第十話 交渉の末に
我輩は、交渉を進め、権利と義務を、一つずつ得ることとなった。あっ、ちなみに、我輩のことを疑う者も居たが、チャーが助けられたことを力説すると、すぐさま疑惑がなくなった。どうやら、チャーはそれなりの地位を、この猫社会で築いているらしかった。
そうしてどうにか得た権利は、この国での出来事について、様々な情報を優先的に得られるというもの。情報は力だ。特に、この病で混乱した現状において、同胞達の嘘偽りのない情報は貴重だった。
次に、我輩に発生した義務とは、昨日のように、できる範囲で同胞達をマウマウから守ることだ。ただし、我輩がこの国に留まるわけではないことも話しているため、それは、我輩がこの国に居る限りという条件が付く。
最初は、桃色の同胞達が我輩を自分達の護衛にしたがっていたのだが、それは赤の同胞の一喝でなくなった。赤の同胞は、随分と仲間想いの良いボスであるらしかった。我輩、この赤の同胞とは、良い関係を築けそうなのだ。
そして、現在、我輩は早速得た権利で、情報収集を行うことにした。
「にゃーにゃ。にゃあ(我輩、今流行している病について知りたいのだ。できれば、病のきっかけになりそうな情報がほしいのだ)」
同胞達を前に、我輩がそう言えば、チラホラと情報が上がってくる。
「にゃー(『宵闇の一日』は、一日中暗くて怖かったよー)」
「にゃあ(お前、そりゃあ『宵闇の一日』はそんなもんだろ)」
「にゃにゃ(鍛冶のおっちゃんが、病気になって、冒険者の奴らが困ってたぞ)」
「にゃあ(鍛冶のおっちゃん、早く元気にならないかなぁ)」
「にゃっ(そういえば、随分と変わった匂いの人族が『宵闇の一日』辺りで、この国に来てたっ)」
「にゃー(あっ、それ私も知ってるわ)」
「にゃにゃあ?(それ、黒いのだよな?)」
「にゃ(うん、黒かった)」
「にゃっ(北の川辺で、沢山の人族がコソコソしてたよっ)」
「にゃー(人族の王妃が病で死んだんだって)」
「にゃー(いつもご飯くれる兄ちゃんが病気になって、大変なんだ)」
……うむ、情報は力だと思うのだが、ここまで乱雑だと、まとめるのが大変なのだ。
そう思いながらも、我輩は、全ての情報に耳を傾け、確かめるべきことに順位をつけることとする。これらの情報で、怪しい情報は二つだけ。とりあえずは、それを確かめることが優先だろう。
「にゃ、にゃっ(変わった匂いの人族のことと、北の川辺に大人数の人族が居たことについて、詳しく聞きたいのだ)」
そうして、またしても情報を集めてみると、それなりに具体的なものが集まってくる。
まず、変わった匂いの人族については、恐らく遠く離れた他国の人族だろうとのこと。そして、それは一人ではなく、三人で、単独行動している者と、二人組で行動している者達とに分かれるらしい。三人は、三人とも黒いフードを被っているらしく、同胞達の間では、その三人はお互いに仲間なのではないかとのこと。
次に、北の川辺に居た人族については、隣の国の人間らしい。具体的には、ミルテナ帝国という国の者達であり、何をしていたのかは不明。ただし、やけに土の匂いがしたとのことだったため、何らかの作業で土いじりをしていたのは間違いなさそうだ。
「にゃあ? (変わった匂いの人族は、どこに居るか分かる者はいるだろうか?)」
北の川辺は、場所が分かっているため、誰かに案内してもらえたら行けるものの、変わった匂いの人族については、普段どこに居るのかを知らないと、どうにもならない。我輩にとっては、この世界そのものが見知らぬ場所なのだ。そこで変わった匂いだと言われても、それを判別できるほど周りの匂いに馴染んではいない。
「にゃっ(それなら、一人があっちの方に倒れてたわよっ)」
「にゃっ!? (倒れてたっ!?)」
「にゃあ。にゃあ(大丈夫。死んではいなかったから)」
「にゃ(そ、そうか)」
茶色に黒縞模様の同胞の元気な答えに、我輩は動揺しながらも、その有力情報にホッとする。どうやら我輩、先に変わった匂いの人族と対面することとなりそうなのだ。
しかし、我輩は、これが猫生の分岐点となることなど、この時はまだ、知らなかった。




