人間様、この程度
銃を持つ手が汗ばんでいる。随分久しぶりの感覚であった。ワイヤーで宙を移動する中、ウイスタリアの寒さが汗ばんだ身体を冷やし、手先の感覚を麻痺させていった。
しかしまだリボルバーで標的に命中させる自信はあった。
頬の傷は脈を打つ度に痛み、ビルの壁にぶつけた背中も同様、未だに痛覚が重く反応している。
思わず独りごちした。
「大層なもん持ち込んでくれやがって、そりゃ俺が呼ばれるわけだ」
地上から数十メートル。アカリは次のポイントへワイヤーを飛ばした。
エルミの変貌は凄まじかった。薬を飲んだ直後から激しい身体の変化に苦しみ、間もなく本人の意識は消え失せてしまった。言語による説得もままならず、アカリ達は化け物となったエルミの初撃を受けてしまったのだ。
鬼であるコウはまだ自身の肉体が剛壁となり傷もなかったが、アカリは見事に殴り飛ばされて危うく気を失いかけた。
「ってぇ……、まだじんじんしやがる。もっと労わってくれなくちゃ困るよなあ」
ふと背後を気にすると、四肢の筋肉が膨れ上がった化け物が猛スピードで追いかけてきていた。
かつてエルミだったものである。目の鬱血、壊死したように変色した皮膚、血霧を吹き出しながら奇声を発するその化け物は、ビルの壁を踏み壊しながら猛進して来ている。光の無い空、照らすのは路地の青白い魔導灯だけ、さながらモンスター映画のようであった。ならばアカリはアクションヒーローとでも言ったところだろうか。
こめかみに付けていた通信パッチを使ってコウに連絡をとった。
「コウ、こっちは後数分もすれば追いつかれる。下にいるな?」
少し間が空いて返事が来た。
「あーはいはい、走ってますよ。全・速・力でね!」
眼下へ視線を落とすと、ビルに挟まれた魔導灯の照る路地が直線状に伸びている。米粒程度にしか見えないが、コウが走っているのが見えた。ワイヤーで移動する自分と比較するとかなりのスピードなのが分かる。やはり種族による能力差というのは侮れない。普通の人間ならこのスピードにはまずついてこれないだろう。
化け物が追いつくタイミングを見計らって、アカリは路地を切るようにジグザグに伸ばしていったワイヤーのポイントを下方、奥の路地へと付けた。
「こいつで黙ってくれれば、楽ちんなんだがなっ!」
地面へと斜めの角度で移動する中、リボルバーの銃口を化け物へと向け三発撃つ。
一発目は相手の頬を抉り、後の二つは胸部と右上腕に着弾した。
怯む様子はない。
「よっ、と。まあそんな上手くはいかないか」
ポイントを進行方向とは逆に取り、速度を殺す。地面に降りると、すぐにコウと合流した。コウはアカリに合わせて走る速度を落とす。
「どうよ。銃効かねえの?」
「後は頭か心臓に打ち込んでみてどうか、ってとこだな」
「あの様子じゃ望み薄だな。麻酔弾とかねえの?」
「あるなら撃ってる」
化け物は大きく踏み込んでビルを倒壊させると、アカリ立ちの前方へと先回りして現れた。流石に立ち止まる他ない。
後方はビルの倒壊によって瓦礫の山となり、退路を断たれてしまった。
アカリを背にして、コウは化け物を見据えた。呻き声のような声をあげる化け物は、無意識にも悲しみを露わにした。
「も、……もう……お、おわ……り。……こ……れで、……おわ、り」
「終わりだっていうなら諦めて薬渡せよな! 往生際の悪い!」
文句と共に構え、アカリは化け物の頭部と心臓に銃弾を撃ち込んだ。化け物の身体は衝撃による身体の痙攣はみせたが、それ以外に反応はなかった。元々人間だったのなら、脳や心臓はあるはずなのだ。それなのに、化け物は平然とその凶暴性を振るわんとしている。
「こりゃ駄目だ。超硬だな」
「なんだそれ?」
「硬すぎて弾丸が中まで通らねえんだよ。超硬合金のようになっていやがる」
銃弾を受けた箇所は花が開いたように弾頭がめり込んでいたが、化け物の様子は相変わらずで傷は塞がっていった。再生機能も付くとは、まさしく生物兵器。
これでは銃をいくら撃とうが無駄だ。
「しょうがねえ、アカリは下がってろ。斬り落とす」
コウは刀を抜いた。
「駄目押し一発ッ!」
アカリは唯一弱いとみられる目を狙い、左目に銃弾を撃ち込んだ。
「っグ!」
化け物は詰まったような声をあげると、弾を受けた眼球から血を流した。辛うじて赤い色をしたその液体は、化け物が生物としての機能を持ち合わせている最後の証明だった。
顔面に流れる血を手で拭うと、黒々としたものがべっとりと付き、化け物は反射的に殆んど悲鳴に近い雄叫びをあげた。
「怒らせてどうすんだよ!」
「いやあ、弱るのかと思ったんだけど……」
化け物は怒りを煮え滾らせ、頭を掻くアカリへと殴りかかった。
コウはその拳を刀で受けると、負けじと腕を太くさせて化け物の身体を押し飛ばした。刀の刃も通らないとは、手の骨も相当に硬い。
「テメェの相手はこっちだ!」
「コウ、しばらく相手してくれるか」
「どうせお前にゃ太刀打ちできないだろ。なにか考えがあるのか?」
「タイミング次第だがな」
アカリは吐き捨てるようにそう言うと、ワイヤーで瓦礫の向こう側へと消えていった。化け物を任されたコウは現役タスクフォースの実力を信じ、自身の刀で仕留める覚悟で挑んだ。
「一人で片づければ、昇給してくれるのかね」
パッチを使ってアカリが返事をする。
「善処するから、そのまま奴の気を引きつけとけよ」
「言われなくても、俺にゾッコンだぜこの化け物」
化け物との応戦が始まった。
コウは受け身に回りつつ四肢に斬撃を食らわせていったが、やはり効果が無い。辛うじて肉まで斬れても骨で刃が止まる。確かに金属でも斬っているかのようだった。いや、鉄やある程度の鋼なら斬る自信はある。しかしこの化け物の骨はそれ以上に硬かった。相手はコウの斬撃に対し僅かな怯みも見せない。
そんな様子を見て落胆する。
「そりゃ銃弾効かねえもんなあ。銃は剣よりも強しッ、って言うけどな、こっちだって相当なキレ物持ってんだ。うんとかすんとか言わねえもんかね」
いくらか殴打を斬撃で相殺し、柄を掴み直して上段に構えた。
「まあ、焦るこたねえよ。俺だって斬っても死なねえゾンビみたいな奴は久方ぶりだ。ゆっくり楽しむとしようじゃねえか。――なあ、春琴」
そう言ってコウは口角をあげた。
一方、瓦礫を隔てて化け物との戦闘を逃れたアカリは着々と準備を進めていた。
「捕縛用のワイヤーじゃないけど、まあ使えるだろ」
鼻歌でも歌わんばかりにアカリはワイヤーを伸ばしていく。誘導ポイントを巧みに操り、ビルの対面に次々に絡ませていった。作っていたのは捕縛する為の罠であった。この魔術の発達している世界において、わざわざこのような原始的な捕縛を試みる者は少ない。しかし魔術が扱えないのなら、できることをするしかないのだ。
青く発光するワイヤーの罠はまるで芸術作品のように美しい出来栄えで、アカリは一人で感心していた。
「我ながら素晴らしい出来だ。後はここに化け物を誘いこんで、圧縮作用をかければなんとッ! ボンレスハムの出来上がりって寸法よ! へへっ、楽しみだな」
さっそくパッチを使ってコウに連絡を取った。向こうは戦闘真っ只中だったらしく、激しい攻防を繰り広げている様子が音声からでも確認できた。
罠の説明をすると、コウの苛立った声色が返ってきた。
「ボンレスハムだ? 寝ぼけてんのかテメェ」
「瓦礫の先まで、その化け物おびき寄せてくれい」
「あのな、俺はもっとまともなこと考えてくれてんのかと思ってたぜ、なあアカリさんよ。お前はどうして魔術も使えないのにタスクフォースなんざやってんだ。俺は何故お前の下に付いている?」
「流浪の剣士をしていた頃に俺に出会ったのが運の尽きだぜ。いいから、ソイツこっちに持ってこいよ」
「……ったく、簡単に言ってくれるぜ」
なんとか持っていきたいのはコウにとっても山々ではあった。しかし、目の前の化け物がお行儀よく付いてきてくれるとは限らない。どうしたものか、と右腕に一太刀入れて考えた。
化け物の体力は底知れず、コウと春琴の斬撃を受けても平然と立ち向かってきていた。このまま翻って瓦礫を越せば付いてきてくれるだろうか。
「というか、俺には他の方法が思いつかねえッ!」
コウは刀を納め、意を決して瓦礫の方へ走りだした。
化け物も次いで、後を追った。以外にも素直な性格にコウはほっとした。妙に頭のイイ、所謂戦闘慣れしているような軍人が狂っているわけではないのが不幸中の幸いであった。
これなら仕事も早く片付きそうだ。そう思いながら瓦礫を飛び越し、アカリが仕掛けている罠へと入った。
「……あ」
“罠へと入った”
「ッ! いっでえッ!」
急速に縮こまったワイヤーがコウの身体を縛り上げた。
頭では気付いていたものの、つい思わず指先が動いて圧縮に切り替えてしまったのだ。不可抗力だ、業とではない。
アカリはいそいそと傍に寄った。
「あーららら、まあまあ。どうしましょうこれ」
「テメェ! 呑気な事言ってんじゃねえ! さっさと解け!」
「いやそれが……、かなり複雑に編んじまったからしばらく解けないぞ」
「なんだとっ!」
身体を圧迫するワイヤーに苦しみながら、何とか力でぶち切れないかと試みた。しかしそうすればするほどさらにワイヤーは喰い込み、肉を斬るような勢いで絞めあがった。
そうこうしている間に化け物が瓦礫の向こうから飛びかかってきた。
「こうなってはしかたない、コウくんはそこで見ていたまえ」
「馬鹿! お前にどうこうできる相手じゃねえ!」
コウはそう言ったが、確かにただの人間であるアカリに打つ手はないように思える。しかしアカリ自身、正直なところもう王手を取ったも同然のつもりであった。銃も刀も効かず、魔術も扱えない不利な状況で一体何を考えているのか。コウには推し測ることができなかった。
化け物の攻撃をのたのたと走ってすんでの所で避けると、銃も持たずに防御態勢を取ってその場で屈む姿勢でジャンプした。
「かかってきな、このへなちょこフルスインガー!」
「何してんだ避けろ!」
化け物が大きく薙ぎ払うように腕を振る瞬間、そんなコウの注意が聞こえた。
「ぐ……っ!」
ほぼ人間ボールのように飛ばされたアカリは、数百メートル先で身体を打ち付け、そのままさらに数十メートル転がり続けた。
いくらか骨の具合がおかしく感じるが、幸い四肢は動いた。ジャケットの袖に仕込んだナイフがかなり防御してくれたようだ。
ナイフを戻し、化け物から逃げるように走った。
「いってて……。十秒もつか、否か」
静かな路地に等間隔の振動が近づいてくる。思った以上に早い、ワイヤーの動きに付いてきていたあたりをみるに当然だろう。自分の底辺ぶりに嫌気がさした。
仕方なくアカリは対峙を試みようと考えた。勝機は壊滅的だが、相手の攻撃は物理による殴打のみ、ギリギリ避けることぐらいはできるはずだ。
「なんとか耐えて見せようじゃねえの。人間様なめんなよ……」
ホルスターから銃を抜き、振り向きながら構えた。
「……ん?」
同時に振動が収まった。
流石に息が上がっている。アカリは怪訝な顔を浮かべながらバレルの弾を確認してすぐに戻す。先ほど罠を張っていた時点で弾込めはしておいた。化け物はどこへ……。コウの元へ戻ったのだろうか。いや、仕留めるつもりなら最初に殺しているはずだ。アカリを追っている最中に急に身を返す脳があるとも思えない。
魔導灯の火がひと凪揺れた。
路地は車三台は優に入れる幅はある。身長一七五センチ、体重六四キロのアカリの身体が通り過ぎただけでは、高さのある魔導灯の火を凪ぐことはできない。
「なかなか、演出してくれるじゃないの」
風の無いウイスタリアの路地。上空に僅かな空気の流れを感じ見上げると、魔導灯に反射した赤い目がこちらを見据えているのが分かった。目があった瞬間、自慢の脚力を使って化け物が突進する。
「あっぶね!」
またもすんでの所で避ける。しかし、次の手はなかった。態勢を崩しながらも数歩後ろへステップをし、悪あがきのように銃を撃つが、既に治癒している左目をみるに無意味のようだった。苦虫を噛み潰したような表情で、化け物の目をにらみ返した。
「マジで冗談じゃすまねえ薬だな」
王手一歩手前まできていたが、ここまでのようだ。期待をしていた人物は現れない。
化け物の手は銃を発砲するアカリを無視して両足を浚うように掴んだ。
「くそっ!」
そのまま振り上げ、反動を付けたまま――。
「が……ッ!」
地面へと叩きつけた。
路地が砕け、頭蓋骨の割れる音がする。肩から臓物へと衝撃が、遠くにガラスを響かせたような余韻が、脳のなにもかもがけたたましく暴れまわり、思わず歯を食いしばる。
こんな綺麗な音がするのだと、冷静に考えた。
「あれっ?」
不思議と思考が働くことに違和感を覚え、ようやく気付いた。
痛覚が無い。即死にしても随分生々しい感覚がまだ残っていた。
何度か叩きつけられ最後にビルの壁へと投げ飛ばされると、今度は喉元から胃液のようなものを吐いて激しい痛みがアカリを襲った。
「げほっ、……ど、どーなってんだ」
疑問符をいくつも浮かべたが分からず。地面に這いつくばる。握られた際に折れている筈の足はなんともなかった。こんなことがありえるだろうか。化け物の仕業ではないことは、あの殺気と今の状況をみれば分かるが、それ以外はさっぱりだ。
戸惑いながらも立ちあがって態勢を整える。
なんとか策を練ろうとするが、脳が思うように働かない。頭を振って化け物を見据えると、街の方角から一人の男がバッグを抱えて走ってきた。
「エルミっ!」
化け物を見てマリクは叫んだ。彼には変わり果てたエルミの姿が誰なのか、すぐにわかったのだ。
アカリに詰め寄ろうとしていた化け物はその声に反応した。
「やっと来たのか、このノロマ」
「貴様! エルミに何をした!」
「説明は、後にしろ……。その薬一つ寄こせ」
アカリは薬を渡すようマリクに手を差し伸べた。
「ふざけるな!」
そんなアカリに向けて、マリクもエルミがやったように庇うような素振りでバッグを隠した。
「このままじゃぶち殺されるぞ!」
反応は化け物が早かった。マリクに向かって跳躍する。ここまできては、もう勝ち筋は一つしかなった。
なんとか言うことを聞いてくれなければ……。
「ひッ、……エ、エルミっ!」
「一ビンでいい! 投げろ!」
恐怖に慄いたマリクはバッグから大きめの瓶を一つ取り出し、あろうことか化け物に向かって投げた。
中の透明な液体が放物線を描くビンに乗り、大きく揺れた。
APPLEと書かれたラベルがくるくると回る。
「っ、ナイス機転だぜ!」
アカリはすかさず銃を構え、化け物とビンとの絶妙な距離を見極めてビンを撃ち抜いた。
容器が弾け、中の薬物が飛散する。化け物は宙で身動きが取れずにそのまま浴びてしまった。
「ギャアアアア!」
おぞましい叫び声をあげた化け物は、浴びた薬で翻り、鈍い音を立てて地面に墜落した。
そのまま両手を使って顔を覆い、身悶える。白い蒸気のようなものが立ち籠めた。
「ああ、エルミ!」
「まだ薬物が残ってる。近付かない方がいいぜ」
マリクは近付こうとした足を止め、触れることのできない手の所在に困りながらその場に立ち尽くした。
アカリは落ち着いた様子でマリクの傍に寄った。
「お前、一体エルミに何をしたんだ?」
「ふう、なんとかなった……。あー、最悪の気分だ」
マリクの問いに答えず、アカリは座りこんで「疲れた」と一息ついた。
「何をしたのかと訊いているんだ!」
「うっせーな。聞こえてるから、ンな大声で怒鳴るなよこのボンクラ」タバコを胸ポケットから取り出し、一本銜える。「お前、何をしたのかって訊くけどな、この女が勝手に絶望してその馬鹿げた薬を飲んだんだよ」
「なっ、馬鹿な! エルミがそんなこと、するはずが無い」
「大馬鹿者だよ。お前も、この女も。大体この街のルールも知らねえでひょっこり入っちまうなんて、正気の沙汰じゃねえ。お前達がどんな事情でどんなものを持ち込もうが知ったこっちゃないが、自分達の秩序が脅かされるとなっちゃあ話は別だ。コウから聞いただろ。“一般市販医薬品の持ち込みはタブー”ってよ」
それを聞くと、マリクはしょげた様子で確認した。
「俺のサプリメントが、そのタブーに触れていたために、お前達がやってきたと」
「その通りだ。ゲート通過の際全身スキャンでその存在に気付いた中央局が申請、統制局長の命により俺参上。どんな条例に違反したかしか聞いていないから“薬をよこせ”としか言わなかったが、早とちりも甚だしい。ウイスタリアのパンフレットにも大々的に載ってる常識だぞ」
「もっと、上手いやり方はなかったのか? 俺達だって必死だったんだ」
「テメェ、謝罪も無しとはいい度胸だ。覚悟しとけよ。こんな辺鄙な路地だけで事が済んだからよかったものの、街で騒ぎ起こしたら死刑どころじゃ済まされねえからな」
「……、ああ」
マリクは落胆したように視線を落とすと、ボロボロになったエルミが目を覚ました。
しかし見るも悲しい。かつての美貌は消え失せてしまっていた。綺麗だったブロンドも血塗られて茶色に染まり、全身の筋肉は損傷を受け皮膚は皺だらけになっていた。
化け物の再生能力のお陰か脳に障害は出ていなかったが、薬を使った代償もまた大きかったようだ。
「ほらよ」
アカリは来ていたフライトジャケットをマリクに渡した。
「いや、俺のを着せよう」
「馬鹿かテメェ、そんな薄着の服じゃあ病院行く前に凍え死んじまうわ」
そう言ってアカリはジャケットを無理やり放り投げ、インナーの黒いシャツ姿のままコウのいる奥の路地へと歩いて行った。
「マリ、ク……?」
エルミは精いっぱいの力で呼んだ。薬が解け、マリクはようやくエルミを抱き起した。
「エルミ、気が付いたのか!」
「私達、大丈夫、なの?」
「すまないエルミ。俺が悪かったんだ。俺が……」
「大丈夫、……なのね」
その問いに、エルミの手を握っていたマリクは涙を流して「ああ」と答えた。エルミもまた、そんなマリクを見て全てにおいてのようやくの安堵というものを感じ、やはり同じように泣くのだった。
もう二人を正義による呵責で詰め寄る者はいない。彼らは本当に自由の身となった。
しかし、このウイスタリアで生きて行くには様々な障害が圧し掛かるだろう。それもまた二人が選んだ生きる道であり、選択の果てに辿り着いた一つの結果である。新たなる二歩目を踏み出さなければならない。
とまれ、この二人の逃走劇はひとまずの終焉を迎えたのであった。