3話 『救世主と魔法』
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広瀬 綾汰
黒髪で少し癖毛。髪は男の中では長い部類。切りに行こうと思っても家から出る事が怠くて長らく切ってないからだ。
長さ故、目の下にまで髪が来るのでピンで止めている。
身長は高くも低くもなく、これといった特技もない。二度目の高校二年にして引きこもりだった。
彼は努力家だった。常に目標を持ち、達成のために努力してきたのだ。しかし、いくら努力してもそれ相応の結果が得られなかった。
高校に入学し、部活も運動部に入り、授業もしっかり受け、勉強した。
それでも結果が実らず、既に高校の範囲を勉強している弟にすら負ける始末。
いつしか彼は気づいた。頑張っても意味がないと。
そして彼は、努力することをやめた。
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「ではこの村を案内しますね」
リアと呼ばれたその少女はにこやかに笑いながら俺を先導する。
元々女子と話すことも無かった俺から見たら最高の状況だな。
「そういえば俺、この村についてもなんだけどこの周りについても知らないんだが、教えてくれないか?」
元々現実世界に居たと言っても信じる信じないの前に笑われそうだから何か考えておかなきゃな……
「えーっとですね、この村はメイヤー村と言って王都イフェからはとても遠くに位置する村です
この周りにはアヤタさんが召喚された神聖なる泉の他にはこれといった物はないんですよね……」
リアは申し訳なさそうな表情をする。
「あぁいや、少し知りたかっただけなんだ。なんか気を悪くさせちゃったな。ごめん」
こっちまで申し訳ない気分になってきた。
いや、というよりこんな表情されたとき俺はどんな対応すればいいんだろう。悩ましいな。
「話は変わるけど、魔物とかっていう話だけど、今まではどうしてたんだ?」
「それは村ごとに憲兵隊が設置されていてその方たちの協力により魔物たちを退けているのです。
しかし、全てが全て出来るわけではないので……そのため救世主様の予言に私たちは願っていたのです」
なるほどね、今いる人達でも魔物を退ける力はあるが、全てを守ることは出来ない。
そこに俺が登場して颯爽と救っていくわけか。まるで主人公だな。
「あ、でもでも、一般人の中にも一部魔法を使える人とかも居て、その人たちも魔物撃退を手伝っているんですよ!
私も魔法とか使えちゃうんですよ」
そういってリアは手のひらに一つの小さな氷の塊を作り出した。
「おぉ! これが魔法ってやつか!」
名付けるならフリーズあたりだろうか。
俺にも使えるのだろうか、ちょっと教えてもらうのも悪くないな。
となるとその時間とかってリアと二人っきりってやつか?
「アヤタさんも練習したら使えるかもしれませんよ?」
「悪くないな、そういった見た目から凄い技を習得してるって胸アツだしな。練習してみるのもあるかもな」
「ですよね! 私が教えることも出来ますけど、憲兵隊の中の魔法部の方に教えてもらえるのが良いかと」
えっ、憲兵隊?
リアに教えてもらえるんじゃないのか、男から学ぶとかごめんだぞ。どうにかしねぇと。
「憲兵隊? リアに教わっちゃダメかな?」
げっ、ちょっと焦りすぎたか。さっき知り合った子にこの感じはギャルゲのノーマルエンド選択肢を踏んだ気がするぞ。
「えっ、私がですか?」
そうだよな、そんな反応するよな。好感度が足りなかったか……
しかたない、話を変えて憲兵隊がどういう所か知るくらいにしておく……
「私で良いなら、お教えしますよ?」
ん、今何て言った?
「ですから、私なんかで良ければ。魔法をお教えしますよ!」
「ほ、本当か! ありがとうリア!」
救われた、と言うべきか。
これはリアルート入ったんじゃないか?というか俺リアの事何も知らないけど聞いていいんだろうか、
長らく人との会話なんてネット通話以外でやってこなかったツケが回ってきやがったか。
というか今声に出てたか。
「何て言うか、アヤタさんの事が他人みたいに思えなくてですね、前にどこかで会った様な感じがするんです」
「そ、そうか? まぁなんだ、余所余所しいとかよりは関わりやすくて何よりだよ」
どことなくリアと近づいた気がする。
これならそろそろイベント起こってもいいんじゃないかよ?ないのか?
「そうですね! もうすぐ憲兵隊のメイヤー支部です。魔物に対する作戦などは此処を中心として動いているので
アヤタさんも此処に出入りすることが多くなると思いますので、最初に案内しました」
「ありがとう。内部を見て回ることは出来るか?」
「大丈夫ですよ!」
これまで魔物を倒すのに戦ってきた戦士たちが居るだろう、どんな人たちなのかが気になるところだ。
実際、泉から村に歩いてくるまで数十分。それだけで疲れた感じがした事から特殊な力とやら以外の基礎ステータスは変わってないようだし、
こういったところを見学して知識をつけることは悪くはないだろうな。
「おや…これは救世主様ではないですか。支部に何かご用ですかな?」
不意に後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。
くるりと振り返るとそこには長身の腰にはホルスターを着けた一人の男性が立っていた。
「あ! ルークさん、アヤタさんには出入りが多くなると思われる支部を案内していたところなんです!
内部の案内を協力してもらってもいいですか?」
「そういう事だったのですか、構いませんよ。大切な救世主様だ。ご案内しますよ」
「あぁ、頼むよ」
話を聞いてみればルークはこの憲兵隊メイヤー支部の支部長を務めているお偉いさんらしい。
その中では魔銃を扱う珍しい職業の様だ。剣とか魔法とかじゃなくてそういった武器の点ではもっと違うのもあるんだと感心する。
「そういえば俺の自己紹介したなかったな、名前はリアが言っちゃったけど。
俺は広瀬綾汰だ、気軽にアヤタって呼んでくれ。ルークさん」
「わかりました。アヤタ。今後私たちは貴方と協力して魔物の掃討を行わなければならないので、
今後とも良い関係である事が望ましいですしね。こう言った点で近づけるのはうれしいですね。」
「それは俺もだ、組織の頭が固い奴じゃなくて助かったよ」
お互いに握手を交わす。
案内は簡単なものだった。憲兵隊たちも今夜の宴の準備や徘徊で人が出払っているようだ。
いつもは威勢の良い声が響いていると言われる訓練部屋も静まり返っている。
他にも様々な班に分かれて様々な作戦や戦いの跡が見られる。
「魔物との戦闘って俺が想像するよりももっとヤバい感じなのか?」
「君が考えている物がどれほどの物かは分かりかねるが、我々が居ても魔物の軍勢が攻めてきたら無傷とはいかないかな」
「なるほどね、ありがとう。どれくらいの頻度で攻めてきているんだ?」
「そうですね……全体的に見れば毎日ですが、この村に限定して言えば一週間から二週間に一度。規模は毎回異なるのでそこまでは予想はいきませんね」
魔物を話をしている間のルークの表情はこれまでにこやかに話しているようなものとは異なり、
歯痒さを感じる苦虫を潰すような表情をしていた。それほど憲兵隊が居る中で村の人が傷つけられるのが許せないし辛いのだろう。
これはふざけてられないかもな。せめて体力位は戻しておかないと特別な力があったところで走れなかったら元も子もないな……
「なぁ、ルークさん。なんか力はあるんだけどさ、体力のほうが如何せん心もとないからな、
俺も訓練に混ざってもかまわないか?」
この世界でなら頑張れば何か掴めるかもしれない。弱くてニューゲームでも構わねぇ。
あんな闇の中で生きているような気分よりかは何倍もマシだ。
「えぇ、構いません。というより願ったりかなったりだよ。救世主様が我々と共に訓練するんだ、他の隊員の士気も上昇するだろう。」
思ったよりも簡単に許可が出た。書類やらなんやらって必要ないのか? 救世主って本当楽な身分だなこれ。
「さて、訓練も構いませんが村の案内が全く終わってないだろう? 他の場所も見て回ると良い」
「その為に私が居るんですよ! なんかさっきまで二人で話してたから忘れられてるのかと思いましたよ!」
リアは腕を組み、頬を膨らませ不服であることを表している。
あっ、これリア可愛いな、というかもっと蔑みの目で見てくれいい目だなこれ。
「アヤタさんー? 聞いてるんですか? 次は市場に行きますよ!」
俺は半ば無理やり怒ってるのかどうか分からない位に可愛いリアに手を引かれ憲兵隊の支部を後にした。