎します、エツコさん」

 その女は日本語で言うと手を差し伸ばした。エツコは、その手をじっと見ると軽く握った。

「わたしがシンシアに代わって作戦の指揮を取ることになりました」

 マリアが頷いた。

「シークレットプロジェクトは、毎回、違う人が担当するね。シンシアはセルティックコーポレーションの代表ってことになってるけど、元々セルティックコーポレーション自体がダミーね。今回のエツコのプロジェクトは、アメリカ支部から来た彼女が指揮してるね」

「わたしは日本人です。でも名前は明かせません。高度なセキュリティーが要求されますので。わたしのことはサニーと呼んでください」

「でもマリアは、前にも一緒に仕事したことあるね。サニー、いろんな国を飛び回ってるね。それと、本当はサニー、関西訛りで話しするね」

「そうなん?じゃあ話合うね」

エツコがぱっと顔を明るくした。

「あーマリアちゃん、それは秘密や」

 そう言うとサニーは笑った。


 時間が出来た阿部はボンドの中古車屋に向かった。

 モンキーマイアまでの往復でスカイラインの問題点が明らかになった。まずは航続距離が短いこと。燃費が悪い上にタンク容量が小さい。トランクを改造してレース用の安全タンクを取り付けることにする。それとコンピューター系。巡航速度での燃料消費を最小に抑えるための燃料噴射プログラムの書き換え。

 ボンドの中古車屋には、シンヤがいた。

「やあ、川崎さん」

 阿部は、自分の偽名を一瞬忘れるところだった。

「あ、ああ。チューニングしたいんだ」

「今、ボンドは出てるけど、手伝えることはある?」

「欲しいパーツのリストを作ってきた。これの手配をしてくれると助かるな」

 阿部はノートを破ったリストを手渡す。スカイラインの改造費は必要経費として会社から出ることになっていた。とはいえ、無制限に使えるわけでもない。

「出来れば中古部品で揃えてもらえると助かるな」

「OKだよ、川崎さん。タンクは在庫があるし、コンピューターリセッティングはうちのプログラムで出来るし。エアコンも在庫があるよ。こっちではエアコン持ってないと商売にならないからね」

「そうなのか?」

「もちろんだよ。暑いでしょ?」

「ああ。でも湿度が無いから、日本よりはマシだぜ」

 シンヤはハハハっと笑った。

「そんなこと言ってられない日が来るよ。最高気温は軽く40度を越えるよ。紫外線もひどいから窓も開けないほうがいいよ」

「そういえばオゾン層が無いって聞いたな」

「紫外線は日本の5倍以上だよ」

 そう言いながら在庫では足りないパーツをパソコンで発注する。

「じゃあとりあえずエアコンの取り付けとタンクの取り付けだね。川崎さん、自分でするの?それならガレージ空けるけど」

「ああ、やらせて貰えるなら」

「OK、じゃあいいよ。でも今日中に終わる?ヒデの送迎があるの?代車、貸す?レンタル料、安くしとくけど」


 スカイラインの足りない部品を待つ間、ボンドの中古車屋に置いたまました阿部は、することもないままホテルにいたが、マリアとサニーは勝手に話し合っていた。

「じゃあ決まりね。ねえやん連れて行くってことで」

 サニーはエツコの名前をなるべく出さないようにしていた。用心するに越したことは無い。どこで聞かれているともわからなかったし、避けられる危険は避けたほうがいいとサニーは考えていた。

「楽しみね、マリア、リゾート好きね。だから仕事終わったらリゾートするつもりだったね。でも今回の仕事、リゾートばかりね」

「これで仕事も無かったら最高やのに」

 そこから先は英語に戻った二人の会話に阿部はついていけなくなった。マリアはハーフのアメリカ人だったし、阿部にはサニーという女もアメリカ人に見えた。自己紹介の時にサニー自身は日本人だと言ったが、おそらくジョークだろうと思っていた。日本人だとしてもマリアのようにハーフかクォータだろう。二人の会話は日本語と英語と、それから何故か韓国語なんかも混ざっているようだった。今更ながら阿部は、ひどく場違いな場所にいるような気分になっていた。

「じゃあアベさん、荷物、まとめておいてね。明日からリゾートに行くね」

 唐突にマリアに話しかけられた。

「リゾートだって?どこに?」

「ロットネスアイランドね」

「なんでまた?ホテルにいたほうが安全だろうが」

「ロットネスアイランドは小さな島ね。リゾートする観光客しかいない。環境保護のために自動車も走れない島ね。移動は自転車か巡回バスしかないね。誘拐するほうにしたら、ひどくやりにくいはずね」

「だからって、わざわざ行くことはないだろう?」

 マリアはニヤリと笑って答えた。

「だって暇ね。エツコだってずっとホテルに閉じ込めたらすねちゃうね。マリアもリゾートしたいし」


 そもそも阿部がスカイラインの改造を再開したのもパースで時間を持て余したからだった。セルティックコーポレーション側の準備が整わないのだ。予備実験のようなものは既に行っていたが、オーストラリアへ実験チームが来るまでに時間がかかるという。それまでは待機するしかない。阿部は、それならそれでゆっくりとシドニーに向かえばいいじゃないか、と思ったが、その案は却下された。なんといっても、トライバイテックもシドニーに実験施設を持っているのだし、危険性は増えるからだという。準備が整うまでは西オーストラリアの田舎で過ごしているほうがセキュリティーも簡単なんだとサニーが言った。

 だが、これは悪乗りだ、と阿部は思った。

 フリーマントルから一般観光客と一緒にフェリーに乗ると1時間もかからないうちに沖合いの島に着いた。そこはMTBが走り回るリゾートアイランドで、フェリーの船着場には小さなカフェと整えられてはいるが立派とはいえないビジターセンターがあった。阿部はサングラス越しにエツコを振り返った。エツコはエツコで憮然としていた。

「なんだ?気分でも悪いのか?」

 阿部が声を掛けると、エツコは首を振った。

「ちゃんと観光で来たかったわ、と思っただけ」

「楽しめばいいじゃないか。どうせサニーもマリアも遊び半分だろう」

「彼女たちは、それでいいけど、わたしはたぶん閉じ込められるのよ。いくら大陸から離れた島だって言っても、こんなに人がいたんじゃあね」

 エツコの言うとおり、そこは観光客で溢れていた。その半数以上はレンタルバイクで走っていた。4人は自転車は借りずにフェリー乗り場から向かって右側にむかって歩き出した。ファーストフードや小さなスーパーがある。それを通り過ぎるとコテージが並んでいた。海に向かって団地のように並んでいる。その手前に自転車が置かれているとことなんかを見ると、余計に日本の団地を思い浮かべてしまう。だが、その向こうには真っ青な海が広がっていた。


 サニーが借りたのはコテージで4人がゆったりと過ごせる広さがあった。荷物を解いてしまうとマリアとサニーは阿部にエツコの護衛をするように言うと出かけてしまった。食料と身の回りのものを買いに出て行ったのだが、ただの買い物だけとも思えなかった。

 阿部は海側のサッシを開けた。

 真っ青な海が広がる。数え切れないほどのクルーザーが停泊していた。おそらくパース近郊から自家用クルーザーでやってくるのだろう。大小さまざまの船が浮かんでいた。

「いったいいくらするんだろうな」

 阿部は苦笑した。

「まあ普通には買えない値段だわ」

いつの間にかエツコも芝生の上に降りてきていた。クルーザーの向こうの海を眺めていた。

「船には興味がないか?」

「ないわ」

 あっさりと答えるとエツコは、うーんと伸びをした。

「フェリーの中で寝ていたから体が痛いわ。散歩したいけど、出かけられない?」

 阿部は少し考えた。

「いいんじゃないのか。海まで降りてみよう」 

 そう答えると阿部は戸締りをし始めた。とはいえ、すぐに終わる。エツコは手伝いもせずに、それを眺めていた。

「じゃあ行くか?」

 阿部がエツコを促すと彼女は頷いて歩き始めた。阿部はふと、姫様の侍従にでもなったような気がした。阿部を振り返りもせずに坂を下りていく。同じようなコテージが点在する坂に砂地の小道が海まで続いている。植物は砂にまみれて白っぽくなっていた。

「マリアちゃんたち、帰ってきたら驚くかな」

 エツコは振り向かずに言った。

「いや書き置きをしてきたからな。大丈夫だろう」

「そっか」

 つまらなそうに言う。阿部はようやく、エツコが感情表現をストレートにしているのだということに気が付いた。まるで他人に気を使って取り繕わない。他人をけなしたりもしないが褒めたりもしない。自分が考えたことをストレートに表現している。

「おもしろいやつだな、おまえ」

 阿部がつぶやいた。それから周囲を見渡す。空は突き抜けるように青く澄み切っていた。雲ひとつ無い。インド洋はどこまでも広がっていて遠くで空に溶けていた。たくさんの人がいるはずだったが、人影は見えなかった。静かで波の音だけが遠くで響いていた。


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