第八十四話 リリナのバーにて(四)
老人のことを『ノルじい』と呼んだ青年は、すぐさまミルテナ帝国の騎士達へと視線を向け、信じられないといった表情をする。
「なんだ、この状況は?」
ふむ……確かに、今来たばかりならば、何が起こったか分からないであろうな。
建物の中では騎士達が死屍累々の状態で横たわり、その上には我輩が悠然と乗っている。また、入り口からこちらを見ている残りの騎士達は、顔を思いっきり引きつらせて入るに入れないといった状態だ。
ううむ、見事な『カオス』なのだ。
「にゃー(はて、どうしたものか)」
「ん? あっ、猫、お前!」
バルディス達に全てを丸投げするつもりで視線を移すと、ふいに地下の入り口から声がかかる。それは、金髪碧眼の男の子。あの時出会った欠片の持ち主だった。
「にゃ(昨日ぶりなのだ)」
「なんだ? この猫?」
呼ばれたので近寄ってみると、男の子の近くに居た赤髪の青年が我輩を警戒するように見る。
「この猫は、朝に話したやつだ」
「あぁ、なるほど……って、そんな場合じゃねぇっ! 逃げるぞっ」
そう言って、男の子と老人を連れて逃げようとする青年だったが、入り口には騎士達が揃っている。しかも、さすがに我輩がプレスしたことによる衝撃が抜けたのか、横たわっていた者達も立ち上がり始める。……それぞれ、どうにか立ち上がれたというだけの状態のようではあったが。
「ふむ、加減しすぎたのか? まぁいい。さっさと制圧するぞ」
「「承知」」
いつもは『御意』と言うところを、言葉を変えて返事をしたラーミアとディアム。ぼんやりとしていたノルじいとやらも、ようやく頭が回り始めたらしく、青年の元へと向かう。
「おいっ、あんたらも逃げる……ぞ?」
地下の方へと逃げ込もうとしていた青年は、一応、バルディス達にも声をかける。が、バルディス達はなぜかやる気満々で駆け出してしまう。
「あぁっ、もうっ、知らねぇからなっ」
苛立ちながら地下の方へと身を翻す青年は、すぐに男の子に止められる。
「待て、猫をっ」
「あ? ……分かった。猫は連れて行くから、ノルじいと早く脱出しやがれ」
「あぁっ、分かった!」
猫を連れて行くという言葉に、男の子はすぐさま地下へと降りていく。
「いや、その猫は……」
「早く行けっ、ノルじいっ」
「う、うむ」
うむ? 我輩?
バルディス達の戦いを見ていると、なぜか我輩が連れて行かれることで向こうの話が纏まっていた。異議を唱えようとしたノルじいとやらも青年の気迫に圧されて地下へ向かう。
しかし、事態はまたしても急変する。
「に、逃げろーっ! ミルテナの騎士が来たぐはっ」
地下から聞こえ始める叫び声。どうやら、地下からもミルテナ帝国の騎士達が入り込んだらしかった。




