第二十六話 潜入と戦闘
猫が勇者だということには驚きましたが、それは私達に害あるものではなかったようですので、今はどうでも良いことです。それより何より問題なのは、ミルテナ帝国に力を貸している魔族が居るかもしれないということです。
その推測は、私達にとってあまりにも衝撃的であり、有害なものでした。猫の言葉が分かる者となると、獣人か魔族の一部のみ。そして、ミルテナ帝国においては獣人に対する迫害が激しいと聞き及んでいることから鑑みるに、相手が獣人である可能性はほぼゼロ。そうであるならば、魔族が関わっているとしか考えられません。
そして、今、私達はその魔族であろう相手から、勇者、タロの友達を取り返しに寂れたスラムに来ていました。
奪還のために動くのは私とディアム。ディアムはもちろんのこと、私もそれなりに潜入の術は心得ていますので、不安はありません。気配を消し、音を立てることなく、私達は対象となる家に忍び込みます。
……これは、随分とまた、厄介な。
しかし、そこで見たのは、ボロボロだった外観とは異なり、綺麗な部屋。魔族であるがゆえに夜目が利く私は、ここが敵地であることを再度強く認識し、警戒を強めます。
「上、俺、行く」
「分かりましたわ」
建物は二階建て。そのため、私達は小声で役割を確認し合い、即座にディアムが侵入した窓から外へ出て、壁づたいに二階へと向かうのを見送ります。
魔法罠は……それなりに張り巡らされていますわね。
魔力を目に集中させ、目を凝らせば、侵入者を感知するための罠や、監視のための魔法、捕縛のための罠がほんのりと魔力の色が浮かび上がることで見えます。それらを器用に避け、監視魔法の映像を誤魔化し、私はあのチャーと呼ばれている猫を捜します。
こっちの扉の向こうには、三人…もう一つの扉の方は、無人のようですわね。
今居る部屋には扉が二つ。一つは正面に、もう一つは向かって左側にあり、左側の扉からは人の気配がありました。
今回は、あくまでも猫の救出が最優先ですからね……無用な争いは避けましょうか。
たとえ、扉の向こうの気配の者達が襲い掛かってきたとしても、私は簡単に無力化させられるという自信があります。ですが、できることなら侵入されたことにすら気づけない状態を作りたいものです。
そうすれば、私達に追っ手がかかるにしても、それを遅らせることはできますので。
人の気配が感じられない正面の扉へと意識を移した私は、そっと扉を押し開けます。そして、闇夜の中で見えたのは、左右に走る廊下と、いくつかの扉でした。きっと、左側に見える扉は、今居る部屋の奥と繋がっているのでしょう。
忍び足で廊下へ出た私は、他の部屋もそっと確認していきます。そして……。
「にゃー」
私はようやく、檻に入れられ、悲しげに鳴く茶白の猫を見つけました。
「にゃっ。ふしゃーっ」
しかし、私の姿を見たその猫は、警戒をあらわにして威嚇してきました。何を言っているのかは分かりませんが、折角助けに来たのに、この態度はいただけません。
「眠りなさい。『眠りの霧』」
面倒になった私は、とりあえず猫を眠らせて黙らせます。ただ……。
これは、檻ごと持ち運んだ方が良さそうですわね。
私は、潜入も出来るし、荒事にだって慣れてはいます。ですが、この檻はどうにも複雑な魔法で閉じ込めるタイプのものらしく、簡単に開けられる自信はありません。
ディアムなら、すぐに開けられたかしら?
小さな檻を持ち上げながら、捜索する場所を変えた方が良かったかもしれないなどと思いましたが、この場にディアムが居ないのは仕方のないことです。
今は、ディアムに連絡して、早く戻る方が先決ですわね。
目的は果たしました。後はもう、この場所に用などありません。……いえ、もしも、敵が魔族であるなら、その情報もほしいところですが、それはきっとディアムが何とかしているはずです。
そうして、私は先に外に出てしまおうと一歩踏み出したところで……。
ズドンッ!!
そんな、盛大な音と振動を経験するのでした。
俺は、ディアム。隠密部隊隊長だ。ただ、俺は別に、この役職になりたくてなったわけじゃない。昔から影が薄いと言われていた俺が、隠密の修行を受けたところ、とんでもなく自分に合っていて、あっという間に隊長までのしあがってしまっただけのことだ。
そんな俺は今、普段の仕事のように様々な情報を書架や机の引き出しから収集している。そして、分かってきたことは、ミルテナ帝国が、どうやらアルトルム王国へ戦争を吹っ掛けようとしているという事実。
現在、アルトルム王国で病とされている、この毒による汚染は、ミルテナ帝国で一年前から計画されていたらしいこと。そして、その先に見据えたとある計画の一端。
と、そこまでの情報を集めて、俺は青ざめる。なぜなら……いくら何でも、これは、末端の者が知るような情報ではないからだ。つまりは、ここにはミルテナ帝国においてそれなりに高い地位の者が居るはず。しかも、帝国は武力国家。高い地位であればあるほどに、その力は大きいはずだ。
早く、撤退した方が良い。ラーミアに知らせなければ。
資料を片手に、危機感を抱いたところで、俺は、背後からの強烈な殺気に気づく。そして……。
ズドンッ!!
大きな戦斧が、つい今しがた俺が立っていた場所を抉る。俺は、寸でのところで回避し、無事ではあったが、頭の中ではこれ以上ないくらいに警鐘が鳴り響いていた。
漆黒の衣を身に纏い、白い仮面に、闇色の巻き角を持った者。気配に聡い俺の背後を易々と取り、肌に痛みを覚えるほどの殺意を振り撒く者。恐らくは、自分と同じ、魔族であるはずの者。
その者を前に、俺は、即時離脱を決意する。
とてもではないが、コレには勝てない。
ラーミアなら合図をせずとも、すぐに異常を感知して合流しようとしてくれるはずだ。それよりも問題は、どうやってこの敵から逃れるかということだったが、俺は頭より先に、体を動かす。
「オォォォオォォオォオッ!!!」
地獄の底から響くような低い雄叫びを上げるソイツを前に、俺は素早く身を翻し、開け放ったままの窓へと足をかける。が……。
「アァァッ!!」
獣のような声を上げ、戦斧を首目掛けて振るってきたソイツに、俺は回避行動を余儀なくされ、部屋の中で転がることとなる。
「っ! 『縛』っ、『影弓』」
『縛』で地面から生えた黒い鎖状のものがソイツを拘束し、俺の手には『影弓』によって黒い弓が出現する。『影弓』は、自分の影を矢として放ち、強力な粘着力で敵を捕らえるための魔法だ。
だから、作戦としては、『縛』で拘束し、動きを止めたヤツに、さらに『影弓』での強力な拘束を行い、その間に逃げてしまおうというものであったのだが……。
「なっ!? 『影の守り』っ」
そもそも、『縛』が全くと言って良いほど役割を果たせなかった。俺は、『影弓』でソイツを攻撃することもできずに、『縛』をものともせず突進され、咄嗟に『影の守り』という自身の影を用いた結界を張ることしかできなかった。
衝撃は強烈だった。『影の守り』は、全身に纏わせるタイプの結界だったため、俺の体は踏ん張ることもできず、宙に舞う。結界で防ぎきれなかったダメージが骨を軋ませるが、今はそれに構ってなどいられなかった。なにせ、ヤツが、戦斧を振りかぶっているのだから。
「『影の守護結界』っ」
次の衝撃は耐えられない。そう思って、俺は早口に『影の守り』より二段階上の魔法を行使する。そして戦斧が横薙ぎに『影の守護結界』で守られた真っ黒な鎧を着たような状態の腹を直撃し……。
「がはっ」
『影の守護結界』をも貫通したダメージに、俺は血を吐き、受け身も取れないまま、背後に、窓の外に飛ばされるのだった。




