国家樹立18
暫く歩いていると遠くに大きな両開きの扉が見えてきた。
小さなメイドはそれを指差すと笑みを浮かべながらレンを見上げる。
「あの扉から外に出られますよ。今日は大勢のお客様がお見えになるので扉は一日中開け放たれているそうです」
確かに大勢の人が城の中へと入ってきている。貴族とその従者だろうか、みな一様に身なりの良い衣装を身に纏っていた。
『式典は既に終わっているのに今頃来ても遅いのではないか?』
「式典に参加できない他国の下級貴族様ですね。オーガスト女王陛下にご挨拶に参られると伺っております」
『下級貴族は式典に出られないのか……』
「竜王国の貴族様は全員式典に列席されると伺いましたが、他国の貴族様は上級貴族様だけが式典への参加を認められたようです。何でも数が多すぎて全員参加させることができないとか」
『あの玉座の間に入りきらない人数だと――貴族多過ぎだろ』
「何でも竜を両脇に並べるとかで、それが場所を取ったみたいです」
ああ、そう言えば何かそんなこと言ってたな。
竜を間近で見せて逆らうことの愚かさを教えるとか。
やり過ぎてなければいいんだが……
『他国の下級貴族は挨拶を済ませたあとは直ぐに帰るのか?』
「詳しくは分かりませんが、恐らくそうではないでしょうか」
『それは大変だな、ここまで来るのに馬車でも一週間は掛かるだろうに』
「本当にそうですよね。貴族様も大変です」
そう言ってる間にも城の出口が近づいてきた。
レンは何度か貴族とすれ違ったが、殆どの貴族が従者に不満を漏らしてた。
その多くは宿に対する不満であり、更に宿から城まで歩かされることへの怒りであった。
宿はジュライが急造した木造の高級宿、不満が出るような作りではなく、上級貴族が宿泊してもおかしくない作りになっている。
宿の運営は一部のメイドが担当しており接客も申し分ない。
それにも関わらず不満が漏れているのは、宿が立ち並ぶ直ぐ側にアテナが作った石造りの見事な邸宅が並んでいたためだ。
しかも、そこから出てきたのは使用人と思しき少年少女である。
貴族が平民より劣った場所に宿泊するのが我慢ならなかったのだ。
極めつけは宿から城までの道程を歩かなければならないこと。
僅かな距離なら分かるが30分は歩かなければならない、貴族に対する扱いではないと怒りを顕にしていた。
不機嫌そうに歩く下級貴族を見て少女は顔を曇らせる。
「貴族様は怒りっぽい人が多いのでしょうか?」
『全員がそうではないよ。もうすぐ外だな……』
その言葉通りレンと少女は巨大な扉を潜り抜けた。
目の前には石造りの巨大な橋が真っ直ぐに伸びている。落下防止の欄干は胸元の高さまで有り、趣向を凝らした彫刻が施されていた。
上空からは分からなかったが近くで見ると見事な作りになっている。
レンが橋の欄干に目を見張っていると、少女がレンの手を引っ張った。
「レン様、早く行きますよ。移動だけでも結構な時間が掛かるんですから」
レンが前方に視線を移せば対岸は遥か遠くに見える、確かにこれだけの距離を歩けば対岸までは30分は掛かるだろう。
だが、それよりも少女の最初の言葉が気になった。
『付いてきてくれるのか?』
「レン様は直ぐに迷子になりそうですし、帰る時に私がいないと困るのではありませんか?」
その通りだった。少女の後を付いてきただけで帰り道など覚えていない。来た時に潜ってきた[転移門]の場所は既に分からなくなっている。
『だが仕事はいいのか?怒られるようなら無理に案内をする必要はないぞ』
「私の今日の仕事はもう終わりましたから。仕事は一日八時間までと決まっているんです」
『なら案内を頼もうかな。正直、私も一人で帰れる自信がない』
「はい、お任せ下さい」
『そう言えば名前をまだ聞いてなかったな』
「マリーです。よろしくお願いしますね、レン様」
マリーは屈託のない笑みを見せて歩き始めた。
勿論、片手はレンの手をしっかりと握っている。
上空を見上げれば、どこまでも透き通るような青空が広がっていた。
障害物のない橋の上を少し冷たい風が吹き抜けるも、降り注ぐ太陽の光が適度に体を温めてくれた。
『この天候なら歩いても全然苦にならないな。寧ろ気持ちがいいくらいだ』
「この時期は一番過ごしやすいですから」
自ずと足も軽くなる。いつもは城から見下ろしている景色も、下から見るのでは全然違って見えた。その光景はレンを楽しませるのに充分であった。
心地よい風も相まって散歩気分で歩みを進める。
マリーも外に出るのは久し振りなのか、周囲の景色を楽しそうに見渡しながら歩いていた。
楽しい時間は早く感じられるとはよく言ったものである、気が付けば橋を渡り街の中へと足を踏み入れていた。
振り返り「何処に行きますか?」と尋ねるマリーの仕草が可愛らしい。
レンが冒険者ギルドに行きたいと告げると「こっちですよ」と手を引き歩き始める。
いつの間にか街には幾つかの店が出来ていた。
店主はレンの購入した奴隷たち、竜王国の国民たちが務めている。
これはオーガストが急遽用意した店であった。
主に取り扱っているのは長旅に必要な保存食や生活必需品だが、扱う品物は増える予定となっている。
それに伴い店の種類や数も増える手筈になっているが、それはもう少し先の話になりそうだ。
先ずは街道が整備され多くの人が往来しなければ話にならない、店を増やしても購入する人がいなければ意味はないのだから。
街では城と同様に至る所で竜人の衛兵が目を光らせていた。
街に滞在する貴族もいるため、問題が起こらないようにとの配慮なのだろう。
歩みを進めると石造りの建物から木造の建物に風景が変わる。
その境目にある一際大きい石造りの建物が、お目当ての冒険者ギルドであった。
「ここですよ」マリーの言葉にレンはその場で立ち止まり建物を見上げた。
石造りの大きな四階建ての建物は、一階が広く作られている。窓越しに受付カウンターや依頼を貼り出しているであろう立て板が視界に飛び込んできた。
建物自体はアテナが造ったものであるため、細部にまで装飾が施され上級貴族や王族の屋敷を窺わせている。
『ここか随分と大きいな』
「そうですね。でもまだ冒険者はいないみたいですけど」
『ここから奥は木造の建物になっているんだな』
「あちらは貴族様の宿泊施設で急遽作られたそうです」
大通りの先には木造の見事な宿泊施設が数多く並んでいた。
アテナにこれ以上作らせるのは好ましくないと、別の方法で宿泊施設を用意するように言ったのだが、まさか短期間でこれだけの建物を用意するとは思わなかったのだ。
そのためレンも内心驚いていた。アテナの石造りの建物より若干劣るが素晴らしいものだ。
そう言えばオーガストはジュライに作らせると言っていたな……
どうやって作ったかは知らないが万能過ぎないか?
レンが冒険者ギルドの前で呆然としていると、マリーが早くと手を引っ張る。
「さぁ行きますよ。いつまでそうしているつもりですか?」
『そ、そうだな』
促されるように冒険者ギルドの扉に手をかけると「ガラン、ガラン」と鐘が鳴り響いた。
音のする方に視線を移すと扉の内側上部には鐘が取り付けられていた。
人の出入りが直ぐに分かるようにとの配慮なのだろう。ギルド内に足を踏み入れると中は閑散として誰もいない。
本来であれば依頼が張り出されているはずの大きな立板には何も張り出されておらず、依頼が全くないことを意味していた。
奥のカウンターにいる数人の受付嬢が珍しいものを見るようにレンたちに視線を向けている。
レンがカウンターの前に行くと受付嬢が嬉しそうに笑顔を見せた。
「いらしゃいませ。貴方はこの冒険者ギルド初めてのお客様ですよ」
『初めて?冒険者ギルドが出来てから一週間は立つと思うのだが……』
「よくご存知ですね。でもこの国は平和すぎるせいか誰も冒険者になろうとしないんですよね」
「そんなの当たり前じゃないですか、竜王国の国民はオーガスト女王陛下に与えられた仕事があるもの。冒険者なんか出来るわけないじゃない」
マリーがこの人は何を言っているの?と口を挟んだ。
マリーたちが恩人である竜王国に逆らうはずがない。しかも安全に良い暮らしができるのに、誰が好き好んで危険で収入の不安定な冒険者になりたがるものか。
受付嬢もそのことを知っているのだろう。苦笑いを浮かべて「そうなのよねぇ」と口から言葉が漏れている。それがきっかけとなり更に言葉は続けられた。
「それにこの国は竜が国中を巡回しているんでしょ。お陰で魔物も盗賊もいないらしいじゃない、依頼も一つも来ないし冒険者がいる意味が全くないのよね。エイプリル様のご命令とはいえ冒険者ギルドを作るのってどうなんだろ……」
今まで誰も来ないこともあってか受付嬢は愚痴を溢し始めた。
仕事はやることもなく遊ぶ場所も酒場もないと、死んだ魚のような瞳で永遠と怨嗟の言葉を吐き続ける。
それをレンは黙って聞くしかなかった、うちのエイプリルが申し訳ございませんと……
「レン様、しっかりしてください。女性の愚痴を聞くために来たのですか?」
マリーは見た目以上にしっかりしていた。
レンに「そんなことでは駄目です」と言うと本来の目的を果たすように厳しく言及した。
『そ、そうだな。冒険者に登録するために来たんだったな』
「冒険者に登録ですって!」
受付嬢の瞳が輝きを取り戻す。
この国に移ってから初となる仕事に無駄に力が入っている。
「この用紙に記入して!」
言葉と同時にカウンターの上に用紙がバンッ!と勢いよく置かれた。
受付嬢の剣幕にレンとマリーは顔を引き攣らせながら思わず仰け反ってしまう。
『わ、分かったから。書くから少し落ち着け』
「全然分かってないわ!いいから早く書きなさい!」
レンは急いで記入すると用紙を受付嬢に手渡した。
受付嬢は半ば強引にそれを剥ぎ取ると、瞳の位置まで用紙を掲げてまじまじと用紙を眺める。
記入漏れがないことを確認すると笑顔で叫んだ。
「完璧ね!記入漏れが全くないわ!」
『そ、それは良かったな』
気合の入った受付嬢は久しぶりの仕事で嬉しいのだろう、だがレンのみならず隣に座る他の受付嬢も若干引いている。
受付嬢が最初にみせていた丁寧な言葉使いは、いつの間にか綺麗さっぱり消えていた。
「レン・ロード・ドラゴンなんて変わった名前ね。そこで大人しく待ってなさい!逃げたら承知しないわよ!」
まるで犯罪者を逃がさないかのようにレンをその場に留めておくと、受付嬢はカウンターの奥へと消えていった。
暫くすると綺麗な小箱と金属の板を持って意気揚々と受付嬢が舞い戻ってきた。
「なんかよく知らないけどエイプリル様からの届け物よ」
受付嬢は綺麗な小箱をレンに投げ渡すと、そんな物はどうでもいいと金属の板と針を差し出してきた。
「さぁ!早く針で親指を指しなさい!そして認識票に血を垂らすの!私に仕事をさせなさい!」
レンは受付嬢の鬼気迫る表情に圧倒される。受け取った小箱を懐に仕舞い込むと、言われた通りに親指を指して認識票と呼ばれる金属の板に血を一滴垂らした。
一瞬金属の板が光り輝くと、垂らした血は跡形もなく消えてなくなっていた。
「よし!これで貴方も今から立派な冒険者よ。勿論、冒険者の講習を受けるわよね!」
レンは顔を顰める、正直もうここには居たくなかった。
この圧の強い受付嬢を見ていると、ニュクスたちを思い出してしまうのだ。
『すまんが急ぎの用事がある。説明は必要ない』
「なんですって!私の説明を聞かないと後悔するわよ!一生呪うわよ!」
流石に不味いと思ったのか隣に座る受付嬢が後ろから羽交い締めにした。
「今のうちに逃げてください!この子は抑えておきますので!」
「ちょ!あんたなに言ってるの!?初めての客よ!そして最後の客になるかもしれないのよ!この気を逃したらもう二度と仕事が出来ないかもしれないのよ!!」
ここまで来るとかなり怖い。
仕事中毒と言うやつだろうか、藻掻く受付嬢に一礼するとレンはマリーを連れてそそくさと逃げるように冒険者ギルドを後にした。
「まてぇぇぇ!逃げるな!私のしごとぉぉぉ!!」
後には受付嬢の悲痛な叫びが木霊していた。




