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パース

阿部史人は考えていた。

何故、おれはこんなところにいるのか、と。

そして、どうしてこんな窮地に追い込まれているのか、と。


北海道での事件から半年が経っていた。

マリアと暮らすのは悪い生活ではなかったが、かといって阿部の想像通りだったわけでもなかった。マリアは同じアパートに住んでいたが、違う部屋にいた。それにマリアは阿部の思うよりも忙しそうに世界を飛び回っていた。阿部は、結局はスープラの修理とマリアの仕事の手伝いをしていたに過ぎなかった。

北海道での逃走劇のような派手なことは、そうそうあるものではない。

マリアの組織だって、いつも派手な仕事をしているわけではなかった。ともあれ、表向きは合法的な株式会社なのだ。ただ怪しげな開発に関わったり、オカルトのような事件に首を突っ込んだりする部門を持っているというだけだ。そこには潤沢な資金など無かった。マリアは、その組織の一員だった。かといって、スパイのような派手な行動ばかりしているわけでもない。大方は情報集めに世界を飛び回るのが仕事なのだった。

 冬も本番になろうかという時期になって、阿部は自分の今の生活に飽きてきていた。

 とりあえず食うに困ることは無いが、かといって自由があるわけでもない。とにかく阿部は犯罪者になってしまったわけで、身分を偽って生活をしていたからだ。スープラの修理もやることが無くなってきたし、マリアの手伝いといっても足代わりになってやるくらいが関の山で、海外へ出てしまえば阿部は待つ以外にすることがなくなってしまう。

 せめて仕事の一つでも与えてはくれないか、と阿部は思っていた。

 阿部は、それについてマリアに打ち明けると、マリアは意外そうな顔でこう言った。

「アベさん、わたしが思っていたよりワーカホリックね。ほんと、わたしアベさんは堕落した人だと思っていたね。仕事したいと思っているなんて、わたし考えもしなかったね」

 阿部は呆れて物が言えなかったが、その後マリアは阿部に仕事をしてもらう準備が整っていないから、すぐには無理だけど、と前置きした上で、

「でも仕事、あるね。大変な仕事。またアベさんの腕を生かせるね」

と続けたのだった。

 だから阿部は、スープラを一生懸命に磨いたし、それで再び冒険の旅に出られるのだと勝手に思ってワクワクしていた。結局、阿部はただのクルマ好きで、人より優れていることがあるとすれば、そのドライバーとしての天性の勘だけだったのかもしれない。しかし、年が明けてすぐに渡されたものは一枚の航空券とパスポートだった。

 それはオーストラリアへ飛ぶシンガポール航空のチケットだった。


 仕事の内容は聞かされていなかった。

 パスポートの名前は偽名で、それはつまり偽造パスポートなのだろうと思った。それをマリアに聞くと、マリアは首を横に振って答えた。

「それは本物だから安心して、アベさん。それが原因で空港で捕まることはないね。アベさんに新しい戸籍を用意したね。その戸籍で作った本物のパスポートね」

「おれはそんなものを作りに行った覚えは無いぞ。パスポートって本人じゃなくても作れるものなのか?」

「細かいことはどうでもいいね。とにかくそのチケットに書いてあるとおりの飛行機に乗ってオーストラリアに行けばいいね。向こうで現地のスタッフが待っているから」

「現地のスタッフだと?じゃあおれは何をしに行くんだ?」

「さあ?マリアは聞いてないね。オーストラリア支局の部員が日本人の男のスタッフを一人送ってくれ、と言ってきたね。あいにくオフィスの日本人スタッフは2人しかいないね。でも二人とも女ね。だからアベさんに行ってもらうことにしたね」

「ちょっと待て、マリア。そんなおれは何もわからない新人もいいところだぞ?そんなのを送って役に立つとでも思っているのか?」

 マリアは悪戯っぽい目をして笑った。

「そんなの知らないね。アベさん次第ね。それに何をさせるのか言ってこないオーストラリア支局が悪いね。何をするのかわからないのに適任も何もあったものじゃないね」

 阿部は言い返す言葉も思い浮かばずに開きかけた口を開けたまま、あ、とだけ言った。

「大丈夫ね、アベさん。仕入れた情報によれば、とにかくドライバーとして腕が立つ人間が欲しいらしいからね。きっとオーストラリアを走る仕事ね」

 阿部は一瞬だけ古いオーストラリア映画を思い出していた。メル・ギブソンのデビュー作で暴走族と警官の対決を描いた低予算映画だ。あれはたしか速度無制限の砂漠のようなところを改造したV8エンジンを積んだパトカーが走り回る映画だった。あれを見たとき阿部は、豪快なエンジンを積んだマスタングあたりでぶっ飛ばしたらさぞ気持ちいいだろうと思ったものだっだ。

 首を振る。まさか、あれは30年も前の映画だ。今のオーストラリアがあんなであるわけがない。第一、本当に走らせてもらえる仕事なのかもわからないじゃないか。

 だが、阿部には選択権は無かったのだ。

 ノーチョイス、それから先、阿部が良く聞くことになるセリフだった。


10年も経つんだー、と思います。

私はオーストラリアで車の運転をしてませんし、阿部ちゃんは自分と全然違う人なので一緒じゃないのですが、パースの空港のイメージってすごく田舎の空港のイメージです。

世界で2番目に美しい都市、とかって言われていましたけど、1番だって言わないあたりなんだかなー。

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