ある日のワタシ
何となく一本投下
「騒がしいねウルモア。そんなに息巻いていると不審者として扱わせてもらうけど」
一階がやたら騒がしいと思ったらこれだ。片手にコーヒーを持ちつつ、ワタシは階段を降りていく。
「おお、ロンリー! 今な、この少年に私の偉業を話してたところだ」
彼はワタシの姿を見るや、普段からは想像もつかないような動きでワタシの背後に隠れてしまった。
ウルモアは世界を旅する冒険家であり、世界中に存在する危険な場所をこよなく愛する人間である。そんな刺激を限りなく求めていくウルモアに惹かれるものがあるのか、外で彼とばったり遭遇してしまった時などは、大抵周りに女性が数人。それも大層な美人が。
彼がウルモアに怯えるのも仕方が無いだろう。ワタシも彼とこうして話せるようになるまでかなりの年月を要したし、こんなギラついた人間を前にした時の恐怖と言ったら……いや、変わらないか。いつだったかミリヤの所へ行った時も怯えていたし。
「危ない話をこの子にしてくれるのは全然構わないがね、ウルモア。あまり怯えさせてくれると少しばかり折檻させてもらうからね」
ワタシはコーヒーをテーブルの上に置き、ウルモアの前にどっかりと座った。
「さて、君の偉業とやらを話してもらおうか。ついでにどうしてここに来たのかもね」
単純に目立ちたいなら娼館でも行って、女性共に語ればいいだけなのだから。わざわざこんな所にくる必要はない。
その言葉を待っていたとばかりにウルモアが傍らのバックから地図らしき紙と、メモ書きのような神を取り出して見せた。
「これは俺が購入した地図だ。その値段何と金貨千枚……いやあ流石に俺でもこれは厳しかったね。何とか他の人からも借りて、買ったんだが」
他の人と言うのが誰なのかは前述のとおりだろう。
「極東にある極寒の地を知ってるよな? 何でも生物が生きられない程寒くて、一説では時間も止まるほどだとか」
「まあ後半については誇張にも程があるけどね」
「ああ。で、だ。これを見てくれ……ああこのメモ書きな」
ついにこの大陸に足を踏み入れた。今は洞窟で事なきを得ているが、寒い。震えが止まらない。防寒対策に持ってきたモノも、どうして役に立たない。
水も食料も駄目だ。とてもとても溶かせそうにないし、この吹雪では火も消えるだろう。やはりこの地に足は入れるべきではなかったかもしれない。脱出は試みるが、無事である可能性は低い。
でも丁度いい。俺が集めた財宝をここに隠しておけば、誰も手に入れられない。俺の財宝は俺だけのモノだ。そうだ、それがいい。もしも脱出に成功したら、この財宝を取り戻しに行こう。失敗しても財宝は永遠に俺の物だ。
冒険家 リグシュ
ワタシは顎に手を当てて頷いた。
「この文面を見る限りだと、あの大陸にはこの冒険家の財宝が眠ってるらしい! おまけにリグシュは、大先輩の大先輩。世界で最初に有名になった冒険家だ! 死体も行方不明、財宝も行方不明。だが、この地図には財宝の場所が書かれてるじゃないか!」
成金にやたら低能が多いのはこういう事かもしれない。ウルモアは決して馬鹿ではないのだが、何というかこういう反応を見ると……悲しくなる。
普段の彼ならば絶対に気づく筈なのだが。
「なあウルモア。私の知る限り、君は決して馬鹿じゃない筈だ。おかしいと思わないのか? あそこは絶対零度一歩手前の、そもそも大陸として破綻してる場所だ。どうして冒険家が入れた?」
「……確かにそれは思った。リグシュが死んだのは百年以上前だしな。今更こんなあからさまなモンが見つかるのはおかしいって。だが! このメモ書きに使われているインクは百年以上前のモノだ! そしてこの地図も紙質から百年以上前だと判明した! 本物である材料はもう完璧に揃ってるんだ!」
「ねえ先生。やっぱりこれって偽物だよね」
彼の一言にウルモアの動きが凍り付いた。少し心配なので助け船を出しておく。
「何だ、君も気づいたのか」
「―――どういう事だ」
流石に黙っていられないのかウルモアが死んだ目つきでこちらに尋ねてきた。金貨千枚も払った価値があったかと言えば無い。実際ウルモアに言われてる言葉はこれと同義なので反応自体は自然……むしろ抑え気味か。
「まず、だね。百年前に主に使われていたのは羊皮紙だ。今の紙は高額だったからね。冒険家のリグシュがそんな高級品を使うとは思えない。そして水も食料も凍ってるというのに、インクだけまともに機能するって事はありえない。それを抜きにしても文字自体にも震えがみられないし、震えを抑えていたにしては全然筆圧も無いし……そもそもこれってどこで見つけてきたんだい」
「掘り出し屋の所だ……ほら。メインストリートの端っこの」
「ああ。だったらこれは偽物だね。君をいい金づるだと思ったんだろう。捕まえに行くなら早くしたほうが良いよ、お金がそのまま奪われても私は知らないからね」
それから数十分。怒り狂うウルモアと共にワタシ達は掘り出し屋の主人へと突撃。主人はあっさり自白した。
「助かったぜロンリー! おかげで俺は死にに行く所だったッ」
「まあ友人として止めるのは当然の事だよ。まして行く場所が場所だしね」
街を十字に分かつプランスト公園。その噴水近くのベンチにワタシ達三人は腰を下ろしていた。何故か報酬として金貨が五十枚も貰えたのは、良い意味でリスクとリターンが合っていない。
「俺がお前の所に来たのはな、本当はお前も誘うつもりだったんだよ。ほら、お前ってなんか洞察力高いだろ? だから一緒に行けばもしかしたらって思ったんだ」
「そんな傍迷惑な事をしようとしてたのか。全く君ときたら罪深いね」
事実だけを総合すれば、ウルモアはワタシを道連れにしようとしたのだから。
ウルモアは立ち上がって、声を張り上げた。
「―――さて。今日のお詫びだ。飯に行こうぜ!」
「へえ、いいね。でも男だけってのもむさくるしいけどね」
「お、お前ちゃんと男だったんだな。分かった。俺の力を使えば数人くらい女性を」
「それには及ばないよ。私が呼んでおくから」
複雑そうな表情を浮かべているが、そんな者に囲まれてしまうのは彼に毒だ。それにワタシもそういう状況に慣れている訳ではない。
ウルモアなりの誠意なのだろうが。
「勘違いしないでくれ。只君の周りの女性には警戒心を抱いているだけだ。もしかしたらナイフを持ってるかもしれないだろ?」
「はあ? まあお前が警戒心強いのは分かってたが……じゃあ何だ? もしかしてお前に、心を許した友人がいるっていうのか? それも女性で」
この後ワタシ達三人はミリヤを誘って共に外食する事になったのだが、それはまた別のお話。