第二十三話 包囲
人通りもなく、静まり返った闇の中。のそりと動く小さな影が一つ。それは、しばらくキョロキョロと辺りを窺うと、すぐにどこかを目指して、駆け抜けて行った。
重要な事柄が判明したその日。我輩達は、また宿屋に戻って話し合いを行っていた。
時刻は闇が深まる深夜。議題はもちろん、これからの行動についてだ。
「原因が魔王の仕業じゃないってことは証明できそうだが……確実に荒れるだろうな」
「そうですねぇ。むしろ、事実を伝えずに退去した方が良いかもしれませんが…」
「そうしたところで、事実、王国側が、認識するか、不明」
病の原因は、北の川辺に生えているマリス草であり、十中八九、帝国が関わっている。国が関わる大きな問題に直面し、バルディス達は、どうにかこの件から手を引きたいように話しているが、それは、そう簡単なことではない。
マリス草自体が帝国にしか生えていないという情報から、アルトルム王国で、マリス草という存在そのものを知られていない可能性がある。つまりは、アルトルム王国が病の原因を突き止める前に崩壊し、ただただ、病の原因が魔王即位にあるなどという誤った情報が流れ続けることもあり得るのだ。そうなると、魔王たるバルディスは、冤罪で討伐するべき相手とされるかもしれない。それは、バルディスらにとって不本意な結果でしかない。
「にゃあにゃ。にゃーお(我輩は、何としてでもこの事実を伝え、病を終息させようと思うのだ。そこで、バルディス達の協力が得られなかったとしても構わないのだ)」
バルディス達の本来の目的は、この病に魔王が関わっていないことを証明するというだけのこと。病の終息までは、目的ではない。
だから、後のことは我輩に任せてほしいというつもりで、我輩はバルディスらへ意見を告げる。しかし……。
「ダメだ。さすがに、この件は人手がなければ難しい」
即座にバルディスの否定が入り、我輩、どうしたら良いだろうかと悩む。そんなことを言われても、バルディス達が協力できないのであれば、それしかないのだ。
「何ですか? もしかして、タロが一匹で何とかしようとでもしていますの?」
「あぁ、そうらしい」
「それ、無理」
「そうですねぇ、確かに無理ですね」
ぐぬぅ、全員に否定されると、こう、堪えるものがあるのだ。
容赦のない否定に、我輩、耳をへにゃっとさせてうなだれる。
確かに、我輩、人間社会には疎いのだ。だから、バルディスらの協力が得られない状態で、どこまでできるのかを考えると、正直、不安でもある。
「乗りかかった船だ。最後まで見届けるしかないだろう」
「……本気で言ってますの?」
「あぁ、そうでもしなければ、後々禍根を残すことになりかねないしな……とは言っても、引き際くらいは見極めるさ」
ラーミアと話し、ニカッと笑うバルディスに、我輩、目をまん丸にして驚く。まさか、バルディスが協力を続けてくれるとは思っていなかったのだ。
「それなら、良いですけど……バル、単独行動は禁止ですからね」
「ハッハッハ、大丈夫だ。もし、俺が居なくとも、ディアムが捜してくれるだろう?」
渋々といった様子で認めるラーミアに、バルディスは明るく笑ってディアムに要求をさりげなく突きつける。しかし……。
「……ラーミア。俺、主人の入れ換え、希望したい」
ディアムは、真剣な表情で、ラーミアへと申し立てる。
「あれ? ディアム?」
「ディアム……心配はいりませんわ。ここは、私がしっかりと(物理的)お話をしますから」
「了解」
うむ、とっても恐ろしい副音声が聞こえた気がするのだ。
「……今、何か不穏な副音声が聞こえたような?」
「気のせいです」
「にゃあ。にゃ(バルディスよ。頑張るのだ)」
「タロにも慰められたんだがっ!」
「気のせいです」
「……頑張れ」
「ディアム!?」
「気のせいです」
ニコニコと微笑みを絶やすことなく、『気のせいです』と言い続けるラーミアは、それはそれは恐ろしかったが、ここでバルディスを庇おうものなら、我輩達も被害を受けかねない。ここは、黙するのが一番だと判断し、我輩、助けを求めるような視線をサラリと受け流す。
これは、バルディスの自業自得というやつなので、紳士の道に反することではないのだっ!
「それではまず……招かれざるお客様を、追い払うことにしましょうか?」
妖艶に、そして、凄絶な笑みを浮かべるラーミアに、我輩、ゾワゾワが止まらないのだっ。そして、招かれざるお客様が何のことか分からず、我輩、ラーミアからぎこちなく視線を逸らし、バルディスを見つめる。
「あぁ、宿屋が囲まれてるんだ。どこかで話が漏れたんだろうな」
「にゃあっ(なんとっ)」
話す際には防音の結界とやらを張って、気を付けていたはずなのに、バルディスは、その情報が漏れたのだと言う。それはつまり、敵の方が一枚上手だったということだ。
「あの、チャーという猫。しゃべらされたかもしれない」
「にゃにゃっ!? (チャーが!?)」
チャーには、あの北の川辺で話したことを誰にも話さないように釘を刺しておいた。それにもかかわらず、ディアムはチャーが情報を漏らしたかもしれないと指摘する。
「にゃにゃあっ。にゃーっ(そんなはずがないのだっ。チャーは信用できるのだっ)」
「タロ、確かに、性格は信用できるものだったかもしれないがな。脅されれば、魔法で操られれば、その範疇ではないだろ?」
「に、にゃあ(う、うむぅ)」
脅しや魔法に関しては、我輩、あまり考えていなかったのだ。猫は、そんなことをしないから、考えが足りなかったのだ。
「にゃ……にゃあ? (だとしたら……チャーは無事だろうか?)」
我輩、チャーを一匹で帰したことを後悔する。こんなに危険があると分かっていれば、我輩、何がなんでもチャーを側に置いていたのだ。
「分からない、が、まずはここを抜けることだけを考えるぞ」
そう言うや否や、我輩、バルディスに小脇に抱えられる。そして……。
「にゃっ(そっち、窓なのだっ)」
「にゃぁぁあっ(ひぃぃいっ、落ちるのだーっ)」
「ふしゃーっ(ひ、髭が、チョキンって、チョキンってーっ)」
窓から飛び出し、落下し、着地した我輩達は、宿を囲っていたらしい者達に襲撃を受ける。その際、我輩の髭に敵の剣先が掠めたのは…………滅茶苦茶怖かったのだ。
しかし、さすがは魔王とその側近なだけはある。バルディスらは、ざっと二十人程の敵を前に、全く動じることなく戦う。振り回される我輩は堪ったものではないが、ものの数分で、敵は全て、のされることとなったのだった。




