第九話 集会所の交渉
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この世界での一日を、マウマウの強襲を幾度も受けて立ち、楽しく遊ん、ゲフンゲフン、戦いを終えた我輩は、眠りについた。そうして、今また、陽が昇り、新たな一日の始まりに、あくびをしながら微睡む。
「にゃー(師匠、起きてくださいー)」
もう一眠りといきたいところであったが、そんなチャーの声で、我輩の意識は覚醒する。
「にゃあ(チャーか、おはようなのだ)」
「にゃ。にゃっ(おはようございます。師匠っ)」
そうして向かうのは、昨日話した集会所。路地裏にある広場がそれらしく、我輩、ワクワクしながらチャーの後を着いていく。
朝であるにもかかわらず、どことなく暗い路地裏を、トコトコトコトコ歩き続けて数十分。見えてきたのは、猫、猫、猫と、かなり大勢の同胞が集まる広場だった。
「にゃあ……(これは、なんとも……)」
我輩が居た世界、日本でも、これだけの猫の集まりを見たことはなかった。しかも、環境が違うせいなのか、実に色とりどりの同胞が集まっている。赤に黄色に緑に紫、青や桃色なんてものも居る。
「にゃー(おい、なんだそいつは)」
「にゃっ。にゃーにゃ(あっ、ココさん。この方は、昨日、よそから来たタロさんです)」
目の前の光景に気を取られていると、何やら小柄な緑の同胞がチャーへと話しかけていた。
「にゃあ。にゃっ。にゃーにゃあっ(そうか。おい、よそ者っ。ボスんとこに挨拶に行くから、着いてこいっ)」
「にゃあ(うむ、よろしく頼むのだ)」
どうやら、緑の同胞は、ボスへの案内係らしい。プイッとすぐに後ろを向いてしまったが、きっと親切な同胞なのだろう。ちゃんと、我輩が着いてきているか、チラチラと何度も確認している。
そんなこんなでたどり着いた先には…………燃えるように真っ赤な同胞が、桃色の同胞二人を従えて、ゴミ箱の上から見下ろしてきた。
「にゃあ(そんなところに居て、臭くはないのか?)」
ゴミ箱から、ちょっとばかし漂ってくる腐臭に、我輩、純粋な疑問をぶつけてみる。
しかし、その瞬間、様々な同胞達がギョッとしたようにこちらを向いたのは、何となく、心外だ。ついでに、緑の同胞は、我輩の言葉を聞いた辺りから、完全に動きを止めている。一歩足を踏み出そうと宙に浮かせたまま停止する同胞の体勢は、ちょっと辛そうだ。
「にゃっ(はっ、これだからよそ者はっ)」
「「にゃっ(はっ、これだからよそ者はっ)」」
燃えるように真っ赤な同胞が、視線を泳がせながら言ったことに対して、桃色の二人の同胞は、真っ赤な同胞の言葉を自信満々に唱和する。
うむ、真っ赤な同胞は、臭いを気にしているようなのだ。
「にゃあ? にゃ? (体が臭いと、レディにモテないと思うのだが? こちらでは違うのだろうか?)」
少なくとも、我輩が暮らしていた日本では、あまりに臭いと、同胞の間で嫌煙されていたはずだ。さすがに、野生で生きていれば、様々な臭いがついてしまうものではあるものの、それにしたってここの臭いは酷い。我輩の自慢の鼻が曲がりそうなのだ。
「ふにゃーっ。にゃっ(べ、別に、モテたいなんて思ってねぇーよっ。これだから、よそ者はっ)」
「「にゃっ(これだから、よそ者はっ)」」
「にゃあにゃにゃあっ。にゃー? (おぉっ、モテたいと思わないと言う同胞とは初めて出会ったのだっ。むっ、そうなると、赤の同胞は、レディの争奪戦のボスではないのか?)」
力のある同胞は、レディへのアプローチを一番に行える。それが我輩の常識だったのだが、もしかしたら、この世界の同胞は違うのかもしれない。
そう思い、じーっと赤の同胞を見つめると、赤の同胞はまたもや視線を泳がせながら答える。
「に、にゃあ。にゃにゃっ。にゃっ(そ、そりゃあ、確かにそういう意味でのボスで間違いねぇけどよ。まだ、俺様にふさわしいメスが居ねぇんだっ。これだから、よそ者はっ)」
「「にゃっ(これだから、よそ者はっ)」」
ここまでで分かったことといえば、赤の同胞は臭いを気にしている上、レディにモテたいと思っているということと、ボスであるがゆえか、素直ではないということ。ついでに、桃色の同胞達は、完全に赤の同胞の腰巾着だということも分かった。
我輩、たまに天然だとか言われることはあるものの、このくらいのことは、ちゃんと理解できるのだ。
あとは、どうにかして赤の同胞に我輩のことを認めさせれば良いのだが……ふむ。
「にゃ……にゃ?(話は変わるが、マウマウについて、赤の同胞は……って、どうしたのだ?)」
いよいよ本題を切り出そうとしたところで、赤の同胞はとてつもなく挙動不審になる。いや、赤の同胞だけではない。集会所に集まった同胞全てが動揺しているように見える。
「にゃっ。ふしゃーっ(テ、テメェっ、不用意に奴らのことを口にすんじゃねぇっ。見つかったらどうするつもりだっ)」
「「に、にゃー(ど、どうしゅるつもりだっ)」」
思っていた以上に、マウマウというものは、同胞達に恐怖を与えていたらしい。赤の同胞は毛を逆立て、桃色の同胞達は、ヒシッとお互いに抱き合って震えている。他にも、後方で、何やらトラウマが云々と言っているのも聞こえる。あんなに面白い玩具なのに、こんなにも怯えるなんて、難儀なものだ。だが、ここまで怯えるならば、我輩にもやりようがあるというものだ。
「にゃ。にゃあ? (何を恐れる必要がある。我輩、昨日は大量のマウマウを狩ってきたのだぞ?)」
「「「にゃっ? (はっ?)」」」
おぉっ、初めて赤の同胞と桃色の同胞の声が揃ったのだっ! はっ、いや、そうではなくて……。
我輩、ちょこっと感動していたのだが、それどころではないとすぐに思い直し、首を振る。
「にゃあ、にゃにゃー。にゃにゃ? (だから、我輩は、マウマウを狩ったのだ。証言してくれる者も、居るはずだが?)」
そう言ってみると、ポツポツと後方の同胞達が話し出す。そして、そのどれもが、見慣れない同胞にマウマウから助けられたというものだ。そう、昨日の我輩は、遊んでいただけではないのだ。マウマウに襲われている同胞を見つけ、何度も救っていたのだ。
チャー以外の同胞とは、言葉を交わすこともなく去っていたので、どのように思われていたかまでは知らなかったが、声を聞く限り、皆、感謝してくれているらしい。そして、徐々に状況を……自分が、マウマウを倒せるだけの者と対峙しているという事態を呑み込めた赤の同胞は、我輩を睨み付け、おもむろに口を開く。
「にゃー? (テメェの望みはなんだ?)」
「「にゃっ!? (ボスっ!?)」」
我輩、どうやら交渉に勝てそうなのだ。




