実力の差
『店主、実は相談がある』
「なんだ?無茶なことを言うんじゃないだろうな?」
店主は眉間に皺を寄せ訝しげな表情をした。
警戒する態度を見てレンもどう切り出していいか迷う。
俺からの頼みは不味いだろうな。
以前、酷いことも言ったし警戒されるのは当たり前か。
国から頼まれたことにして話そう。
そっちの方が話が進みやすいだろうしな。
『実は竜王国から頼まれごとをしている。腕のいい鍛冶職人を国に招き入れたいらしい。そこで、竜王国に来て鍛冶職人として働いてはくれないか?』
「俺に国替えをしろってのか?」
『簡単に言えばそうなるな。店主の……、そう言えば名前を聞いてなかったな。先ずは私から名乗るのが礼儀か、私は……』
「ああ、必要ない、必要ない。お前のことは知っている。俺の名前はガストンだ。改めてよろしくな」
『私の名前を知っている?』
「ああ、お前はレンだろ?そして、そっちの嬢ちゃんはアンジェリカ、そうだろ?」
『そ、その通りだ。よく知っていたな』
「お前は自分が有名人だって自覚がないのか?災害指定の魔獣と魔物を引き連れてる時点で普通分かるだろ?」
『そ、そんなに有名なのか?』
「今やお前の名前は全世界に知れ渡っている。特に冒険者の間ではチーム竜王を知らない奴はいない」
レンは衝撃の事実に愕然となる。
レン自身は目立つ行動を控えてきたつもりだが、なぜか名前が世界中で知られていることに戸惑いを隠せない。
『な、何かの間違いではないか?同じような名前は沢山いるだろ?』
「お前と同じ名前はいても同じチーム名はいないだろ?それにベヒモスとデュラハンロードを引き連れてる時点で間違いようがない」
『なんという事だ……』
ガストンは項垂れるレンを見て、今まで自覚がなかったのかと呆れかえる。
そして、アンジェもまた二人の会話を聞いて首を傾げていた。
「ねぇレン。少し気になることがあるんだけどいいかしら?」
『……何だ?』
「デュラハンロードってなに?」
『デュラのことに決まっているだろ?そんなことよりも有名になっていたとは誤算だ。しかも、全世界に知れ渡っているだと?』
それを聞いたアンジェが拳を握り締めて戦慄いていた。
「そんなことよりもじゃないわよ!レンはデュラハンだって言ってたじゃない!デュラハンロードってどういうことよ!」
『な、何をそんなに怒っている?デュラハンロードと伝えてなかったか?』
「聞いてないわよ!」
『そ、そうか。言い忘れていたのかもしれないな。まぁ、デュラハンもデュラハンロードも同じようなものだろ?些細なことは気にするな』
アンジェの顔が見る間に真っ赤になる。
「さ、些細なことですって!!デュラハンとデュラハンロードじゃ強さに雲泥の差があるでしょ!同じチームなんだからちゃんと伝えなさいよ!」
『ま、まぁ、確かにデュラは強いな。平均ステータス30万だし……』
そこでアンジェはぽかんと口を開ける。
「はぁ?」
アンジェは困惑するも冷静に考えれば有り得ない数値である。興奮していたため聞き間違いも大いに考えられた。
アンジェは大きく息を吸い心を落ち着ける。
冷静になれば合計ステータスと平均ステータスの聞き間違いであろうと直ぐに推測がついた。
「それにしてもデュラって合計ステータスが30万もあるのね。勝てないはずだわ」
その言葉に無情に反応するものがいる。
『聞き間違えたのか?デュラは平均ステータス30万だ』
アンジェが何とも形容しがたい表情をする。怒っているようで泣きそうでもある。
話を聞いていたガストンが、嘘だろ?と言った表情でレンを問いただす。
「それ本当なのか?平均ステータス30万って、合計と間違えてないか?」
『間違える訳無いだろ?確か合計ステータスだと180万位あった気がするな。デュラも以前より強くなっていたし、ステータスを何度も確認したから間違いはない』
それを聞いて二人とも言葉を失う。
しかし、こうなるとベヒモスの強さも気になってくる。
アンジェはその好奇心から自然と口を開いていた。
「ねぇ、ベヒモスのステータスも知ってるの?」
『知ってるが……、確か平均ステータスは20万だった気がするな』
「へぇ……、デュラの方が強いのね……」
デュラよりも低いがベヒモスのステータスはアンジェの予想を遥かに上回る。
レンに返す言葉も覇気がなく棒読みになっていた。
「ところで……、レンのステータスは?」
聞かれたくないことを聞かれレンは密かに溜息を漏らす。
アンジェに視線を向ければジト目でずっとレンのことを睨んでいる。
『ああ、その、まぁ、あれだ。そんな事はどうでもよくないか?アンジェも自分のステータスは知られたくないだろ?』
するとアンジェはいともあっさりと自分のステータスを告げた。
「私の平均ステータスは2万よ」
確かにアンジェの平均ステータスは2万である。
レンも定期的にアンジェのステータスを確認していたためそれを知っていた。
どういう訳かアンジェは日増しに強くなり、その確認をするのがレンの楽しみの一つであった。
アンジェはポーションの回復を頼りに無理なスキルの使用を続けていたため、本来では有り得ない速度で急激にステータスを伸ばしていたのだ。
尤も、そことをレンやデュラは知らない。アンジェだけが薄々そのことに気付いていた。
そして、その特訓に付き合わされていたデュラも、知らないうちにステータスを伸ばしていたのだ。
アンジェのステータスにガストンが食らいつく。
「嘘だろ嬢ちゃん。Sランクの冒険者でも平均ステータス1万がいいとこだぞ?それなのに2万だと?そう考えると貸した剣が折れたことも頷けるが、お前らいったいどうなってるんだ?」
「私のことなんてどうでもいいのよ。さぁレン、私も答えたんだから貴方も答えなさい。私の見立てだと少なくともベヒモスよりは強いはずよ。そうでなければベヒモスが従うはずないもの」
レンは盛大に溜息を漏らす。
『どうしても言わなければ駄目か?』
「私も言ったんだから言いなさい」
アンジェは腕組みをして逃がさないと言わんばかりに威圧する。
『分かった。だが、誰にも言わないことが条件だ』
「分かったわ」
「俺も誰にも言わないから教えてくれ。お前には興味がある」
『やれやれ、聞いても面白いものでもないんだが……。私のステータスは測定不能だ』
「はぁ?なによそれ」
「測定不能?」
『平均ステータス100万以上なのは確かなのだがな。それ以上測定ができないため測定不能としか言いようがない』
アンジェとガストンが互いの顔を見合わせた。
二人は絶句してもはやかける言葉もない。
暫くするとアンジェは項垂れ小声で何やら呟いた。
「こんな化物と張り合おうとしてたなんて……」
それを聞き取っていたガストンが顔を顰める。
高すぎる目標に誰でも心折れるときがある。目の前の少女がそうならないことをガストンは願わずにはいられなかった。
そんな二人の思いなど露知らず、レンはガストンに視線を向け話の続きをする。
『さてガストン。話の腰を折られたが竜王国に来る気はないか?今なら筆頭鍛冶師として迎え入れると言っていたぞ』
ガストンにしても悪い話ではなかった。
しかし、国を変えるということは今後の一生を決めること。
もし、竜王国に行くとなれば今ある店を畳まなくてはならない。同様に、今まで愛用してきた炉なども全て破棄することになる。直ぐに決断できるはずもなかった。
それに、レンの口から細かな条件や給金の話など、まだ何も聞かされていない。
「幾つか聞きたいがいいか?」
『何だ?私に答えられることなら答えよう』
「先ず俺は何を作らされるんだ?国の兵士に持たせる剣か?それとも鎧か?」
『いや、そういったものではない。そうだな、先ずは鍋などの日用品を作ってもらうことになるかな』
「ま、まて、鍋だと?筆頭鍛冶師なんだろ?鍋を作るのか?」
ガストンは予想の斜め上の答えに動揺する。
しかし、レンは至って当たり前のように話を続けた。
『鍋は生活に欠かせないからな。街道も整備され、これから多くの人が移住してくるかもしれない。調理器具は必須になる』
「ま、まぁ、そうなんだろうが、それにしても鍋だと?」
『聞きたいことはそれだけか?』
「いや他にもまだある。給金はどうなっている?国に仕えるのだから商売はできなくなるはずだ。給金が出るはずだろ?」
レンはそうかと頷いた。
確かに国に使えるのであれば勝手に商売などできないだろう。そうなると生活費を国が保証しなくてはならない。
『希望額を教えて欲しい』
「希望額?そうだな……。じゃ、筆頭鍛冶師なんだし金貨20枚でどうだ?直ぐには答えられないだろうからお偉いさんと相談してくれ」
それは贅沢をしなければ20年生活できる大金であった。
ガストンもそれを分かって態と高めの金額を告げていた。年収をその金額で呑むようなら、それだけ自分が必要とされているということ。
それは、お金以上にガストンにとって大切なことであった。
ガストンの言葉を聞いてレンは頷く。
『分かった。では給金はその金額にしよう』
「ちょ、ちょっと待て。お前が決めていいのか?」
『この件に関しては私が一任されている。問題はない』
「まさか筆頭鍛冶師の雇用条件も任されているとはな。もしかしてお前はそれなりに偉かったりするのか?」
『そ、そんなはずないだろ?私は一介の冒険者に過ぎない。では給金は毎月金貨20枚として次は……』
「いや、待て。給金は毎年金貨20枚だろ?いきなり間違えるなよ。本当に大丈夫なんだろうな?」
『あ、ああ、そうだった。すまない。少し考え事をしていた許してくれ』
そう言いながらも、レンは年収金貨20枚?と頭を傾げたくなる。
筆頭鍛冶師はもしかして安月給なのか?
さっき渡した剣の代金が金貨30枚だし、それを考えると年収金貨20枚は可哀想な気がするな。
無理を言って来てもらうんだし、給金を渡すときには多めに渡すように言わないと。
「それとなんだが、やはり鍋ばかり作るのはどうもな……。給金を貰うんだから贅沢は言わないが、やはり少しは武器も作りたい。どうにかならないか?」
『そのことなんだが弟子をとって鍛冶の仕事を教えて欲しい。弟子が一人前に鍋などの日用品を作れるようになったら、そっちは弟子に任せてガストンは剣を作っても構わない』
「本当か?」
『但し、作った剣は全て国に納めることになるがな』
「それは当然だ。しかし、剣を作るための金属を用意してもらえるのか?」
『それなら問題はない。街道を作った時に鉱石を大量に入手している。欲しい金属を言えば用意してくれるはずだ』
「至れり尽くせりだな。本当に大丈夫なんだろうな?」
『心配性だな。嘘はついていないから安心しろ。後日使いの者を寄越す。それまでに荷物を纏めておいてくれ』
「おお、分かった。それまでに店を畳んでおくからよろしくな」
ガストンはニッと満面の笑みをレンに向けた。
レンはそれに頷いて返すとアンジェに声を掛ける。
『話も上手く纏まったことだし、そろそろ帰るとするか。私はこのことを報告に戻らなければならない。悪いが今日も自由行動にする』
「え、ええ、そうね」
アンジェはどこか上の空といった様子でレンに返答する。
レンは何処となく違和感を覚えるが、アンジェは次の瞬間にはいつもの様子に戻っていた。
アンジェは笑顔でガストンに別れを告げ店を後にする。その様子を見て気のせいかと、レンもアンジェの後を追って店を後にした。




