レセプション
マリアは星空を眺めていた。
降ってきそうな星空だった。一面に広がる星に、自分が小さな存在だということを嫌がおうにも知らされているように思えた。そっと目をそらすと、エツコも空を眺めていた。エツコは黒いシャツにジーンズだった。髪は長めのストレート。でも紫外線の強いオーストラリアの日差しで毛先だけは自由な方向へ広がっていた。化粧気はない。
「マリアはどこから来たの?」
エツコが尋ねた。マリアは日焼け止め効果のあるファンデーションで派手なプリントのTシャツを着ていた。ハーフパンツにはアイロンが効いていた。
「キャリフォルニアね。家族はキャリフォルニアにいる。でも住んでいるのは日本ね。わたし、仕事しているね」
「どんな仕事?わたしみたいなのを探すのってどんな仕事なの?」
「いろいろね。商社だから、いろいろね。今回はエツコっていう女の人、探すのが仕事ね。トライバイテックは兵器を作る会社ね。なんだってやる会社ね。エツコ、トライバイテックに行ったら、きっとひどい目に遭うね」
「どうして?わたしが必要なんでしょ?だったら待遇良くもてなして欲しいわ」
マリアは声を出して笑った。
「トライバイテック欲しいの、エツコの能力ね。エツコじゃない。だからエツコっていう人の個性、いらないね。消せるものなら消してみようとするね」
エツコはマリアをじっと見つめた。真意を見透かそうとしているようだ、とマリアは思った。
「本当らしいわ」
エツコがそう言うと、マリアは頷いた。
「忘れていたね。本当に心を読めるね」
「普段は使わないけど。思わず人の心を読んでしまうことがあったの。なるべくそうならないように気を使っているわ。でも今回は特別。だって自分の身の安全がかかっているんだもん。マリアは本当のことを言っている。真実かどうかはわからないけど、マリアは嘘をついてない」
そうエツコがため息まじりで言った時、砂浜を歩いてくる人影が見えた。大股で歩いてくるシルエットから、そいつは男だとマリアは思った。背が高い。マリアは身構えた。真夏のオーストラリアだというのに、ブーツを履いているのがシルエットからもわかった。まともな観光客ではない。
マリアは肩からかけていたポーチの中へ手を伸ばした。
「エツコ、とりあえず逃げるね」
「どうして?」
「話は後ね、早く逃げるね」
そういうとポーチから小型の拳銃を取り出した。パースで支社から借りてきたコルト25だった。長さ20センチほどの小さな拳銃だった。
大股の男はさらに近付いてきた。暗いので顔まではわからない。
マリアは立ち上がるとエツコの手を引っ張ってビジターセンターの前を通り過ぎた。そのままレストランの方へ移動するが、営業は終わっていて人の姿はない。最後まで営業しているレストランでさえ午後9時には終了してしまう。他はもう全て営業していない。
「マリアの部屋に来るね。その方が安全」
そういうとマリアはエツコの手を引いたままレストラン裏手のショップへと進む。大股の男は小走りになると距離を縮めてきた。右手に何かを持っていた。
「レセプションへ行った方がいいわ。ひょっとしたら誰かいるかも」
マリアは首を振る。
「戦うしかないね。素人じゃダメ。あいつはたぶんトライバイテックの戦闘要員ね」
「昼間、わたし見たわ、彼。インド人みたいな顔をしていた。背が高くてハンサムだったわ」
「見た目に騙されてはダメね。トライバイテックの戦闘要員は変態が多いね。何をしでかすかわかったもんじゃないね」
そう言ってマリアは後ろを振り向いた。そこに男の影はなかった。慌ててあたりを見回すマリアの背後から、下手な英語が聞こえた。
「フリーズ、オア、ユーシャルダイ」
マリアはとっさにしゃがみこむと後ろを振り向きざまにコルトの引き金を引いた。パン、パンと乾いた破裂音が二度して、下手な英語を話した男は一瞬、よろけた。
「プリーズ」
男は、そう言うと左手を突き出す。そしてそれがくぐもった音と一瞬の光を発した。消音器つきの拳銃だ、とマリアは思った。だが、そう思ったのも一瞬で、次の瞬間にはマリアは左肩に衝撃を感じて後ろへと跳ね飛ばされた。
マリアは跳ね飛ばされるようにして倒れた。撃たれた、と思った。左肩に痛みは感じなかった。ただジーンとした感触だけが伝わってくる。パン、パンと銃声が聞こえた。
「大丈夫か、リョウ」
男の声がして、マリアは目を開いた。左肩に手をやったが、血は出ていなかった。起き上がると、そこに男が倒れていた。男の子、と言ってもいい顔をしている。その顔は蒼白で苦しそうな顔をしていた。
「撃たれた、ね?」
マリアは起き上がるとコルトを構えた。インド人に似た戦闘要員の姿はなかった。代わりにデカいリボルバーを持ったヒゲ面の男が立っていた。その男は倒れている男の子の傍らへ近寄ると跪いて傷を調べた。
「大丈夫か、リョウ」
リョウと呼ばれた男の子は首を振った。
「大丈夫じゃないよ、タカ」
そう言うとリョウは苦しそうに顔をゆがめる。Tシャツをみるみるうちに真っ赤に染めていく。銃創はわき腹のあたりのようだった。マリアはコルトをヒゲ面の男、タカと呼ばれた男へ向けた。タカはマリアを睨むと軽く首を振った。
「あんたを助けたんだ。銃を向けるのはやめにしてくれないかな」
マリアは銃口をおろした。
「リョウがあんたを突き飛ばした。代わりにリョウが撃たれた。リョウは大切な相棒なんだ。死なせるわけにはいかない」
そう言いながら、リョウのわき腹を押さえ出血を止めようとしていた。それまで黙っていたエツコが口を開いた。
「救急セットがレセプションにあるはずだわ。そこで手当てをするわ。動かせる?」
タカがリョウを見下ろすと彼は首を振った。
「無理だな。救急セットを持ってきてもらえないか?」
エツコは頷くと走り出した。
「待って、わたしも行く」
マリアがそれを追った。危険が去ったわけではなかった。戦闘要員は姿を消したが去ったわけではないのだ。エツコはそれを忘れている、とマリアは思っていた。
エツコは危険を忘れていたわけではなかった。
神経を集中すると、襲ってきたインド人の意識を感じることが出来た。レセプションに向かう左手はゲストバーベキュー場でその向こうはガーデンビラ、つまりコテージが並ぶ。
インド人はコテージの影に身を潜めていた。マリアの撃った弾丸は2発とも当たっていたが防弾チョッキによって阻まれていた。マリアを助けたタカという男が撃った弾丸は口径が大きくて防弾チョッキを貫通こそしなかったが、衝撃であばら骨を砕いていた。だけど・・・
やつはまだ動ける。
小走りでレセプションへ向かうと偶然若い男性スタッフに出会った。オージー(オーストラリア人)だ。
「銃で撃たれた人がいる」
そう伝えると、まさか、と英語で返事が返ってきた。
「おかしなインド人が徘徊しているわ、だから危険。武装しているからとても危険」
そうまくしたてると半信半疑のままスタッフは頷いて人を呼びに走った。レセプションは施錠されていて、ドアは開かなかった。エツコは焦った。
「エツコ、落ち着くね。救急スタッフぐらいいるでしょ?あとは任せた方がいいね」
「でも、あれはわたしのせいで」
言いかけたエツコをマリアが手で制した。
「今はわたしの指示に従って欲しいの」
「どうして?わたしはわたしの思うように行動する権利があるわ」
「狙われているのはエツコね。さっき助けてくれた人だって、たぶんエツコを探していたね」
「そんなのわかんないじゃない」
「わかるね。普通の観光客、44マグナム持ってないね」
「そんな・・・じゃあどうすればいいの?わたしは何を信じればいいの?」
「わたしは味方ね。もうすぐ迎えのクルマ来るね。私の相棒、日本人ね」




