ロッキードシックスポッド
スカイラインは土煙を上げて走っていた。
ヒデは後部シートでしっかりとシートベルトを締めていた。だがその頼りないベルトだけでは不安でしっかりとドアハンドルとアームレストにしがみついていた。阿部は、6速でアクセルを踏みつけていた。
ワイドなタイヤが乾燥した砂の載ったアスファルトを切り裂いていく。観光客のものと思われる白いヒュンダイを一瞬で追い抜いていく。ヘッドライトはハイビームで点灯していた。ヒデはこっそりとダッシュボードの速度計を覗いた。信じられないことに、時速270キロを指していた。
「新幹線やがな・・・」
モンキマイアリゾートはオーストラリア大陸西海岸から突き出した半島の先にある。つまり大陸に戻るルートは一つしかない。たとえ相手が巨大なタイヤを履いたクロスカントリー車だったとしても、取るべきルートは一つしかない。途中、町が無いわけではないし、わき道がゼロということも無いが、でも最終的にはルートは一つなのだ。最短ルートを猛スピードで走り抜ければ、追い越してしまうことはあっても、捕まえられないことはない。わき道へそれてルートを撹乱したとしても、その先で待っていればいいのだから。
「アベさん、あれね。追いついたね」
走り始めて15分ほどでクロカン車に追いついた。ガンメタルのジープチェロキーだった。150キロほどで走っていたが、チューンされたスカイラインの速度の前には無意味だった。あっという間に追いついていく。阿部はアクセルを緩めた。
「さあ、どうするかなインド人」
阿部は用心深く距離を保つと追尾し始めた。
「阿部さん、なんでエツコは大人しくインド人について行ったんかな?」
ヒデはスピードが落ちてほっとしたのか後部席から話しかけた。阿部の代わりにマリアが後ろを振り返った。
「たぶん、さっきのレストランにいた男の相棒を助けるためね」
「え?なんで?意味が分からんやんか」
「あそこで逃げ出したりしたら、たぶんインド人はリョウって子を殺したね。相棒が裏切ったって言ってね」
「だからって何もエツコがしゃしゃり出て行く必要は無いやんか」
「そりゃそうだ」
阿部が苦笑した。
「リゾートの中に、銃器で武装した殺し屋が入り込んでいても、それに対抗できる自衛団はないね。エツコが大人しくついていく以外、助ける方法は無かったね」
「だとしても、そんなのエツコには関係ないやんけ?」
「たぶん、昨日の夜に連れ去られた時からエツコは事情を知っていたんじゃないかって、マリアは思うね。そうじゃなきゃ、あんなに簡単に連れ去られたりしないね」
そう言うとマリアは前を走るチェロキーを見て笑った。
「なんだかわからないけどエツコっていう子、相当の自信家みたいね。逃げ出せれば別に連れ去られたって問題ないって思っているね、きっと」
前を走るチェロキーは追跡者の存在に気づいてスピードを落としていた。高速で近付いてきたスカイラインに速度で逃げるのは無理と判断したようだった。阿部たちの知る限り敵は一人のはずだった。相棒はいないから運転しながら発砲なんてことはしてこないだろうと思ったが、それでも距離を保ったまま追尾する。
「このまま追跡していても埒があかないぞ」
「でも走っているクルマを停めるの、危険ね」
阿部はそういうマリアの言葉に反論しようとした時、バックミラーに見覚えのある車影を見た。
「フォード・ファルコンだ」
そう言われてマリアとヒデが振り返ると、そのクルマは急速に近付きつつあった。
「あいつ、なにしにきやがったんだ?」
阿部が言うのと、ファルコンがスカイラインの左を追い越して行くのは同時だった。
「停める気、ちゃうんか?」
ファルコンはチェロキーもあっという間に追い越していくと、急ブレーキをかけた。慌てたようにチェロキーがブレーキをかけた。大型の車体がタイヤを弾ませるようにして左右に振られる。その前に出たファルコンは車線を二つとも塞ぐように車体を横向きにして停車すると、すぐさまドライバー側のドアを開けて男が飛び出した。
阿部は慌てなかった。スムーズに減速していくと、停車したチェロキーの後方50メートルほどでスカイラインを停めた。停車したチェロキーは、ブレーキをリリースすると、道路両側の路側帯に入り込むようにして動き始めた。道路の両側には充分に大型トレーラーでさえ停められそうな赤土の路側帯があった。スカイラインの車高ではタイヤが赤土に埋もれて動けなくなる可能性があったが、チェロキーには無関係だった。
発砲音が続けざまに3回、聞こえた。タカがチェロキーのタイヤに向けて発砲した音だった。タカに対して横向きになったチェロキーのタイヤは狙いやすかった。その意味では、路肩へ踏み込もうとしたインド人の判断は間違っていた。チェロキーはタイヤを打ち抜かれ左側へ傾いた。それでも大型のエンジンは空気の抜けたタイヤをものともせずに動き続けるとガタガタといいながら路肩へ踏み込んだ。マリアはとっさにスカイラインの助手席を開けるとドアを遮蔽物にしてチェロキーの運転席に向かって銃を構えた。
「よせ、マリア」
マリアは一瞬だけ阿部に笑顔を見せると続けざまに2発を撃った。だが、ドライバー側のウインドーガラスにはヒビさえ入らなかった。
「防弾ガラス!」
そう叫ぶとマリアはチェロキーの後輪に向かって続けて3発撃ち込んだ。
チェロキーは路肩に完全に移動して、そこで停まった。
タカが英語で何か叫んでいたが阿部には聞き取れなかった。阿部の側からは助手席側しか見えなかった。アメリカ車であるチェロキーは左側に運転席を持ち、進行方向左側の路肩へ停車していた。かすかに物音がした。次の瞬間、タカがマグナムを発砲した。その大型拳銃がチェロキーのフロントガラスを真っ白に変えたが、それでも防弾ガラスは突き破られなかった。チェロキーの運転席側のドアが開いたような物音に続き、再びタカが発砲し、銃声が交差した。チェロキー側からも撃ったようだった。阿部はそこまで見届けるとスカイラインのシートの上に伏せた。流れ弾が飛んでこないとも限らない。それを見て、慌ててヒデも伏せる。
さらに数発の銃声が轟いた。阿部は、銃声が止んだところで、そっとフロントウインドー越しに顔を上げた。
タカが倒れていた。
そこへ背の高いインド人が近付いていき、タカの持っていた銃を足で蹴飛ばした。マリアはじっとインド人に狙いを付けていた。だが、こちらにはマリアの持つコルト25しか武器が無かった。護身用の小さな拳銃では5,60メートル先の標的に対してどれほどの効果があるかわかったものではなかった。ゆっくりとインド人がこちらを振り向く。
マリアは弾かれたように引き金を引いた。パン、パン、パンと続けざまに5発を撃つと助手席に飛び乗った。
「アベさん、突っ込んで」
言うと同時にドアを閉める。阿部はエンジンを掛けたままだったスカイラインのギアを1速に叩き込むとアクセルを吹かしてクラッチを繋いだ。猛然とスカイラインがダッシュをきめた。後輪は激しくホイールスピンをすると車体を斜めに加速させた。阿部はカウンターステアを当てながら最大の効率でタイヤのスピン率を加減する。インド人は慌てて銃を構えたが狙いは付けられずに銃弾はスカイラインを外れた。ダンっとボンネットの上にインド人が倒れこむ。阿部はその直後に急ブレーキを踏んだ。ロッキードの6ポッドブレーキがアスファルトに爪を立てた。反動でボンネットの上のインド人が弾かれて前方へ飛
んでいった。




