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最前線の町

作者: 娘々饅頭

ゆるーい恋愛ものです。生暖かい目で見守って頂けたら幸いです。



「へえ…そうかそうか、我が国はついにリジャベートの主要都市を一つ落としたそうだぞ。」


「父さん!今はそんなこといいから!鐘が鳴ってるでしょ!逃げなきゃ!!」


この町の中央には大きな鐘がある。広場の中心にあるそれが鳴ることは、火事や、もしくは敵国が攻めて来たことを表すのだが、そんな鐘がけたたましく鳴る中、悠長に新聞なんぞを読んでいる父の腕を取り無理やり家から引っ張り出す。


あの鐘が鳴ると、皆教会の地下に避難するのだ。


今だに新聞を離そうとしない父を叱責しながらも教会に着くと、そこにはすでに何人もの人が集まっていた。


私達は整列し、慣れた動きで地下へと入っていく。

地下は少し湿っていて、壁に蝋燭が何本も灯されているがやっぱり薄暗くて入るたびに気分が少し憂鬱になる。

シスターに指定された場所に座り、一息着いていると先にここについていた友達が話しかけて来た。


「サシャ!よかった、遅かったから心配したのよ!」


「父さんが中々新聞を読むのをやめてくれなかったの。」


「あら!叔父さんには敵わないわね!」


陽気に笑うこの子の名前はマヤ。マヤは学校の友人で、私と同じ17歳だ。幼い頃からの友人で、笑いを絶やすことのないいい子だ。

因みに男子の中での付き合いたい女の子トップ3に入っている。

まあ、性格がいい上に可愛いからね。


「それにしても最近多いわよね、鐘が鳴るの。新聞では優勢って書いてあったけど、どうなのかしら?」


「どっちでもいいよ、そんなの。どっちが勝ってもいいから早く終わって欲しいな。」


「そうね、でもこれのおかげで明日の宿題をやらない言い訳ができたわ!」


「マヤにも敵いそうにないね。」


クスクス、と二人で笑い合う。


今この国、グランディヌス王国は隣国リジャベート王国と戦争をしている。始まって五年経つこの戦争は、今だに終息する気配を見せない。


その証拠に、今日もこうしてリジャベートの兵が町に近づいて来ていることを示す警報が、朝から鳴り響いている。


マヤは陽気にしているが、決してこれはそんなに軽いものでもない。


この町は国境に近い。つまり、戦いの前線にある町なのだ。

そのおかげで頻繁にリジャベート兵が侵入する。

もちろん前線に近いのだから町のすぐ近くに兵が駐屯しているが、兵が来るのは決まって敵兵が侵入してからになる。

その間に町は蹂躙され、そして自国の兵が着いてからは戦場となり、私達が教会の地下から出ると決まって荒廃した、血痕の残る町を目にすることになるのだ。


「あれ!マヤとサシャ、とサシャの親父さん!親父さん、まあた新聞読んでんのかよ!」


「ほんとうだ。こんな時でも新聞手放さないなんて、すごい情熱だ!」


「おうよ、俺の後輩達が頑張ってんだ!ちゃあんと見守ってやんなきゃな!」


「父さん、またその話?昔軍にいた法螺噺はもういいから。」


「俺はまだまだ現役だぞ??」


むちゃくちゃな剣の振り方を真似してみせる自分の父に思わず溜息を着くと、先ほど父に話しかけた二人…ラグとメイスは朗らかに笑った。

彼らも同い年で幼馴染、因みに同じ学校。

数年前二人から同時にマヤが好きなのだと言う相談を受けたこともあったりするが、それは本人には秘密だ。


私達はその後二時間ほど談笑し、父さんが酔うとよくする、自分軍で活躍していたんだ、という嘘っぽい…というかどうせ父さんが作り上げたでっち話が始まろうとしたところで地下室の扉が開いた。

町から兵が去ったのだ。


誘導されながら町へ出ると、やっぱり目の前に広がるのは荒れて、明らかにここで戦乱があったと分かる光景だった。


グランディヌス兵の人達は交戦を終えると死体を片付けてくれる。それはありがたい。あと、私達の為に戦ってくれてる。それもありがたい。

でも、こうして理由をつけないと好意を向けられない位には兵士というものが嫌いだ。だって、私の中で彼らは戦争の象徴のようなものだから。


最初のリジャベート兵が侵入した時、私は母を失った。マヤは両親を失い、今は教会で暮らしている。

家も焼けたし、町も焼けた。


燃え盛る町を見ながら、なんで私達がこんな目に合わなければならないのだろうと、そう思った。


別に、領土なんか広げなくたっていい。国の重鎮だとか国王だとか、そういった人達の大義名分なんてどうでもいい。

とにかく、戦争をやめて欲しいと思う。

国王や、その臣下、王都にいて戦争を新聞でしか知らないで、盛り上がってる人々は知らないだろう。

この、戦争が生む悲劇を。

戦争を始めた人達がこの痛みを知ることはないのに、なぜ、戦争を望んでいない私達がこの痛みを知らなきゃいけないのかわからない。


そんな風なことを考えていると、優しく肩を叩かれた。


「そんなに気落ちすんなよ。いつかは終わるさ!それまで皆で、頑張ろうぜ!」


「…ラグ……」


「それにさ、なんでも近々、この近くの駐屯地にヤーファス将軍が配属されるらしいぜ!」


「ヤーファス将軍?」


「そう!ヤーファス将軍!世界一の大剣の使い手って言われてて、ジャミス戦の英雄!あのベラム将軍と並ぶ二大将軍だよ!」


ジャミス戦とは三年前にジャミスという地で起こった戦いのことで、の戦に負けると後がない、という大事な局面だった。そんな中、グランディヌス軍の兵が三千に対しリジャベート軍一万二千だったにも関わらず圧勝したのだ。この勝利のおかげでグランディヌスは優勢になることができた。

この時指揮をしたのがヤーファス将軍で、軍もヤーファス直属の兵で構成されていた…というのを新聞で読んだ気がする。


「すげえよな、ヤーファス将軍!見たこともないような剣捌きをするらしいぞ!調べてみたら負けたことが無いらしい!あー、会ってみたい!会えるかな?チャンスはあるよな!!」


この町は駐屯地に近いのでよく軍の人達が買い出しに来たり、気晴らしに来たりするのだ。だから、会えないことはないが…


「別に会いたいとは思わないけど。まあ、色紙とペンの用意でもしといたら?っていうかラグはベラム将軍とやらが好きだったんじゃないの?」


「もちろんあの人が一番だよ!世界一の剣の使い手!この人も負けなしだもんな。最近この国のお姫様との結婚も決まったらしいし。…でも今はやっぱりヤーファス将軍だぜ!」




そんな会話をした数日後に、ヤーファス将軍とやらが町に来た。という噂が流れた。

私があまり知らなかっただけで、ヤーファス将軍と言ったら誰もが知ってる英雄らしい。

町は大いに盛り上がり、お祭りでも開かれてるんじゃってくらいに騒ぎに騒いだ。

女友達は顔も知らないヤーファス将軍にキャーキャー言ってたけど、正直兵士というだけで好印象は持てないのでそんなに盛り上がるのが理解できない。


そんな私は今日も彼女達のヤーファス様かっこいい話に付き合ってられずにこうして先に帰っているわけだ。


帰り道、普段とは少し違う道を通って大好きなパン屋さんに寄って行く。

私はここのチョコレートスコーンとクロワッサン、りんごパイが大好きなのだ。

それらを買い込んで公園で読書でもしながら食べよう、なんて思っていると石畳みの上、一人の男の人が倒れこんでいるのを見つけてしまった。


普段なら関わらないけど、ここは運の悪いことに人通りがとても少ない。もし彼が酷い傷を負っていて、私が助けなかったとしたらそれは私が殺してしまうようなものだ。


…それは嫌だな。


そんなことになったら寝覚めが悪い。なによりこの人を放っておいたら今日一日、下手したら何日も気になってしまいそうで嫌だ。


しょうがない。


「あの、大丈夫ですか?」


私は仕方なく道端に倒れている男の人に声を掛けた。

その人は薄汚れた外套を纏い、その下は簡素な服装。足元は履き古した靴で、ああ関わらない方がいいかもしれないという匂いをぷんぷんと放っている。

しかも、彼の髪の色は金。金の短髪にこれまた珍しい金の瞳でこれがまた怪しさの相乗に一役買っている。そんな彼は、焦点の定まらない目で私を見上げると一言言った。


「お腹、減った…」








「美味い。これは美味いな、ありがとうサファ。」


「いいえ、私もそこのクロワッサン一番好きなんだ。」


今私は例の男と一緒に公園にいる。

人が少なくてゆったりとした時間を過ごせる私の秘密の憩いの場だ。

ここなら知人と会うことも無い。


お腹が減った、と言っていた彼はクロワッサンをあげるとすぐに元気になった。

因みに彼の名前はロキと言うらしい。

年は二十代半ば位で、さっきはわからなかったが背が高い。私の頭二つ分位高い。しかも、結構筋肉が付いていて、少しだけ日に焼けていて、なんというか、あ、この人絶対放っておいても大丈夫だった人だな、と分かる。


顔立ちもよーく見ると女の子が好みそうな精悍な感じで多分見つけた女性は喜んで手を差し伸べただろう。放っておけばよかったと心の底から後悔している。


まあ、このクロワッサンを美味しいと絶賛してくれたのは素直に嬉しいけど。


「ところでサファ、この町は随分と荒れているようだが…」


「ああ、戦争の前線に位置する町だから。良く敵兵がお邪魔してくるの。」


「…成る程。それは、やっぱり辛いな。」


「本当よ。戦争なんて、苦しむのは私達のような力のない者たちばっかり。兵が町の近くに駐屯してるけど、それだって当てにしきれないし。いっそのこと国王が首かっ切って戦争を終わらせてくれたらいいのに。って…ごめん、こんなこと聞かせちゃって。」


「いいや、俺だって戦争は嫌いだ。」


ロキは辛そうに小さく呟くが、クロワッサンを一口食べると笑顔になった。

なんだか幸せそうな人だ。

私も彼にならってアップルパイを食べることにする。

クロワッサンとスコーンは譲るけどこのアップルパイだけはどうしても譲れない。さっきから羨ましそうにこちらを見てくるけど駄目だ。


「そういえば、サファ。こんなに良くしてもらって、その上に、なんて厚かましいが一つお願いがあるんだ。」


「なに?」


「しばらく家に泊めてくれないか?」


「……ちょっと待って。」


確か、父さんは仕事とやらで少し遠めの町に出かけているはずだ。

当分帰ってこないと、お前を一人で残すのは心苦しい、すまない、とか言いながら旅立っていったのは今朝のことだ。


つまり、この人を家に入れると私は見ず知らずの男の人と二人きりということになる。しかしだからといって無理、と簡単に捨て置くこともできない良心が痛む。


「…あの、今父さんがいなくて、つまり、あの…私と二人きりになるんだけど。」


それとなーく遠回しーに言って察してくれないか期待する。


「それだと駄目なのか?」


しかし彼は全く気にしていないようだ。鈍感なのか、私など女にも見えないということなのか、どっちなんだろう。


「…ああ!成る程な、心配するな。やましいことはしないと約束する。したくなったら店に行く。」


「店のくだりは言わなくていい!!」


そういうことでロキは我が家に居候することになった。







最初は少し緊張していたが数日経つとそれもなくなった。

なんというかロキは、年上の男性に失礼かもしれないが世話の焼ける幼馴染のような、そんな感じだ。


というのもこの男はもうものっっすごい不器用だった。いや、不器用?こういうのをなんて言えばいいんだろうか。

彼は、掃除はできる。その点に関してはロキはおおいに役立ってくれている。

お料理も、味付けはイマイチだけど具材を大雑把に切ったりはできる。

でも例えば、家の鍵を閉め忘れたり、花の水やりをやっていたはずがなぜかそばに植えてあった木が悲惨な姿になっていたり、買いものができなかったり、迷子になったり、あと髪がぼっさぼさだったりととにかく色々と残念だ。


まあ、掃除はしてくれるし何より作った料理を美味しいと言ってくれるのでそれで十分…ということにしよう。

泊めてあげている代償としてはいささかちっぽけな気がするが、本人もそれは気にしているし、私は料理が大好きなので食べてくれる人がいるとそれだけで嬉しいし。


そういえばこの前、マヤとラグとメイスに会ったときに男の人を居候させていると言ったら、ものすごく心配してくれた。







「サファの料理は本当に美味い。こんなに美味い料理は初めて食べた。」


「嬉しいけどそれは言い過ぎだね。」


ロキが家に来てニヶ月、何時ものように朝スープを作ってパンと一緒に食べているとロキが突然真面目な顔でそんなことを言い出した。

お世辞だとわかっていてもやはり照れる。


「そういえば、ロキはなんでこの町に来たの?」


それを隠すように話を変える。

実際、このことは少しだけ気になっていた。

行き倒れてまでこの町に来たんだからよっぽどの理由があると思って今までは聞かずにいたが、ロキはこの二ヶ月間何処かに出掛けた様子がない。出掛けるといえば買い物に行ったりとその位だ。



「なにか、用事があったんじゃないの?」


「いや、まあ二つ理由があって…」


「話してくれるんだ。」


「隠すことでもないからな。で、二つ理由があって、一つは人探しをしてるんだ。この町にいるって聞いてたんだが一人で出歩くとまた迷子になりそうだし探すのを控えているって訳だ。」


「そんなの言ってくれれば手伝ったのに。で、もうひとつは?」


「ありがとな。で、もう一つは、逃げて来た。」


「は?」


「いつの間にか本当に勝手に俺が全く望んでないことを決められていたから腹が立って逃げて来た。」


「お、おお……」


なんというか、それで行き倒れていては元も子もないと思うのだが、その行動力は呆れてしまうくらいすごいと思う。


「やっぱりいけないことだと思うか?」


「いや、まあそりゃあ逃げたりしたらその人たちも心配するだろうし。勝手に決められるのはいやだけどね。でも、私は、嫌なことを嫌だと示せるのはすごいことだと思うよ。勇気がいることだしね。」


「ありがとう。でも、俺はすごくない。すごいのはサファだ!こんなに美味い料理を作れるなんて、天才だ!」


「そ、そこに話が戻るのか…」


その話が気恥ずかしくて話を逸らしたというのに。


「いや本当にうま…」


ロキが言い終わるかいい終わらないかの丁度その時に、突然けたたましく鐘が鳴った。


「なんだ、この鐘?」


キョロキョロと辺りを見回すロキの腕を取り、母さんの形見の首飾りをつけていることを確認してから有無を言わさず家から出る。

この警鐘が鳴るのはロキが来てからは初めてだ。

全く今の状況をわかっていないロキに簡単に説明する。


すると彼の口から衝撃の事実が漏れた。


「大丈夫だ。俺、戦えるから。」


「え?戦える?どういうこと?」


「俺は、一応兵士…ということになるんだろうな。素手でもそこらへんの奴らには負けない自信がある。」


「……嘘。」


無計画に家を飛び出して来たバカ息子ではなかったのか。当てもなくさまよっていた旅人ではなかったのか。

そうだと思ってたのにまさか兵士だったとは…



結局その警鐘は間違いだったようで、私達は教会に着く前に家に戻った。


その日から、私はロキが兵だと知って、悪い人ではないと、わかっている、わかっているけどやっぱりやり切れない思いからか、少し彼を避けるようになっていた。


兵士という、ロキがついている役職で彼に苦手意識を持ち避けるのに罪悪感を感じ、それが益々私の中でロキと話すのを気まずくさせた。


ロキも勿論私の様子が変わったのに気づいているだろう。

いっそのこと謝って、違う友達の家…例えば教会に頼み込んでロキにはそっちに移ってもらおうかと、その方が彼もいいんじゃないかとそう思っていた時だった。

ロキから、話しかけられたのは。


「サファ、俺は何かしてしまったか?」


「え?」


「それとも、俺が兵だから避けているのか。」


「!!」


そこまで見抜かれているとは思わなかった。

私の驚いた様子を見て、ロキはそうか、と呟く。


「なぜ、兵が嫌いなのか聞いてもいいか?」


私は少し躊躇い、それからゆっくりと口を開いた。


「私の母は…兵に殺された。三年前、父が仕事で町にいない時だった。今まで平和だったこの町に、突然リジャベートの敵兵がやって来て、町に火が付いた。その時はまだ警鐘なんて考えられていなくて、町の人は隠れたり、逃げたり、怯えながらそんなことをするしかなかった。それでも、彼らは殺された。私の母もその一人。」


「サファ……」


「なんで、戦争なんかのために私達の平和を差し出さなければならないの?なんで死ななきゃいけなかったの?一番利益を蒙る人々は、なぜ戦を望まない私達を、さも当たり前のように……!…兵士が皆、酷い人達ではないとわかってる。でも、好きになれない。」


「そうか。それは、すまない。兵を代表して謝罪する。でも、俺は…」


かあん。


鐘の音。


またか、と思う。


ロキが何か言おうとしていたが今はそれどころではない。

急いで家から出なければ。


話を続けようとするロキを前のように家から連れ出し、街中を走る。

その間も鐘はなり続ける。


教会の前に着き、中に入ろうとした時だった。

私が、そのことに気づいたのは。


「ない…」


母の形見の首飾りが、なかった。


「どうしよう…」


気付くと私は家に向かって走り出していた。

ロキが後ろで呼び止めるのが聞こえたが、それでも止まらない。


あれだけは、どうしても失くしたくなかった。もし、失くなってしまったら、まあいいか、と笑って済ませられるようなものではない。


教会に向かう人の流れに逆らい、行く時の倍の時間を掛けてやっと家にたどり着く。


首飾りはテーブルの上に置いてあった。


「よかった…」


首飾りを握りしめ、安堵の息をつく。安心感と達成感とで満たされた私は、家を出た瞬間固まった。


辺りには人なんていなくて、鐘も鳴り止んでいた。

遠くから聞こえてくる喧騒は、交戦が始まってしまった合図に他ならない。


首にかけた形見を、ぎゅっと握る。


我を忘れて、馬鹿なことをした。

でも、後悔はしていない。


…多分、見つかるのも時間の問題だろう。でも、まだ死ぬと決まったわけじゃないし、とりあえず裏道を通って教会を目指す。


よし!


私が歩き出そうとした次の瞬間、影がかかったような気がした。

嫌な予感がして、いやするよりも前に反射的に前方に転がる。


キィン!


金属が石に当たったとき特有の高い音がした。

咄嗟に後ろを見ると、さっきまで私が立っていた場所に、剣が刺さっていた。恐る恐るその持ち主の姿を見る。

私と目が合うと、リジャベート兵はにんまりと笑った。


「……っ!」


じり、とリジャベート兵が一歩足を踏み出した。


私は逃げようとするけれど、先ほどので足を挫いてしまったのか、思うように足を動かせない。


リジャベート兵が剣を振りかぶる。


…あ、終わった。


目をつむった次の瞬間、金属が弾かれる音と、続いて頬に軽い痛みが走った。


「馬鹿かお前は!この中を一人で戻るなんて自殺行為だぞ!」


「なんで……?」


私を殺す筈だった剣を弾き、頬を叩いたのはロキだった。

見たことがない位の剣幕で、聞いたことが無い位の大声で、私を叱る。


「このやろ…っ!」


「ロキっ!!!」


後ろから、再び剣を振りかぶったリジャベート兵が斬りかかってきたけど、ロキはそれを難なく斬りふせる。

そのあまりの洗練された、荒々しいのに美しささえ感じさせる動作に思わず感心していると、ロキは私の前にしゃがみ込んだ。


「サシャ、なんで教会を飛び出した。」


「形見、母さんの形見を取りに…」


「だったら俺に言え!敵がいるんだぞ?!今、俺が来なかったら殺されてた!!」


「…でもっ!」


と、突然ロキに抱きしめられた。

苦しい位に力強い抱擁だった。


「よかった…!よかった、サシャが無事で……!!」


その声は、思わず呆然としてしまう位に切実で、気持ちがこもっていて、私は気づいたら、なんで、とつぶやいていた。


「なんで…?」


私はロキに、酷いことを言ったのに。すごく、ぎこちなく接してしまったのに。彼が、兵士と言うだけで。


なのに、なんで…


「好きだから。」


「………………え?」


「?分かり難かったか?サファが、愛おしいからだ。」


「………………なんで?」


余計にわからない。

私に好きになる要素なんてあっただろうか。

さっきまでよりも、いや、人生で一番混乱しているかもしれない。


「なぜ?まず、俺を拾ってくれたろう?それが、嬉しかった。探し人をしていると言ったら手伝うと言ってくれたし、俺の逃げを許してくれた。俺ができないことがあっても避難しなかったし、笑ってくれた。俺を避けているときも、サファの方が苦しそうにしてた。…優しい人だと、思った。」


「でも、私、最初、ロキを助けようかどうか迷った。」


「でも拾ってくれただろう。それともまだ理由が足りないか?そうだな…料理が美味いし、笑顔が可愛いし、落ち込んでても可愛いな。怒っていても可愛い。動物好きだし、挙げたらきりがないな。全部好きなんだから。」


「え、ちょっと待って、えっと、」


「お前が兵が嫌いなのはわかってる。でもそれだけでお前を諦める気はない。今の仕事をやめるつもりはないが、サファ、お前のことはなんとしても手に入れる。」


と、喧騒が近くなった。

ロキは小さく舌打ちすると、私の手を引いて裏通りにある食堂の中に入った。

いつもは兵士や学生で賑わっているそこは、人がいないとやけに広く寂しく感じられる。


遠くに喧騒が聞こえる中、ロキは私を黙ったままじっと見つめる。


「と、とりあえずありがとう。助けてくれて。本当に馬鹿なことをしたと思ってる。ごめんなさい。」


「そうだな、あれは本当に今思い出しても腹が立つ。」


「…………あ、喧騒が止んだよ。行こうか。」


気まずい!というか気恥ずかしい。

私がそそくさとその場を離れようとすると、ロキが私の腕を引っ張ってそれを許さなかった。


「それはずるいんじゃないか?俺の気持ちをなかったことにするのか?…嫌なら嫌だと言え。ただし、俺は諦めない。」


「いや!」


「いや?」


「あっ!違うそうじゃなくて、嫌ではないよ?ロキのこと、兵だと知って避けてたけどロキ自身は普通に好きだし、いい人だと思うし。あ、でもやっぱり兵っていうのは…」


「言っておくが俺はさっきのリジャベート兵みたいに無抵抗の民を殺したりはしないぞ。」


「あ、それならまだ…いや、そうじゃなくて、なんていうか今すごい混乱してるっていうか、これ夢?」


「現実。」


至極真面目な返答に私はだよね、とため息をつく。

困った。これは困った。


ロキのことは嫌いじゃない。でも、そんなそぶり全く見せなかったし、絶対こんなことにはならないだろうと思ってたからあまりのことに頭がおかしくなりそうだ。

兵っていうのもちょっと抵抗がある。でもそれは、ロキだったら許せる…ものなのだろうか。


「なんだ?生活のことなら安心していい。贅沢はさせてやれないかもしれないが、安定した収入はあるし、まあもう少ししたら落ち着くだろうし。だから俺と結婚しよう。」


グイグイと迫り来るロキに圧倒され、私は思わず言ってしまった。


「まずはお付き合いから始めましょう!!」





体力と気力を使い果たした私とは裏腹に、満面の笑みを浮かべるロキ。

そんな私達はあれから少しして辺りが静かになったので外に出たんだけど、なんと出た瞬間兵士に呼び止められた。


「あれ?なんであなたがここに?」


「ああ、久しぶりだな。ヤーファス団長殿は元気にしているか?」


「ええ、もちろん。」


ロキとは顔見知りのようなので、グランティヌス兵だろう。

私の身体が強張ったのに気づいてくれたのか、ロキがさりげなく後ろに庇ってくれる。


「お前達も大変だな、こう頻繁に交戦があっては。」


「ええまあ。リジャベートの奴ら人数は沢山いますからね。でも、俺たちより町の人達の方が大変ですから。」


「そうだな。被害はどうだ?」


「…何人か死にました。でも今回は相手も百人単位でしたし、しょうがないでしょう。今までなら何十人は死んでいたでしょうし。ヤーファス将軍のお陰です。」


私はロキの後ろで思わず胸に手を当てた。兵士の死を自分達の死よりも軽く考えていた自分がいることに気づいた。



「そうか、お前に怪我は?」


「ああ、左腕を少々切られましたが軽い怪我です。」


言ってから、その兵は辺りを見回した。

それから、自嘲するように笑う。


「俺らが、もっと強ければいいんですけどね。そうすれば、この町の人々にこんな不安な思いさせなくてもいいのに。」


「そうだな…。」


「ええ。俺ら兵士は守るために存在しますから。痛くても、怖くても、町の人達は俺らより怖い思いをしているんだから。」


「……っ!」


涙が溢れそうだった。


私が兵を嫌いだと。国が戦争を行うのは勝手だと、そして兵に守られるのは当たり前で、なぜ兵はもっとしっかりと守れないのか、なんてただ不満を言っている間にも、彼らはこの町を、私達を守る為に頑張ってくれていたんだ。それこそ、自分の命を犠牲にしてまでも。


「おや?そちらは?」


そこでその兵は私の存在に気付いたらしい。


「いや、この子は…」


そうやって庇ってくれようとするロキの手を軽く押しやり、兵士さんの前に出る。

不思議ともう嫌悪感なんてものはなかった。

今まで違う生物なのだと、そういう違和感のようなものを感じていたのに。


「この町を、守ってくれて、ありがとう。」


「あっ!いいえ!そんな、俺らなんて全然駄目で、あの…俺、もっと頑張りますから!」


「いいえ、い、今までごめんなさい…」


「??あ、そういえばロキさん、なんか上の方から指示来てるらしいですよ。」


「指示?どんなんだ?」


「もう勝手はしないから戻って来てくれって。詳しいことは書状を預かってるヤーファス様が知っているので会いに行ってください。元々ヤーファス様を探していたんですよね?」


「ああ。だが…」


「あ、大丈夫。私なら大丈夫だから行って。仕事のことでしょ?蔑ろにしたら駄目だよ。」


「でも、ここで別れたら絶対長いこと会えなくなる。…待っててくれ、と言ったら待っててくれるか。」


「なんでここだけそんなに弱気なの?…二年だけなら待っててあげるよ。」


「ありがとう!!二年後必ず迎えに行く!約束だ!」


「………!」


ロキは軽く私に唇を落とすと兵士さんの元へと歩いていく。


「うわあ、やっぱりその子、あなたの……ってえ?!うわ、その子!!」


「どうした?行くぞ。」


「あ、え、はい!!」


なにやら賑やかに話している二人の背中を見送りながら、私は軽く、深呼吸をした。


空を見ると、交戦の後だというのに果てし無く青い。


まるで私の今の気持ちを表しているようだ、と思って、それからそんな詩的なことを考えた自分が可笑しくて、笑いをこぼしたのだった。
















「あ、おはよう!サファ!」


「おはようマヤ。今日もいい天気だね。」


「そうねえ!戦争も終わったし!メイスは元気にしてるかしら?」


「あの子ならどこでも上手くやってけそうだから大丈夫だよ。」



ロキと分かれてから二年と三ヶ月経った。


三ヶ月前、ヤーファス将軍とジャミス将軍によって戦争は終結を迎えた。結果は私達、グランティヌス王国が勝ち、リジャベート王国は従属国となった。


リジャベートの心境を考えると少し複雑になるが、戦争に勝ったことはいいことだ。なにより、戦争が終わったことが一番嬉しい。


王都ではまだ終戦と勝利を祝う祭りが開かれているらしい。


三ヶ月前ふらーっと帰ってきた父もその祭りが見たいと勝手なことを言って出て行ってしまった。

…すごく今更だけど、父さんってなんの仕事しているんだろう?

一度聞いたことがあったけど、人の役に立つかっこいい仕事だよ、としか教えてくれなかった。


ちなみにメイスは二年前に兵士になる為に王都に行った。

たまに手紙が送られてくるのでなんとか無事のようだ。


「そういえば、メイスからの手紙でこの町でも戦勝パレードをやるって書いてあったよね。」


「そういえば書いてあったわね!前線に位置していた六つの町全てでやるんでしたっけ?ヤーファス将軍とジャミス将軍も来るとか。確か、六つの町のうち最後よね?」


「うん。まあ大きい町からやってるみたいだからね。この町が最後になるのは当たり前だ。」


「来てくれるだけでありがたいわ!でも、二人の将軍が来るなんて町の女の子達が騒ぎそうねー!」


「あはは、そうだね!」


「そうだねって…サファは興味ないの?」


「うーん…」


「あ、ラグとか?」


「なわけないでしょ。ただ、なんとなくそんな気になれないというか、もう好きな人…というか約束してくれた人がいるというか。」


「あらまあ!」


あれから二年と三ヶ月、もうとっくに期限が過ぎている上にロキから手紙が来たのは半年以上前、もうすぐ迎えに行くというこの一文だけだった。が、なんとなく私は彼を待っている。

流石に三年経ったらやめようと思うけど、まあ三年内なら待ってやろう。

まあ、もう心変わりしてる可能性もあるけど、それならそれで仕方ないと思える。


そんな私は今町のパン屋さんで働いている。


毎日大好きなアップルパイが食べられて幸せだ。

ラグは実家を継ぐようで、頑張っている。ちなみに彼の実家は王都にも店を持つ大きな洋服店だ。本店はここ。ラグは前までは甘いものは嫌いだと言っていたのに、最近は疲れからか甘いものが食べたいらしく毎日私の働いているパン屋さんでアップルパイを買って行く。


マヤは教会で立派にシスターへの道を歩んでいて、なんだかおっとりとした性格に磨きがかかったようだ。


もし、ロキが来なかったら王都に出て、王都のパン屋さんで修行を積もうかな、と思っている。というのもメイスからの手紙で、王都に国で一番美味しいパン屋があると教えてもらったのだ。


でも、こうして将来のことを楽しく考えられるようになったのは、がんばって戦ってくれた兵の皆さん、そしてヤーファス将軍とジャミス将軍とやらのお陰なんだ。

そう思うとパレードもすこしだけ楽しみに思えてくる。



「パレードは一緒に見ましょうね!」


「うん、一緒に見よう!」


私達はそんな約束を取り付けてその日は分かれ、そしてついにパレードの日がやって来た。



町に出て見ると、年頃の女の子達は全員何時もよりうんとオシャレしている。すごい気合の入りようだ。

まあ、お眼鏡にとまって、なんてこともないとは限らないしね。


そんな私も今日はちょっとだけお洒落だ。ワンピースもラグのお店で仕立ててもらった新しいのだし、髪だってマヤに綺麗にしてもらった。


将軍とかに興味はないけど折角のお祭りだ。楽しまなきゃ損というものだろう。


パレード開始まであと五分、町はいよいよ盛り上がりを見せはじめた。

ものすごい熱気だ。年に一回ひらかれる祭りなんかよりずっと、皆そわそわしていて、町の装飾だって気合が入っている。

紙吹雪が舞う中、いよいよ祭りが始まった。



「あ、ラグ!こっちこっち!」


「お、お前達先に来てたのか!そういえばさっきメイスに会ったぞ。パレードが終わったらいつも使ってた中央広場の前の喫茶店で集まろうってさ。」


「まあ、いいわねえ!久しぶりに四人で集まれるのね!」


「というか、そっか、メイスこのパレードに出てるのかあ。」


私達はあいにく来るのが遅れてしまって、人混みの後方、パレードなんてまったく見えない位置にいる。

できることといえば音楽を楽しむこと位だ。


「うーん、見えねぇなー。」


「まあ、見えたとしてもメイスはまだ下っ端でしょうし、気づかなかったでしょうけどねぇ。」


「まあメイスにはまた後で会えるし、いいんじゃない?」


「いやメイスじゃなくてさあ、将軍達見たいじゃん!くそー!!みてぇー!!」


ラグの願いも虚しく、結局最初から最後までパレードを見ることはできなかった。



パレードが終わると私達はすぐに中央広場に移動した。


パレードが終わっても祝勝の祭は続く。広場には屋台も出ているので、まだ賑わいを見せていた。

そんな中、私達はなんとか席を取ることに成功した。

広場に面して置いてある外にある席で、青い空の下再開を果たすのもいいだろう。

噴水の前で披露されている大道芸を見終わったところでメイスがやって来た。


「ごめん、遅くなって…!」


「うわ、お前その服かっこいいな!」


久々に見たメイスはいかにも兵士です!というふうな風体に変わっていた。筋肉も付き、少し背も伸びたようだ。

おそらく兵が属する軍のものであろう、深い赤に銀糸で縁取られた制服をしっかりと着こなせていた。


「ありがとう。でも、この制服軍の中では下の方のなんだよ。」


「位によって変わんのか?」


「うん。騎士団のお偉方は白地に金糸、軍のお偉方は深い赤に金糸、騎士団の普通の人達は白地に銀糸で俺ら軍の一般兵はこれ。で、もっと偉い人、将軍とかになると独自の制服を持っていて…」


そう言うメイスは自分を卑下しているが、やはり誇らしいのか嬉しそうに語る。


「というか、騎士団と軍と分かれてたんだ。」


「うん。戦争だったから区別がなくなってただけで、本来はヤーファス将軍は軍の第一軍団長、ジャミス将軍は騎士団の第一騎士団長だよ。」


それは知らなかった。

俺は知っていたぞ、と誇らしげに言うラグは無視してメイスに席を進める。


それぞれが好きなものを注文して、楽しい時間は始まった。


二年間も間が空けば積もる話もある。といっても殆どが身の上報告のような形になったが、メイスの今の生活などを知れてとても面白い。


「へえ、じゃあ今は国境の整備をしてるんだー。」


「うん。これは軍の仕事らしいね。」


「大変そうねえ。」


「でも充実しているよ。」


「俺も軍入れば良かったかなあ。制服かっこいいし、将軍達にも会えるし。」


「会えるっていっても遠くから見る程度だよ。ジャミス将軍なんて軍じゃないから全然会えないし。」



その後も色々とメイスの話を聞いていると、知り合いの女の子達がメイスを見つけて話しかけて来た。


「あら、メイスじゃない。パレードに参加してたわよね?」


「私見たわよ!旗を持って行進してたわよね、お疲れ様!」


「あ、ありがとう。」


彼女達2人はきゃあきゃあといかにパレードがかっこ良かったかメイスに言って聞かせる。

ラグがそれを面白くなさそうに眺めているのが面白かった。


「ところでメイス!ジャミス将軍、紹介してくれないかしら?」


「私はヤーファス将軍!」


「えー?ヤーファス将軍は渋すぎない?大人の男性って感じ。」


「ええ?ジャミス将軍はまだ若いから駄目よお。男はもっと年取ってなきゃ!」


「いや、お二方とも俺が紹介できるようなお方じゃないから。」


と、急に広場が一際騒がしくなった。

なんだろうと見て見ると、誰か…2人の人物をを遠くから見つめているようだ。

キャーキャーと若い女の子達が騒いでいるが、近づきたいけど近付けない、そんな様子だった。

彼らは喫茶店に寄りたいのかどんどんこちらに近づいてくる。


「深青に金糸、黒地に金糸、それに2人が付けている黒のマントと白のマント…ヤーファス将軍とジャミス将軍だ…!」


メイスの呟きに女の子二人とラグは歓声を上げ、マヤはまあ!と楽しそうな声を上げ、私は新しく飲み物を頼んだ。


「ああもう!俺は酒はいいと言っているだろう!」


「勝利の祝杯をまだ2人きりで上げてないだろ?」


「いやこの前やった…ってここ喫茶店だぞ?!」


「喫茶店で一杯…最高じゃないか!」


「俺はこの後用事があるんだがな。」


「知ってる。だから阻止してんだよ。」


「うわ、性悪オヤジめ。だいたいあなたはいつも…」


近づいて来るに連れて二人の会話が聞こえてくる。

随分くだらない会話をしていると思うが、彼女達とラグにとってはもうヤーファス将軍とジャミス将軍というだけでかっこいいものらしい。

目線は2人に釘付けだ。


まあ確かに、2人はかっこいいと思う。

ヤーファス将軍は灰色の髪。ダンディな叔父様、という感じだが老いを感じさせず、色気みたいなのが溢れ出ている気がする。あとなんか強そうだ。

ジャミス将軍は金髪で、精悍な顔つきをしている。武人、という感じがするが優しそうな爽やか好青年だ。

因みに二人とも長身。


やっぱり世の中顔とスタイルか、と呟いているラグが悲しい。


「うわわ、どうしよう!なんでお二方がこんなところに…!」


メイスは見つかりませんように!と必死で祈っていたみたいだったが、神様はメイスに味方しなかったらしい。まあ六人のうち三人がこっちにこいと願っていたからかもしれない。

二人は軍の者か?と言うとこのテーブルに近づいてきた。


休憩中に職場の上司に会うなんて可哀想に、と同情する。

メイスの場合は嫌、というよりも、畏れ多すぎるんだろう。


「この席いいか?どこも空いてなくてな。」


そういってヤーファス将軍は許可もなく座る。将軍大好き三人組はどうぞどうぞと席を進めた。

なんだかあまり気が進んでいないようなジャミス将軍もその勢いに負けて座る。

メイスは可哀想なくらい恐縮して下を向いてしまってる。

マヤは一人だけ楽しそうに余裕を持ってその様子を見ていた。


…メイスがこんな様子じゃ可哀想だし、マヤも連れて三人で何処かに行こうか、と思って私が立ち上がるのと同時だった。



「…サファ?」



何処か懐かしい声で名前を呼ばれたのは。


「…ロキ?」


そう、今のはロキの声だった。

どこにいるのだろう、と辺りを見てもそれらしき姿はない。


と、ジャミス将軍と目が合った。

にっこりと笑いかけて来るその顔は…



「えっ!?ロキ!!??」


「久振りだなサファ!あんまり可愛いくなっているから気付かなかった。」


「ありがとう!ってええ?!ちょ、ちょっと待って!」


「おいサファどー言うことだ?!ジャミス将軍と知り合いなのか!?」


「ラグ黙ってて!私だって混乱してるんだから!」


ラグを思いっきり睨んでから目の前の人と向き直る。

改めて見るとロキだった。

前は髪がボサボサだったからわからなかったんだ。人とはみなりと髪型でここまで変わるものなのだと感心する。



「ロキなんだよね?」


「ああ。」


「でもジャミス将軍とやらなんだよね?」


「ああ。俺の名はロキ・サルジュエラ・ジャミス。騎士団第一団長をしている。言ってなかったか?」


「いや、聞いてない。兵だってことしか聞いてない。」


「そうか。」


ロキは笑うと私の前に跪いた。そして、片手を取る。


「二年以上待たせてしまってすみません。あの約束は、今でも有効でしょうか。」


いきなりここでか!とサシャは内心突っ込んだ。

しかし、ロキだけでなく周りのみんながじっと見てくるものだから、こんなことを口にしてしまった。


「二年分、アップルパイを買ってくれるなら。」


私の返答ににっこりと笑うロキ。


「喜んで、愛しの君。…俺と、結婚してくれるってことでいいんだよな?」


気付いたらやけに静まり返っていた広場の中、この声はあまり大きな声でもなかったのに広場の隅々にまで響き渡ったようだ。

一斉に歓声があがる。

それは興奮からだったり、悲しみからだったりと様々だったがとにかく沢山の人がこの光景を見ている。

恥ずかしさで死にそう、というよりもこれ断われないな、という考えが頭を占めていた。


確か約束ではお付き合いからだったけど、ここでそんなこといったら世の女性に殺されそうだ。

しかしここは、どうしても言っておかなければならないことがある。


「あの、いいんだけど、父さんの許可を貰わないと。」


やはりこれは必要だろう。


しかしロキはそれを聞くと、さも不思議そうに首を傾げた。


「いや、必要ないだろう。」


「いや、いるでしょう。」


「一応許可は取ったし、今ここで邪魔をしないということはいいということだと思うが?」


「え?!父さん今ここにいるの?」


さっきのように辺りを見回すがやはりそんな姿はみうけられない。

最初は私の様子を訝しげに見るロキだったが、突然何かに気付いたようで、はあ、と息をついた。


「本当に言ってないのか。ここまでくると呆れるぞ、ヤーファス。」


「可愛い娘を巻き込まない為だ。それに、一応軍の関係者だとは言ってあったんだが信じてもらえなくてな。」


…今、ロキはヤーファス将軍に話しかけた?

あの話の流れからいくと、ヤーファス将軍=父さん、になるけど、私の知っている父さんはこんな感じじゃない。もっと普通の、ちょっと駄目な親父って感じの人だ。

でも、言われてみれば目のところとか…っていうか顔全体が似てる気がする。


「……父さん?」


「なんだ?娘よ。」



『えええええええええええええ!!!!!!!?????』


これにはその場にいたヤーファスとジャミス以外全員が驚いた。あのマヤでさえ驚いている。


「ずっと作り話だと思ってたわ…」


「ヤーファス将軍…国の英雄…サファの親父さん?あれでも親父さんはサファの親父さんだよな?」


「親父さんがヤーファス将軍?ということは僕の上司?え?え?え?」


三人が悶々とした表情で頭を抱え、2人の女子に至ってジャミス将軍とヤーファス将軍のこととで二重にショックを受け思考を手放してしまっている。それに対し当の本人はけろっとしていた。


「最初ジャミスに好きな人がいると聞いて聞き出してみたら自分の娘で驚いたぞ。」


「え、あ、うん。」


「ジャミスはサファの為に二年で戦をもはや戦局が覆ることはないような状況まで持っていくといった。俺はそれでは娘はやれんと、三年以内に戦を終わらせることを条件とした。まあ結果終わらせたし、こいつなら信頼もしているし結婚を許そうと思ったってわけだ。」


「いや今そういうことを聞きたいんじゃなくて。」


「父はお前達を祝福するぞ。まあ娘をとられてしまうのは悲しいが、ジャミスなら許してやらんこともない!」


「いやそうじゃなくて、」


「まあ、そういうことだ。で、返事は?」


「…はあ、私、三年間待って来なかったら王都のパン屋さんで働こうと思ってたんだからね。」


「はは、それはいいな。そうしたら俺は毎日通ってサファが作ったパンを食べて、そして毎日謝りながら求婚してただろうな。」


「なんで私をそんなに好きでいてくれるのか、今だにわからないけど…こちらこそよろしくお願いします。」


「サファ!ありがとう!大好きだ!」


感極まったようにロキがそう言って抱きついて来る。

子犬みたいだ、と思ったのは内緒だ。

広場の人達はそんな私達を祝福してくれた。マヤはなんと賛美歌まで贈ってくれたのだ。

メイスとラグはまだ思考の迷宮から抜け出せないでいるみたいだけど、まあ頑張ってほしい。


ロキにも父さんにも言いたいことや聞きたいことが沢山あるが、まあ今はいい。

外堀から埋められた感はあるけれど、嬉しくないかと言われたらそうじゃない。いや、違うな、嬉しい。

多分私は今、幸福のなかにいるんだろう。


兵士があんなに嫌いだった私が騎士団長と結婚することになるなんて、昔の私は夢にも思わなかっただろう。



戦争は嫌いだ。でも、こうしてロキと引き合わせてくれたのもまた間違いなく戦争なのだ。

暴力は何も生まない。戦争は沢山の悲しみを生む。

しかしまた、価値のあるものや新しいものを知る機会でもあるのかもしれない。


私はこの先一生、戦争によって落とされた母の命を忘れないだろう。


しかし、これだけは言える。

私はこの国が好きだ。



グランディウスに幸多からんことを!



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