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ヴァニティ・フェア  作者: もののふいつかみ
色彩の魔術『スコープ・エンター』
10/10

それは我々が遺した希望

 ウサギとの戦闘を終えた時点で、事態は急速にだれた。

 敵がこちらに対して攻撃しようとしている意思が、全くと言っていいほど感じないのだ。まるで途中から放棄して勝手に帰ったような、非常に気味の悪い戦争だった。最初にセシル少佐の隊と応戦していた兵士はどこに行ったのだろうか。

 アカリは腰を下ろし、ロゼ達の様子を確認しようとパッチを使った。ウサギも片付き、葉のざわめきが風に乗って流れていく。終戦したかとも思われる状況に、事態はさらに謎を深めた。


「歩兵が消えた?!」


 予想だにしなかった事に、アカリは声を大にした。

 あれからコウとロゼは歩兵の姿を探し回った。コウは気配のする方を虱潰しに見て回り、ロゼはPCAを使って魔術反応を調べ上げた。

 二人の努力もむなしく、歩兵はその姿はおろか気配のした場所での足跡すらも見つけることはできなかった。

 ロゼから一応の報告が入る。


「魔術反応がないところを見るに、攻撃手段はこの西テールベルト・ラビットのみとみて間違いないわね。歩兵の気配はまだあるけど、確実に攻撃してこないと断言できるわ。完全に幽霊ね」

「幽霊って、それ精霊球のお前が言うの?」


 アカリは文句でも言わなければやっていられなくなっていた。

 次いでコウからの報告が入る。


「森林内に入ってから、歩兵の気配は気持ち悪いほど一定の距離を取ったままだった。まるでサッカーボードゲームみたいに、俺が動けば他の奴も一緒に連動する。だが実体が無い、気配だけが俺達を監視するように周りにあるだけだ」

「連動、……監視?」


 それはほぼ真理をついていた例えだった。

 そして次のロゼの推測を聞いて、アカリはようやく理解した。


「魔術反応を出さずにこれだけ気配を作れるとすれば、投影魔術しかないわ。たぶん敵陣地の魔術師が、隊長(、、)か誰かの兵士像を投影して作ったものだと思う。映像や気配を作るくらいなら大した魔力は必要ないし、作った後に『ネオアルゲ』が霊気を吸収してしまえば痕跡は残らない」


 してやられたとでも言うように、アカリは長い溜息を吐いた。

 不審がってロゼが尋ねる。


「どうするのよ?」

「……撤収だ」

「え、どういうこと?」


 ロゼの質問には答えず、アカリはこめかみのパッチを簡易操作して通信を切ると、今度はセシル少佐に繋いだ。

 ここに歩兵がいないのだとすれば、野営地側に回り込んでいるはずだ。普通はそうするだろう。しかし繋いだ先の様子は随分と落ち着いていた。

 パッチの向こうからセシル少佐は楽しげに言った。

 

「案外、気付くのが早かったな。さすがはウイスタリアのタスクフォースといったところか」


 鷹揚とした声に、怒りがこみ上げる。


「やってくれたな、クソ野郎」

「君達はプロファイリングを基に任務を遂行するんじゃなかったのかね?」

「ふざけんじゃねえ。最初から攻撃なんて受けてなかったんだろうが。芝居まで仕込みやがって、何が目的だ」

「……さあな、私は御身が邂逅賜ることを望むのみだ」

「邂逅……? 誰が、誰に?」

「それは時がくればわかるだろう」


 上から目線もそうだが、それよりも自分の知らないところで何かを策略されている気分がたまらなく嫌だった。

 最初から騙されていたのだ。石を投げ込みたくなるほどの茶番だ。

 しかし、両地区の戦争事態は嘘ではないはずだ。あれは正式にウイスタリアへベネシャンが申請を出したもの。誰かがそれを利用したのだ。

 ぶちギレ寸前のところで通信を切った。胡坐をかいたまま頭を垂らす。


「……ふぅ」

「お、おい、アカリ?」


 動物の勘か、怒りの脳波を敏感に感じ取ったリオンは、恐れつつも声をかけた。

 しかし反応はない。

 対応に困っていると、崖下からロゼをおぶったコウが跳んできた。きちんと、落とされたライフルをロゼが抱えていた。


「おい、結局どういうことなんだよコレ」

「……」


 アカリは黙ったまま立ち上がると、そのままリオンの肩を叩いて合図し、背におぶさって山を越えていった。帰るつもりなのだ。

 その間のリオンは悪態をつくこともなく、素直に応じていた。体格、力では圧倒的にリオンが優勢にもかかわらず、ただの人間である兄が怒り心頭していることに恐怖していた。

 説明の無いまま、放置状態のコウとロゼはそんなアカリを見送り、茫然と立ち尽くしていた。


「あれは相当キてるな」

「キてるわね、相当」


 そして横目で視線を合わせて、言った。


「……食うよな」

「もちろん、食うでしょう」


 やれやれといった様子で、二人はゆっくりと帰ることにした。


   ◇  


 ベネシャン地区区長公舎。石灰岩と大理石でできたその建物は生産の富と清廉潔白の民の象徴として、世界で使用される硬貨に描かれている。この地区が無くなれば、直ちに世界中の人々の生活が成り立たなくなり、特にウイスタリアなどの閉鎖地区には多大な影響を与えることだろう。


「元々、このベネシャンとバーントシェンナは『アンバー』という一つの工業色号地区であった」


 西日が落ち込みやや黄昏がかった客間で、ソファに座りアカリと対峙する区長ガエン・ロクドウは、優しい語り口で言った。


「しかし私の曽祖父の時代、当時はどの地区も高度成長期で、我々がフル回転で運営していても様々な問題が発生していた。神々の助言もあり、救済措置として当時の統制局長劉鳳秋(リュウフォンチュー)は地区を二つに分け、『バーントシェンナ』は経営部を、我々『ベネシャン』は生産部を担うようになったのだ」


 テーブルの上に出されたメロンソーダを、アカリはストローで飲む。目は半開きで、人の話を聞いているようには見えない。

 ガエン区長は続けた。


「今回、戦争という事態にまで発展してしまったことは、大変遺憾に思う。統制局をバーントシェンナに置いているとは言え、経営を中心とした支配的態度にどうしても納得ができなかったのだ」

「……それで、こんな茶番を?」


 飲み干したグラスをテーブルに置く。

 仲間の三人は公舎の中へは入れてはもらえなかった。管理局ならば便宜上入室できたのだが、会議の予定をアカリが強引に変更し、公舎の方へ押しかけたのだ。冷静に事態を把握したガエン区長は、アカリのみ公舎内に招き入れた。

 三人はそれでよかったと胸を撫で下ろしている。この世で何が恐ろしいかといって、アカリ・ルーベンスの地区に対しての扱い程恐ろしいものはない。それは例えるなら、モノポリーで交渉の余地なく権利書をぶんどった挙句に、それで建てた家に止まらせ相手を破産させるようなものであった。

 その例えを、アカリは人間としてではなく、地区として実行させてしまう。


「代理戦闘と相成ったが、一先ずの勝利に感謝申し上げます」

「冗談じゃねえ。テメエは地区の生産率の損失を避け、戦争を俺達に丸投げしただけだろうが。その上、エバーグリーンの介入を看過して俺達に不利益な状況を作った」

「それは誤解です」ガエン区長は厳かに否定した。「エバーグリーンはその名の通り、医学色号を与えられている地区。カドゥケウスを掲げる地区を無下にする理由がどこにありましょう」


 ガエン区長の言葉は常に真実味を帯び、それは一般(、、)という立場から見れば正義に他ならないものであった。


「……そりゃ、無下にもできませんでしょうね」


 話すに話せないアカリは肩を落として項垂れた。

 APPLEの知名度でこんな被害を被るとは思ってもみなかった。ガエン区長は薬の存在自体さえ知らないだろう。

 兵力を持たないベネシャン側からすれば、常駐している使節団のカデットに臨時協定での兵士の派遣と、ウイスタリアへ助力要請を出したことは、正当な戦争の仕方であることは間違いない。


「ウイスタリアは影の政治。表を仕切る『ヘリオトロープ』とは一切の様相が違う。あなた方が抱える問題の多くは、私の耳には入らないことでしょう。今次の戦争で何か問題が起きたようではありますが、その問題を我々が推し量ることはできません。どうか、怒りを鎮めて頂きたい」


 ガエン区長は願うようにそう言って頭を下げた。

 利口な区長だ。少なくともホワイトトードよりも、より人間の尊厳という精神を理解している。これは交渉や駆け引きなどで保たれる営利的な社会平和ではなく、生命の到達地点、言い得て妙だが、誰一人傷つかない至高の完全平和の根底を強く意志付けている、ということでもある。

 それはつまり人間をする(、、、、、)という、善悪を前提とした宗教的理解とも言えることであった。

 しかしこの時のアカリは、そんな七面倒くさい精神を考えられる余裕はなかった。


「まあ、一応依頼された通りにはやったので……」

「はい、大変ご苦労さまでございました。報酬につきましては規則通り、中央局の方へ」


 これ以上の会談は無駄に等しいと感じたアカリは、公舎を後にすることにした。


   ◇  


 帰りの列車待ち。星が散りばめられた見慣れない夜の中、アカリ達は区長の労いでベネシャンで最も高級なレストランへ食事に来ていた。

 建物全体がヤクスギという木から出来た見事な建築で、建物の景観と食事フロアの壁や天井は磨き上げられた木目が輝いているようだった。樹液の模様が美しく、金と茶の波紋が縁起の良さを呈している。


「……食べすぎじゃない?」


 ロゼが引きつった表情で言った。


「モゴ? ンゴムモゴモーゴ」

「え、何?」

「“え? そんなことねえよ”だってさ」


 円卓を同じく囲っていたコウが通訳した。よくわかったものだ。頬が許す限り皿の上の食べ物を口に運ぶアカリは、この時ばかりは人間には見えなかった。

 ロゼの対面に位置するリオンも、負けじと食らいついていた。晩飯無しの覚悟でいたつもりが、豪勢な円卓料理を前に食べていいと許しが出たのだ。しょぼくれていた胃も溌剌となるだろう。

 良く似た兄弟に対し、コウとロゼは殆ど食事に手をつけてなかった。


「モゴ、モゴゴムモゴ?」

「“ロゼ、食わないのか?”」

「私は別に、食事ってあまり重要じゃないから」

「モモムゴー」

「“うまいぞー”」

「あんたはなんでコイツの言ってることわかるのよ……」


 ロゼは手元にあった杏仁豆腐をスプーンで掬って口に運んだ。控え目な甘さが口の中でとろける。

 円卓の上には随分な料理が並んでいる。どれもこれもが手の込んだ品で、全部の値段を訊くのも恐ろしく思う程であった。


「ここって誰持ち?」

「地区持ちだってさ、区長が是非にって」

「アカリがゆすったんじゃないのね」

「ンモゴゴゴモゴムモゴモーゴゴ」

「“人聞きの悪いこと言うなよ”」

「面倒くさいから、全部飲みこんでから言ってよ」


 ロゼが杏仁豆腐を食べ終わる頃には、ルーベンス兄弟は満足した表情で食休みしていた。あれだけ食べても二人ともそれほど腹が出ていない所を見るに、もしかしたら人間ではないのかもしれない。

 コウは焼酎を飲み続け、完全に出来上がっていた。

 グラスの水を飲みながら、ロゼはPCAを起動してある画像をアカリに見せた。


「ねえ、これ何だと思う?」

「げふっ、……んえ、何?」


 画面に映っていたのは原生林でロゼが調べていた大木であった。木が避けて洞のようになっている中に『・別史跡 江・・・』という文字が辛うじて読めた。

 アカリは目を細める。


「んんー? なんだそれ、看板か何かか?」

「霊気の経過が調べられなかったから、古文書も当たってみたんだけど……。『特別史跡 江戸城跡』って書いてあるっぽいのよ」

「“ぽい”とはまた、ロゼらしからぬ発言だな」

「しょうがないじゃない、本分は植物研究なんだから。歴史については霊気から読み取れる過去事象のみなのよ」


 ロゼの探し当てた古文書は、正確には前史ガイアで普及していたエレクトロニクスを高次元で読み取ったもので、ガイア史の人間が書き遺したものではなかった。

 次元干渉による文字化けを再構築させて、ようやく読み取れたのが『特別史跡 江戸城跡』という文字であった。

 そして、この古文書にはとんでもない事実が書かれていた。


「この古文書は前史の『日本』について記されているものなんだけど……、ベネシャン地区北西部原生林、あの場所はこの時代でいう『皇居』にあたる場所なのよ」

「……」


 アカリは依然として、その妙な画像を凝視していた。


「もし霊気干渉を受けなくするために、当時の人間が叡智をかき集めてこの土地を守ったのだとすれば……」


 ロゼの口は開いたま呼吸していた。これまでわかった原生林のことを整理しているようだった。


「そうだとすれば?」


 アカリは訊いた。


「現にこうして存在している以上、この『ステラ』に当時の人間が生き残っていても不思議はない。ということになるわ」

「……そりゃあ、原種とかじゃなくてか?」

「人間の原種はいわゆる、私達亜人から先祖返りして生まれた種族よ。当時の人間という意味とは違う」


 アカリはグラスに残っていた水を少しだけ飲んだ。


「まだ憶測だろ?」

「でも実証はできてる」

「実証って」何もおかしいわけではなかったが、失笑した。「研究室での仮説がまだ済んでないだろ。お前ら研究員は疑問から仮説を立てて、実証してから正解を導き出すもんだ」


 その言葉に、ロゼも少し冷静になった。

 原生林でこの看板を見つけてからというもの、違和感を通り越して若干の恐怖さえ覚えたものである。ほぼ奇跡に近い保存状態で発見したその遺物は、前史人工物の保存の可能性という現代科学の常識を軽々と覆すものであった。

 ただその可能性を個人の見解だけで済ませてはいけない。確かにこれはきちんと順序立てて解決していく必要がある。


「……ブーゲンビリアの大学と、カデット軍事学校とも協力してもらえるよう、頼んでもらえない?」


 珍しく頼ってきたことに、アカリはきょとんとした。


「お前が直接言えば、誰も拒否らねえだろ」

「私ほら、残してる研究があるのよ。自分から声掛けといて三カ月に一遍会合に参加なんて、恥ずかしくてできないわ」

「なるほどね。わかったよ。幸いどっちにも伝手はある。俺から話をしてみるよ」


 安堵したロゼはほほ笑んだ。

 ところで時間は大丈夫なのだろうか。列車を待っている間に腹いせの食事をとっていたのだ。アカリが腕時計を見ようとした瞬間、気を利かせた店員が時間を知らせてきた。


「あのー、ルーベンス様。間もなく出発の時刻となりますが……」


 時計の針はとうに列車到着の時刻を指していた。


「馬鹿野郎! 言うのが遅……うぷ」

「……アカリ?」


 様子を窺ったロゼは、蒼白に染まるアカリの表情にぎょっとした。


「ちょっと、大丈夫?!」

「悪いロゼ、……無理」

「いや、無理って言われても」


 コウとリオンに目を向けるも、二人ともまるで使い物にならなくなっていた。

 男が全員潰れているこの状況に、ロゼは大きくため息を吐いた。


「あの、急がれた方が……」

「ここの代金、いいのよね?」

「ええ、ガエン様より了承を授かっています」


 「よし」とロゼは膝を叩いて立ち上がった。

 まず寝こけているリオンを魔術で軽くふっ飛ばし床に、次いでコウも同じようにしてリオンの上に持ってくると、その上にアカリを座らせた。酔い潰れているコウもコウだが、たらふく食べた腹の上に男二人乗っても動じないリオンもリオンだ。


「え、マジでこれで行くの?」

「他にどうしろってのよ」


 準備が整うと、ロゼはスコープエンターを補助に使って両腕で持ち上げた。円の色は緑、大気と草木(そうぼく)翡翠(かわせみ)の羽翼の象徴であった。

 大の男三人分を一人の少女が軽々と運んでいく姿は、それはそれは異様そのものであった。目の当たりにした通行人は思わず立ち止り、所々に声援を送った。

 駅前までくると完走を褒め称えるかのように、ランで作った花飾りを頭に被せられ、その綺麗な土産にロゼも思わず微笑んだ。

 そうしてなんとか駆け込みで列車に間に合った一行は、一先ずウイスタリアへ帰還することができたのであった。

小説家になろう様での活動は、この【色彩の魔術『スコープエンター』】の章で終了といたします。

今後はカクヨム様での執筆がメインとなりますので、中途半端にはなりましたが、ご了承ください。


尚この『ヴァニティ・フェア』の執筆は、これからもカクヨム様で続けていくつもりでございます。

読者様からの感想等、頂けましたら大変嬉しく思いますので、よろしくお願いいたします。


尚、こちらでの活動停止に合わせまして『ヴァニティ・フェア』は完結といたします。


2017/05/08  もののふいつかみ

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