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第二十話 花屋の娘(二)

 穏やかな心持ちで食事を終えた我輩は、身嗜みをチャーとともに整え、早速、本題に入ることにする。とは言っても、まずは様子見なのだ。



「にゃあ。にゃーにゃ? (獣人のレディよ。一つ尋ねても良いだろうか?)」


「レ、レディ? えっと、私の名前はメリムだから、そっちで呼んでちょうだい。それで、何を聞きたいの?」



 名前を呼ぶ許可をもらった我輩は、お座りの体勢でメリムを見ながら口を開く。



「にゃあにゃ……にゃあ? (何やら、花屋であるにもかかわらず、花が少ないように思えるのだが……何かあったのであろうか?)」


「っ、あ……その…そう、なの……」



 しまったのだっ! 声まで元気がなくなってしまったのだっ。きっと、この話題は地雷だったのだっ。



 そう思って、我輩、何とか話題を変えようと小さな脳味噌をフル回転させる。しかし、何の解決策も浮かばないままに、メリムの方が先に話し始めてしまった。



「ちょうど、『宵闇の一日』の前日に……私の花壇が荒らされてたの。しかも、私のところだけじゃなくて、他の花屋でも荒らされてて……売りたくても、在庫がない状態が続いているのよ」



 そして、無事だった花が、今、多少なりとも店頭に並んでいるのだと、メリムは悲しそうに告げる。



「にゃあ……? にゃっにゃにゃ? (『宵闇の一日』の前日……? すまないが、そのことを詳しく教えてもらえないだろうか?)」



 『宵闇の一日』の前日に起こった不可思議な事件。これは、もしかしたら、もしかするかもしれない。

 我輩、この話に何か、病についての解決の糸口があるのではないかと思い、メリムの辛そうな様子を気遣いながらも尋ねてみる。



「そうだね。あぁ、仕方なく他から調達しようと思ったんだけど、北の川辺に自生してた花がいつの間にかなくなってて、それなら、エルブ山脈の方に花を採ってきてもらおうと思ったら、その前に病が流行しちゃって、依頼できなかったのよ」



 北の川辺にエルブ山脈。それは、とても聞き覚えのある場所だった。

 北の川辺では『宵闇の一日』辺りで、大勢の人間が確認され、エルブ山脈では、やはり『宵闇の一日』辺りから道が封鎖されており、しかも、そこへ向かおうとする者達が何者かに襲われている。これは、十中八九、何かある。



「にゃあ? (採れなくなった花の名前は?)」


「今が見頃の、パクの花よ」


「にゃ? (一つ、だけなのか?)」


「いや、他にもあるけど……この時期は皆、パクの花ばっかり売るし、それ以外の花は他でも採って来れるのよ」



 『まぁ、今はそれどころじゃないんだろうけど』とションボリと告げるメリムに、我輩、少し考え込む。



 ふむ、これは、かなり重要な情報かもしれない。もしも、この病が何者かの意図的なものだとするならば、そのパクの花というのが鍵を握っているはずだ。例えば……。



「にゃあにゃ? (そのパクの花は、何かの薬に使われることなどあるのだろうか?)」


「えっ? うーん、さすがにそれは知らないわ。どうして?」


「にゃ(いや、少し気になっただけなのだ)」



 もしかしたら、パクの花とやらは、この病を脱するための薬になるものなのかもしれない。そうであるならば、早く事実確認を行った方が良いだろう。



「にゃあ。にゃーにゃ。にゃっ(お忙しい中、失礼したのだ。我輩、きっと、近い内にパクの花が採れるようにしてみせるのだ。だから、それまで健康でいてほしいのだっ)」


「ふふっ、変わった猫だね。うん、言われずとも、私は病気になんて負けないよ。花屋の仲間は皆、誰一人として病にかかってないから、大丈夫」


「にゃ。にゃあ。にゃー。にゃーにゃ。にゃー(そうであったか。いやはや、ためになる話であった。ありがとうなのだ。それでは、そろそろお暇させていただくのだ。お邪魔しましたなのだ)」


「にゃっ(お、お邪魔しましたっ)」



 いつの間にか息を潜めるようにひっそりと我輩達の話を聞いていたチャーが、我輩の後に挨拶を行う。



 うむ、この調子なら、話し方の矯正は早くできそうなのだ。



 チャーの様子を見て、そう判断した我輩は、帰り道にでも話し方の指導を行おうと考えを練る。しかし、その前に……。



「にゃー。にゃあにゃ? (チャーよ。用事があるのではなかったのか?)」



 確か、チャーはメリムに会うことを予定しているといったことを話していた。そうであるなら、何か用事があったのだと考えるのが妥当だろう。



「にゃ。にゃー(いえ、大丈夫です。俺は、姐さんの様子を見に行こうとしていただけですので)」



 どうやら、チャーはメリムのことが心配だっただけのようだ。しかし、その心根は感心にあたいするものである。



「にゃあ(チャーは優しいのだな)」


「に、にゃー? にゃ? (や、優しい? そうですかね?)」


「にゃっ。にゃあにゃ(うむっ。紳士に必要な優しさを、チャーはすでに持っているのだ)」


「にゃにゃっ!? (ほ、本当ですかっ!?)」


「にゃー(うむ、なので、次は、話し方の指導はきっちり行うこととしようか)」


「にゃっ(了解ですっ)」



 紳士として、我輩、気合いを入れて指導するのだっ!



 そうして、宿までの帰り道では、話し方に関する指導でにゃーにゃーと言い合うこととなったのであった。

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