能力と嘘
「…ねぇ幻夢、あのさ」
『なんだ』
「幻影龍は、幻術魔法が使えるよね」
『だからどうした』
「それならさ、何とか出来るよね。この状況」
『俺に助けを求める前に、何か言う事があるんじゃないのか』
「…うっ…本当にごめん」
幻夢との契約を終えてたった3分。
さっそく事件が起きた。
事件とは言っても、悪いのは全面的にあたしなんだけど。
どういう事なのか簡潔に説明すると、
突然の幻影龍出現で、両親(特にお母様)がパニックを起こしたのである。
幸いこの部屋には両親とあたしの他は立ち入りを禁じられてるから、使用人達はまだ騒ぎに気付いていない。それも時間の問題だけど。
なぜなら、この国に置いて幻影龍の召喚は前例がないから。その最初の召喚者が宰相である自分の娘。しかもまだ5歳。状況から見て幻影龍と契約を交わした事は確実。そして幻影龍と契約した人間なんて、おそらく、嫌確実にあたしが世界で初めてだろう。
そんな状況を、お父様が見過ごす訳がない。
今はまだ、驚いて固まっているけれど。すぐ我に返って王宮に連絡をとるだろう。
騒ぎが大きくなる前に早く何とかしないと。
このままだと、将来万が一の時に動き辛くなってしまう。
「幻夢、他の魔物に化けてお父様達を騙す事って出来る?」
『もちろん出来るが…良いのか?』
「…うん。今ここで、変に目立つ訳にはいかないから」
『了解した。事情は後で聞く』
「よし。それじゃ、黒龍の子供に化けてくれる?」
『了解』
その瞬間、幻夢の体があの黒いもやで包まれた。
あたしと両親が黙って(驚いて)見つめる中、もやはみるみるうちに小さくなって、子犬程の大きさになる。
次にもやが晴れた時、そこにいたのは、体も瞳も黒い小さなドラゴン。
紛れもなく、闇属性中位魔物「黒龍」の子供だった。
『これでいいか、主』
黒龍の子供…に化けた幻夢は、フヨフヨと漂うようにあたしの肩に乗る。
「あっ…うん!完璧だよ」
『そうか。ならば次は、両親の記憶の方だな』
「その事なんだけどさ。高位のドラゴンは禁術が使えるって話、本当なの?」
『ああ、本当だ。禁術とは言っても、人間が勝手に定めた物だろう。魔物には関係ない。俺も記憶を書き換える魔法が使えるからな』
「じゃあそれを使えば、使い魔は黒龍だって書き換えられるんだね?」
『そういう事だ。両親を騙す事になるが…どうする、やるか?』
「うん。お願い」
『了解』
幻夢があたしの肩を離れ、お父様達の方へ飛んで行く。
そして、
『─※※※※』
何やら、聞き慣れない単語を口にする。
その途端、両親の瞳から光が消えた…、気がした。
だけど、それもほんの一瞬のことで。次の瞬間には、先ほどのパニックが嘘のように、2人は満面の笑みを浮かべていた。
『完了だ、主』
あたしの肩の上に戻った幻夢が、そう告げる。
「…ありがとう」
小さな声で礼を言い、あたしは、笑顔を浮かべた。
にっこりと擬音がつくようなそれは、あたし自身の笑顔なんかじゃなく、5歳という年齢に相応の、幼くて、無邪気な笑顔だった。
─罪悪感なんて抱いている場合なんかじゃない。
自分自身をさらけ出せる相棒が出来たんだから。
前に進まなきゃ。
これはあたしが幸せになるために、必要な事なんだから。