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第七話 街と猫(二)

 ネズミ(おもちゃ)を前にした我輩は、またしてもハイテンションで臨戦態勢を取る。



 今日はネズミ(おもちゃ)が多くて、楽しい日なのだっ。



 そう思いながら、ふと、我輩は茶白の同胞が気にかかる。茶白の同胞も、このネズミ(おもちゃ)で遊びたいのではなかろうかと。

 そう思って振り向くと、茶白の同胞は物陰に隠れて毛を逆立てながら、プルプルと震えていた。



「にゃあ?(どうしたのだ?)」


「ふーっ、ふーっ、ふーっ(怖い、もうダメだ、怖い、怖い)」



 ……ネズミを怖がる同胞が居たのだな。



 我輩の知り合いには居なかったが、ネズミに噛まれて怖がるようになった同胞が居るということを聞いたことがある。きっと、彼はその類いなのだろう。



「ヂュヂューッ」


「にゃっ(おっと、同胞に気を取られている時に攻撃とは、中々やるではないか)」



 我輩へと攻撃してきたネズミに、我輩は惜しみ無い称賛を送る。しかし、それもここまでだ。



「にゃおーんっ! (猫流奥義、クルクルアタックっ!)」



 華麗なジャンプとともに体を丸め、回転させた我輩は、そのままネズミに体当たりをする。



「ヂュッ!?」



 我輩のしなやかな体は、見事、ネズミに直撃し、転倒させることに成功した。



「にゃおーんっ! (猫流奥義、ガリガリっ!)」



 我輩は、すかさず研ぎ澄ました爪でネズミを引っ掻く。



「ヂューッ!!」



 すると、ネズミは断末魔を上げて、倒れ込む。



 うむ、今日の我輩は絶好調なのだっ。



 その後も、ワラワラと湧いて出るネズミどもをやっつけ、またしてもネズミの山を築いた我輩は、乱れた衣服と毛を整える。紳士たるもの、身繕いは大切なのだ。



「にゃ……にゃあ? (こ、これは……夢でも見てんのか?)」



 一通り身繕いを終え、ふと振り向くと、茶白の同胞がポカンと大口を開けてネズミの山を見ていた。



 そんなに大口を開けていては、虫が入ってしまわないだろうか?



 別に、虫ごときに怯えることはないのだが、さすがに茶白の同胞がそんな無様な様子を晒していることは心配だ。こんなにぼんやりしていては、この先、生きていけないのではないかと。



「にゃあ? (同胞よ、あまりぼんやりするのはよくないと思うぞ?)」



 心配な我輩は、茶白の同胞にやんわりと声をかけ、様子を窺おうとしたのだが、声をかけた途端、茶白の同胞は、グリンッと首を回してこちらを見る。



「にゃあっ! (テ、テメェ、何者だっ!)」


「にゃ、にゃあ……(む、自己紹介はしたはずなのだが……)」


「にゃあっ! ふにゃーっ(いやいやいやっ、そうじゃねぇからっ! ただの猫がマウマウに勝てるわけねぇだろっ)」


「にゃあ? (マウマウ?)」



 はて、なんのことであろう。我輩、マウマウなる存在を倒した覚えはないのだが……。もしや、そのマウマウなるものは、目に見えない存在なのではっ!?



 さすがにそんなものに襲われては堪らないと、我輩は辺りをさっと見渡す。



「にゃう。にゃ…(な、何してんだよ。まさか、まだマウマウが居るんじゃ…)」


「にゃっ。にゃ……にゃあ(その可能性があるから警戒しているのだっ。まさか、目に見えないものとは……どう対処すればいいのか、教えてほしいのだ)」



 怯えた様子の茶白の同胞に、我輩はできるだけ優しく、その対処法を尋ねてみる。すると、茶白の同胞は一瞬、目を見張り、すぐに人間のように両前足で頭を抱えてみせる。



「にゃ。にゃー(そうだった。こいつ、マウマウを知らねぇんだった)」



 我輩に勝るとも劣らないバランス感覚で、後ろ足だけで立つ茶白の同胞に、我輩は小さな感動を覚える。我輩も、後ろ足だけで立てるようになるまでには時間がかかった。きっと、この茶白の同胞も努力してきたのだろう。



「にゃあっ。にゃにゃ。にゃー(何しみじみうなずいてんだよっ。あっ、いや、やっぱいいわ。答えんな)」



 さんざん捲し立てた茶白の同胞は、なぜかすぐさま自身の意見をひるがえす。どこか、諦めたような眼差しで見つめられる我輩は、とても居心地が悪い。



「にゃあ……にゃ(我輩はただ感動していただけなのだが……ふむ、まぁ、そんなことは後でも良いな)」



 今知るべきは、マウマウという存在についてだ。他のことは、後で良い。



「にゃにゃ? にゃーにゃにゃあ(同胞よ、そろそろマウマウとやらがどんな存在なのか教えてはもらえないだろうか? 我輩、目に見えないものの存在は知っているものの、あまり積極的には関わりたくないのだ)」



 最近で言うならば、あのサポートシステムとやらと、セイクリアという者達が、目に見えない存在だ。もちろん、二人に関しては特に関わりたくないとまでは思わないのだが。

 …………昔、飼い主がほとんど透明で見えない何かを背負って帰って来たことがあり、それを追い出すのに苦労した経験があるので、積極的には関わりたくない。あぁ、後は、『でんわ』や『いんたーふぉん』なるものに飼い主が一人、話しかけるのは、ちょっとした恐怖だったから、そんな見えない者もちょこっとだけ怖いのだ。


 そんな昔のことを考えていると、茶白の同胞は深く、深く、ため息を吐く。



「にゃあにゃ(あのな、マウマウってのは、さっきテメェが倒した奴らのことなんだよ)」


「にゃあ…にゃにゃ。にゃ? (『さっき』というと、ネズミしか居ないはずだが…なるほど、ここでは、ネズミのことをマウマウと呼ぶのだな。しかし、あれはそんなに危険なのか?)」



 あの程度ならば、同胞達が遅れを取るとは思えない。そう思って尋ねてみると、思いがけない言葉が返ってきた。



「にゃあっ。にゃにゃっ。ふにゃ……(危険に決まってんだろうがっ。あいつらは残虐で、集団になって襲ってくるんだぞっ。あいつらのせいで、どれだけの仲間が犠牲になったか……)」


「にゃっ? (そ、そうなのか?)」


「にゃあっ(そうだよっ、猫の俺らにとって、マウマウは天敵以外の何者でもねぇっ)」



 必死に力説する同胞を前に、我輩、カルチャーショックが酷すぎて、困惑しかできない。だって、あれはネズミなのだ。どんなに大きくても、ネズミなのだ。我輩には、ネズミは食料か玩具にしか見えないのに、ここの同胞にとっては天敵らしい。



「にゃあにゃっ(だからこそっ、そんなマウマウどもを軽く倒したテメェは何者だって話になんだよっ)」



 ボヤッとしていた間にも続いていたらしい話をそのまま振られ、我輩は混乱しながらも正直に答える。



「にゃあ(我輩、ただの紳士を目指す猫なのだ)」


「にゃ(紳士ってなんだよっ)」


「にゃーにゃにゃ――――(強くてかっこよくて、エレガントで、レディに優しくて――――)」


「ふにゃーっ(長いっ、短くまとめやがれっ)」



 む、せっかく紳士のことを語ろうと思ったのに……まぁ良い。簡単にまとめることで、紳士のことを伝えやすくするのも必要なことだろう。



「にゃ(優しく万能な者のことなのだ)」


「……にゃあ?(……万能?)」


「にゃ(そうなのだ)」


「にゃあ? (メスにモテるか?)」


「…にゃ? (…多分?)」


「にゃっ(弟子にしてくれっ)」


「にゃにゃっ!? (なぜそうなるのだっ!?)」



 問答を繰り返した後、茶白の同胞は、なぜか我輩に師事を頼んでくる。

 我輩、弟子を取ろうとは思っていないのだっ。



「にゃあっ。にゃにゃー(我輩っ、まだ道半ばなのだ。教えられるほどのものではないのだ)」



 そう説得を試みるものの、茶白の同胞が引くことはない。結局、我輩はこの茶白の同胞の熱意に負け、紳士の道を教えることとなったのだった。

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