終わりを始まりへと変えるプロローグ
楽しんでくださると幸いです。
暗いこの空間の中で撮影機材に囲まれた俺は、適当な瓦礫の上に腰かけていた。
周囲に人どころか生物の気配は無く、聞こえるのは待機状態のカメラが発する微かな電子音だけ。
世界から隔絶されてしまったかのような静寂によって、脳内では思考がめぐらされる。
あの日、俺は繋いでいた小さな掌を離した代償として、生きる理由の全てを失った。
あいつは言っていた。『この手を離さないで』と。
俺が必死に手を伸ばしても手は届かない、あいつはもう手を差し伸べてはくれないのだ。
結局、俺の生きる理由だったあの馬鹿は死んで、この手で守ると誓った存在に、愚か者の俺は救われたのである。
この四ヶ月間、あいつが死ぬ間際に紡いだ言葉が、何度も繰り返し脳内でループし続けている。
『この悲しい世界を変えて』
『こんな、希望の無い時代になんて生まれたなかったよ』
『名前を······呼んでほしかったなぁ』
思い出す度に、この言葉が鎖のように胸を酷く締め付けてくる。
思考を振り払い、左腕に付けた時計の時刻を確認した。
手巻き式だという腕時計の針は、九時五十分を指している。
予定の時刻まで残りは十分弱。
あと十分足らずで、世界の過去、現在、そして未来が改変される。
これから行う事の罪の大きさは計り知れない。
改変した世界で、あいつと俺は確実に共有している記憶を持っていない。それどころか俺という存在との関わりすら消えてなくなっている可能性もある。
「それでも良い」
不意に言葉が口から零れ落ちる。
それが俺の犯す大罪に対して世界が下す罰なのならば、甘んじて受け入れる覚悟だ。
だが例え、どれだけ罪深かろうが俺は止まることは無い。
全ては、もう一度この手を繋ぎ直し、一度終わってしまった未来をまた始めるため。
それに、あいつとの思い出は俺が持っている。
望むのは、底抜けなあの馬鹿が笑って人生を歩める時代だ。
あの馬鹿の自己犠牲を必要としない、そんな世界が必要なんだ。
そのためなら、この時代に生きる人々が迎えるはずだった未来を犠牲とすることに、俺は一切躊躇しない。
決意を改めた俺は再度、腕時計の針に目を向ける。
九時五十九分。
忙しなく動く秒針は、間もなく頂点に達するだろう。
「時間か······」
俺は自分の周囲を照らす証明のスイッチを入れ、スタンバイ状態にあるカメラのスイッチに指を置いて深呼吸する。
呼吸を整えスイッチを押すと同時に、時計の秒針は頂点を迎えた。
もう後戻りはできない。
そんな事、する気も無い。
カメラのレンズを見つめると、不意に死の間際の少女が見せた悲しい笑顔が脳裏に映し出される。
俺は心の中で静かに言葉を紡ぐ。
『未来で待ってろ、すぐにお前の名前を呼んで、その手を掴んでやるから』
一呼吸置いて俺は、迷うことなくカメラに向かって口を開いた。
「日本の、いや、世界の皆······俺がウルフ・タイターだ」
ここまで読んで頂きありがとうございます(*´ω`*)