第四十三話 終わらない病(二)
病の特効薬が出来たという話は、サリアーシャ姫の耳に、こっそりともたらされた。しかし、いくら待てども、その特効薬は来ない。
「けほっ、ごほっ……うぅ、父上……」
父であるセルバスならば、自分を真っ先に救ってくれると思っていたサリアーシャは、一向にもたらされることのない薬に、不安を覚えていた。
もしや、私はいらない子なのだろうか、と。
部屋は、元の自分の部屋に戻されたものの、今だ軟禁状態に変わりはない。世話をしてくれる侍女達の数は少なく、どこか怯えた目をするのも、変わりはない。ただ一つ、変わったとするならば、こうして一人で居るとき、男の声が聞こえるようになったことくらいだろうか。
『お前の父親は、きっと娘のお前のことなんて忘れてるんだろうさ』
「ごほっ、ち、違、う……そんなこと、ない」
『じゃあ、いらないと判断されたかだな。女のお前は跡継ぎにはならないしな』
「そん、な……げほっ、そんな、はず、ない」
尻すぼみになる声は、自信のなさを如実に表していたが、否定したい心でいっぱいのサリアーシャはそれに気づかない。
『母親なら、もしかするとお前を庇ったかもしれないが……もう居ないもんなぁっ』
嘲笑う声に、サリアーシャは堪らず耳を塞ぐ。
『なぁ、復讐しようぜ?』
「ふ、く、しゅう?」
『そう、復讐だ。身勝手に捨てられることに対する復讐だ。そうだなぁ……明日、お前の父親がここに訪れる。その時に、グサリとやるのはどうだ?』
そんなはずはない。父上は、自分を見捨ててなどいない。
そう、思いたいのに、病で弱った心に、男の言葉は驚くほど滑らかに浸透してくる。
苦しいのに、辛いのに、痛いのに、助けてくれない。助ける手段を持っているのに、それを自分に行使してくれない。それらの不満が寄り集まって、サリアーシャの心を黒く濁す。
正常な判断能力さえあれば、特効薬の存在を話したのがこの声であったことに疑問を抱いただろうし、声の主がずっと姿を現さないこともおかしいと思えたはずだった。しかし、弱りきった心には、そんな判断能力など残っていなかった。
「ごほっ……復、讐……」
『明日の朝、枕元にナイフを用意してやろう。それで刺せば完璧だ』
「げほっ、は、い」
そうして、男の声が聞こえなくなり、サリアーシャはそのままベッドへ横たわる。しばらくすると、小さな、少し苦しげな、寝息が聞こえてくるのだった。
「にゃあ(こ、これは、大変なのだ)」
そのやり取りを、一匹の猫が聞いていたなどとは誰も思わないままに……。




