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ヴァニティ・フェア  作者: もののふいつかみ
政治色号地区『ウイスタリア』
4/10

ただその薬のためだけに

 宿に戻ってからというもの、エルミはすっかり夢から覚めて再び絶望の淵に立たされた気分になっていた。

 ここにはバッグがあるのだ。

 煌びやかで楽しかったあの僅かな時間が、まるで他人の体験を聞いたような、自分のものではない感じがした。悲しいのか不気味なのかもわからず、得も言われぬ不安を抱きながら街の明かりが僅かに届いている窓を眺めた。

 マリクは部屋に着くなり一言も話さずにシャワーを浴びにいった。気分をかえるために、彼はよくシャワーを浴びる人だった。安宿のせいか、浴室で水が床を叩く音がいやに響く。


「本当、こんなものが無ければ私達はただの人でありえたのに……」


 エルミはベッドに座り、車の時同様、子供を寝かしつけるようにバッグを撫でた。

 こんなものが無ければ、そもそも大変な思いをすることはなかったし、ウイスタリアの絢爛をまみえることもなかった。やはり自分は街に酔っていたのだと、エルミは思った。

 バッグは、戦々恐々と追手を振り切り、共に傷だらけになりながらここまで来た。

 常に触れていて、寝る時もずっと傍にいた。その生々しさといったら、アニミズムのように例え血が通っていなくても、生きているようにさえ思えてしまうのだった。

 ただそこにあったのは、愛情ではない。義務にも似た正義だけだった。


「たまにお前が羨ましく思う時があるのよ。だって、お前は何の罪もないただの道具なんですもの。作られただけ。例え生物を脅かす劇薬だとしても、それを使った人間が罪を償わなければならない。私達がなんとかそんなことはさせまいと逃げ出して、もし捕まったとしても、お前は何も気にしなくたっていい。お前はただ、どうにもできない自分をどうにかしてくれる人に付いていけばいいんだもの」


 エルミの口調は徐々に憎しみが篭っていった。


「すごく、簡単な生き方よ」


 そんなことを訴えてみる。

 しかし相手は無機質な表情を保ったまま、まるで死んだ赤子のように何を口にするでもなかった。


「はあ……、疲れた」


 遣る瀬無くなったエルミはベッドに座ったまま頭を項垂れた。


「とても、疲れたわ」脳裏に湧いてきたのは当時の記憶だった。そしてエルミは、誰に話しかけるでもなく語り出した。

「小さな研究室で、なんてことのないようにお前は生まれた。研究員達の歓喜の声に包まれながらね。私がその会社に入る何年も前から、研究室では試作と実験を繰り返していたのよ。人体実験で首を捻じ曲げながら苦しむ子供を見て、私恐怖よりもまず彼に相談したの。こんなことは駄目だ、なんとか持ちだして逃げられないかって。そしたら彼、すぐに賛同してくれて、その日のうちに精製に必要な機材を壊してお前を持ちだして逃げたの。

 本当に長かった。生きている実感なんて湧かなかったわ。だからウイスタリアに行こうって言われた時、まるでプロポーズされたみたいに嬉しかったの。悪魔でさえ立ち入るのを恐れる街なんて言われていたけど、マリクは最後まで私と逃げていてくれるんだって。ここへ来る前はお互い疲弊していたけど、私だけはどこか浮足立ってた気がする。でもいざ蓋を開けて見れば、ここは楽しい街よ。夜の騒々しさがいつまでたっても溶けない、朝日を恐れてお酒を急かす必要なんてない。不安なんて一気に吹き飛んだわ。アカリさんと話していても、私達はこの街で生きていけるとわかったの。だから本当に嬉しかった。

 でもこの部屋に戻ってお前を見た途端、私は望んでいた未来を放棄しなければならないと思ったわ。ここからはもう出られない。これからは私達とお前“三人”で生きて行かなきゃいけないのよ。これがどういうことか、わかる?」


 エルミはバッグを横目に嘲笑した。そして「わかんないわよね」と言葉を吐き捨てて、ふとその薬が人間だとしたらと想像した。

 きっと殺していただろう。

 今までも土に埋めたり、海に捨てたり、知らんぷりして街のゴミ箱に入れたり、色んなことを試そうとはした。しかしリスクが、もしもその瓶を開けてしまったらというその想像が、エルミ達の枷となって困窮の溝へと追いやっていたのだ。

 辛うじて平静を保っていられたのは、傍にあるその劇薬がモノ以外の何物でもなかったからだ。


「逆に言えば、モノであるお陰で私達はここまで来なきゃいけなかったんだけどね」


 モノか生き物か、どちらがよかったかなどと考えていると、マリクが湯気を立ち込めさせてシャワー室から出てきた。


「中々熱いお湯が出るもんだな。安宿とはいっても侮れん」


 エルミの心情も知らず、宿から借りた清潔なタオルで気持ちよさそうに頭を拭く。


「下着くらい穿いたらどうなの。ここは思った以上に寒いわ、風邪をひくわよ」

「今洗ったばかりなんだよ。替えが無い。それに、温めるためのサプリメントは飲んださ。予防医学さ、俺達の会社でも作っていただろ」


 マリクはそのままの姿で部屋の隅まで行き、備え付けられていた魔導ヒーターを調べた。部屋にあるのは知っていたが年代物で、スイッチを押しても反応が無かったのだ。てっきり故障しているものだと思っていたが。


「点くの?」

「ああ、まあ機構が古いからコツがいるが――、どうだ?」


 作動音がして、ヒーターは起動した。根気が必要だったらしい。


「……よかった。点いたのね」

「なんだ。随分疲れた顔してるじゃないか」


 マリクは先ほどの様子とは打って変わって優しく、エルミの隣に座って頭を撫でた。


「触らない方がいいわよ。変な汗かいちゃったの」

「さっきまで街を気に召して喜んでいたんじゃないのか」

「貴方だってさっきまで怒っていたじゃない。シャワーを浴びたら心身ともに洗い流されて上機嫌になったようだけど」

「そうかっかするなよ」エルミの肩を抱きながらマリクは言う。「俺達はもう、逃げなくて済んだんだ。……さっきは、怒鳴ったりして悪かった。俺もまだまだ不安だったんだ。でも宿屋のオーナーと話しをしてみてわかった。この街には俺達なんて目じゃない犯罪者が沢山いるんだ。もう奴らの手は届かない」


 マリクはベッドから立ち上がってヒーターの傍まで行き、手をかざした。


「だから安心しろ」

「……ええ」

「そのバッグの事が気になるのか?」


 エルミは頷いた。


「追々、考えればいいさ」


 ヒーターの熱も十分になってきた所で、マリクは先ほど洗った自分の服をヒーターの傍へ並べた。


「お前ももう一度シャワー浴びてきたらどうだ。上がるころには部屋も暖まってるさ」

「そうね、そうするわ」


 そうしてエルミも重い腰を上げてシャワーを浴びに行った。服も洗って、髪を梳いて。そういえば食事をしていない事に気づき、耳の遠いオーナーから貰い受けたバゲットを二人で食べた。

 暮らしをしている。暖まった部屋で、シャワー上がりに二人でパンを食べて、明日の予定なんかを考えている。故郷の街にいた頃と気持ちはだいぶ違っているけれど、それでも第一歩だった。

 ベッドに入り、落ち着いた心持でお互いの肌を絡ませた。


「まだ不安なのか」


 寝転ぶ中、マリクは低い声で囁く。エルミは心中を吐露した。


「なんだか胸騒ぎがするのよ」

「胸騒ぎ?」

「さっきの外での出来事だって、私がどうかしてた。街があんまりに活気づいていたから、それに酔ってしまったのよ。初対面の男に付いていってお茶をするなんて……」

「あの男は何者なんだ?」


 マリクはただの興味本意で訊いた。どうせ街のナンパ男か何かだろうと踏んでいたからだ。


「路地裏から男が二人出てきたでしょう。私とお茶をしていたのは赤い髪の方。アカリ……、ええっと。ルーベンス、と言ったかしら。もう一人の長身の男はわからない」

「アカリ・ルーベンス……?」


 マリクは何か引っかかりがあるのか、曇った表情を浮かべた。


「知っているの?」

「いや。だが聞いたことがあるような響きだ」

「ウイスタリアの事は知られていないことの方が多いわ、気のせいじゃなくて?」


 記憶を掘り返すのに集中しているのか、エルミの問いには答えず目を瞑った。ヒクヒクと瞼を動かし、懸命に思い出そうとする。何かがマリクを急きたてていた。その記憶を思い出せないでいると危ない、とでもいったように……。

 その内にはっと目を見開いたかと思うと、勢いよく身を起こした。


「思い、出した……」


 殆んど放心したようになっているマリクにエルミは尋ねた。


「どこで聞いたの?」

「いや、聞いたんじゃない。見たんだ。テレビで」

「テレビ?」


 エルミもゆっくりと起き上がり、動揺しているマリクを覗く。


「俺達の故郷エバーグリーン地区で、製薬部門のトップになった時、式典をやっていたのを覚えているか?」

「長年の目標だった、医学系のナンバーツーに返り咲いた時のよね。それがどうしたっていうのよ」

「あの式典でウイスタリア代表として出席していた」


 代表という言葉に驚愕する。


「まさか! 何かの見間違いよ! 私、そんなの知らないわ」

「あの日、パンフレットが大々的に配られていたのを知らないか。テレビでも紹介されなかったが、出席来賓者の紹介のページに名前が記載されていた。ウイスタリアの上層部の名前なんて、普通に暮らしていたら知る由もないからな。周りの研究者と一緒に話題にしていたんだ。“変わった名前だな”って」

「じゃあ、あの人はウイスタリアの……」


 マリクは恐る恐る口にした。


「――実質、軍事トップさ」


 言い終えると同時に、突然窓ガラスが割れた。

 思いもよらぬことで、二人とも反応が遅れ、刹那固まってしまった。


「っ!」

「なんだっ!」


 暗闇から現れたのは、アカリと共に店を出て行った長身の男だった。


「御、こんばんわ」


 のったりとした口調で男は挨拶した。腰に刀を携え、逆光になって表情は読めなかったが、眼光は不気味に光っていた。

 明らかに自分達に害成す存在だとわかると、マリクは怒声を浴びせた。


「誰だ貴様は!」

「あーどうも初めまして、鬼耀紅(きようこう)と申します。鬼、耀かがやく紅と書きます。コウとでもお呼びください」


 まるで要領の得ないコウの態度に、マリクはエルミを促して逃走の準備をした。


「何をしに来た?」

「何をしに……、そうですね、何と言えばよいか」


 腕を組み、考える。マリクはなけなしの拳銃をエルミから受け取り手に持った。エルミは乾いていた服を着て、バッグを肩から下げ、部屋の入り口のところでコウの様子を窺っていた。

 ここまでしても、その敵はそこから動こうともせず顎の無精髭を掻いていた。


「俺達を、狙ってきたのか……?」

「まあ、そうですね。それは間違いない。ここのオーナー、ボケがきてるのか話がわからないらしく。あなた方の部屋へ通してくれなかったので、すみませんが窓から失礼しました」


 コウは最後に尋ねた。


「薬を、お持ちですね?」


 その口調が重く耳に届いた。刹那怯えたが、もう取るべき行動は一つしかない。


「走れっ!」


 エルミは身を翻して部屋を出て行った。


「あ、コラ待ちなさい!」


 引き留めようとするコウに、マリクの手の拳銃が向いた。銃口は僅かに震えていたが、この距離ならば外すことはない。

 構わず引き金を引いた。

 甲高い銃声が闇の路地を抜けて行った。


 ◇ ◇ ◇


 煌めく街とは反対側、魔導灯が不気味に照らす通りをひたすらに走る。銃声が耳を劈いた感覚がまだ残っていた。布を詰める余裕が無く、身体が揺れる度に中の瓶が喚いた。ここまで来ても駄目なのだろうか。まだ自分は逃げなければいけないのか。色んな思考が働き、涙を浮かべた。

 足が痛い。

 ふと立ち止まってしまい、そこから動けなくなった。


「……マリク」


 息を整えながら、声を出してみる。あの銃声で仕留めていれば、ここまで来るはずだ。そう思いながら背後を振り返る。遠くの方に街の光がまだ見えていた。

 マリクの姿は見えない。


「どうしよう。どこに逃げればいいの……。まっすぐ、いいえそれじゃあ車を使われたらお終い。警察の目も掻い潜らなきゃ」


 首をあちこちに振って逃げ場を探すエルミ。しかし街の様子とは違い、逃げ込めるような裏路地は見当たらなかった。

 その時だ――。


「逃げるなら街の方が正解だったな!」


 闇の空から声が降ってきた。見上げてみると男が一人、魔導ワイヤーを使って華麗に下りてきた。

 赤い髪にペリドットの瞳。さっき出会ったばかりの人物だった。


「アカリさん……」


 エルミはきつい目で見据えた。アカリは紳士的な態度を改め、砕けた様子で対峙した。


「街と違って、ここらのビルはみっちりと建ってるからな。隠れる隙間がないんだよ」

「御親切にありがとう。でも一体何の用かしら。宿屋の窓を壊してまで私達を狙う理由は?」

「もちろんご存じなはずだぜ、自分達の所持品くらい把握しているだろう。何が入ってるかわからねえが、そんな大荷物持って逃げるなんざ正気とは思えねえ。そんなに大事なものなのか?」


 惚けたふりまでして、なんと嫌味な男だろうとエルミは思った。

 捨てられるなら捨てたかったと叫びたいくらいだったが、そんな事を言ってしまってはここまでの苦労が無駄になってしまう。

 かばうようにバッグに手を添えた。


「命より大事なものよ!」

「そりゃあ大層なもんだな」感心したようにアカリは言った。「そんなもんをウイスタリアにやってきてまで持ってるたあ、見上げた心意気だぜ」

「嫌味のつもり? 言っておくけど、私達は本気よ」


 そう言ってエルミが取り出したのはバトルナイフだ。やや細身ではあるものの、エルミの華奢な手には身に余る代物だった。マリクが使っていたものを持ってきたのだ。


「やめておけ、こっちは薬渡してくれればそれでいいんだ」

「なるほどね。だから私に近付いたわけ? おかしなコーヒーに自白剤でも混ぜておくつもりだったのかしら」

「いや、そんな面倒くせーことしないし」


 いやいやと手を扇いで、初めて会った時と同じく愛嬌のある顔で戯けて見せるアカリに、少し油断をした。


「では何故、私をお茶になんかに誘ったの?」

「事前調査ってやつだよ。偶然見かけたもんだから、丁度いいと思ってな。プロファイリングをベースに任務を遂行するのが基本だが、指定薬物違反ってのは各々事情がある。総じてデリケートな問題をかかえているんだよな。だから少しでも苦労は減らしたかったんだが、途中でアイツが来ちまったから結局無駄になった。でもほら、薬渡してもらえればいいわけだし」


 エルミは失笑した。


「貴方、それで本当に私達が渡すと思っているの?」

「……へ?」


 間抜けな返事でアカリは固まった。まさかこんなこと言われるとは思ってもいなかった、といった体であった。


「これを奴らに渡すつもりなんでしょう?」

「奴らって、販売元か? そりゃあだってそうするしか仕様がねえんだもんよ。他にどこもってきゃいいんだ」


 エルミは一度大きく息を吐いて、ナイフを握りなおした。やはり目の前の男は敵なのだ。この薬が巷に広まればどんな惨事になるのかも知らないのだろう。

 哀れ、無知とは罪である。


「そこをどきなさい」

「え、いやいや何言ってんの――」

「どきなさい!」


 金切り声が路地に響いた。反響は闇へと潜っていったが、静かな空間の中いつまでも鳴っているように思えた。

 アカリの碧眼はまっすぐエルミの方へ見据えた。


「どうしてもってんなら、実力行使に移るしかねえが……?」

「どけって言ってるのよ!」


 ナイフを両手で押さえ、エルミはアカリ目掛けて突進した。ゆるやかにも見えたその動作は、軍人経歴を持つアカリにとってはもはや止まって見えていた。軽やかに刃をかわし、同時に鳩尾を膝で打つ。

 エルミは内臓が抉られる感覚に襲われ、手からナイフが落ちた。


「……う」


 腹部を抱え込みながらその場に倒れた。衝撃でバッグの中の瓶が割れた音がした。


「面倒なことは起こすな。ここであまり派手にやると、問題区民摘発により統制局長殿の長ーーーーーい説教が週一で課せられるぞ。どれくらい長いのかというとな」


 アカリは怒りを思い出すようにして、意識を朦朧とさせるエルミに優しき助言を与えた。

 敵の武器は右腿に下げている拳銃、左腿には黒い塗装の投げナイフが三本。どれかに手を付ける素振りは見せない。なんと隙だらけなのだろう。

 エルミは考えた。勝機はまだある。縋るように、ナイフへと手を伸ばした。

 

「……まだ」

「――というわけで最後通告だ。薬を渡せ」


 アカリはにこやかに、これで仕事も終わったかとでも言いたげな腑抜け顔で手を出した。


「まだ、終わりじゃ、ないわ……っ!」


 こちらを笑顔で見下ろすアカリ目掛け、エルミはナイフに付いているボタンに親指を当てた。中のスプリングの留め具が外れ、一気にナイフを押し上げる。

 瞬間、刃は勢いよく飛び出した。

 距離にしてニメートル。

 射出速度に乗じて威力は高まっていた。顔面に受ければ死は免れない。この男の最後だ。

 逃げられる、その喜びを感じる刹那だった。刃はアカリの鼻先すんでの所で弾け飛んだ。遥か夜天の果てまで心地よい金属を響かせながら消えて行く……。その様子を、悲壮に満ちた表情でエルミが追った。


「……へ」

「間一髪だったな」

「あ、あっぶねー……」


 距離をとった所で、刀の鯉口切っていたコウが立っていた。

 エルミははっきりとした敗北を感じ、全身の力が萎んでいくのがわかった。あの長身の男がいるということは、マリクは殺されたのだろう。薬のビンも割れた。

 何もかもが最悪の結末を迎えたのだ。


「お前油断しすぎ」

「うるせー」

「“コイツ”が対処してくれなかったらあの世行きだったぜ」


 そう言って鬼耀紅は刀の柄頭を拳で叩いた。“春琴(しゅんきん)”と呼んでいる刀。刃が出ている状態でのみ、空間に一太刀入れることのできる魔剣だ。先ほどのバトルナイフを天まで弾かせたのも、この春琴の所業によるものだった。


「まじかよ」

「頼むから俺達の知らないところで“だけ”は死なないでくれよ」

「なんだよそれ、知ってるとこでも死にゃしねえよ」


 敗北に伏していたエルミは、バッグの中を探っていた。ビンが二つ割れている。

 流れ出た液体の他に、辛うじて瓶の底部分に溜まっているのを手に取った。

 割れた衝撃でガラス片が混ざっているのも気に留めず――。


 それを飲んだ。


「はぁ……」


 飲み干した後の口から出た吐息が血霧に変わり、視界がどんどん溶けていく。


「おい、なにやってんだお前!」


 アカリが気付いた時にはもう、彼女は人間ではなくなっていた。 

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