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1-9 生ける屍

「カラスさん……」


 あれからしばらく経ったが、カラスの姿は森から出てこない。

 魔物の気配が消えて冒険者たちは一息ついているが、スズメは気を抜くことなく森の方を見つめている。

 さきほどから森の奥で激しい戦闘音が聞こえてきていたのだが、今はもう聞こえない。


「やつらが……やつらが来る……!」


「……」


 スズメのとなりには、縮こまっているガルドがいる。

 全身には無数の傷があり、その表情はどうやら怯えているようだ。

 ガタガタと身体を震わせており、ひたすら何かをつぶやいていた。

 

 そして静かになった森から、何者かが姿を現す。


「――――ん、みんな無事か」


「か……カラスさん!?」


 森から出てきたのは、カラスであった。

 その肩にはロープで縛り付けられたリリィと、ずるずると引きずられているナデシコの姿がある。

 カラス自身は傷を一つも負っていないが、他の二人はズタボロであった。

 その中で、ナデシコの胸元の傷が一番ひどい。

 もはや心臓に到達しているであろうほどの深い傷。

 血は流れ切ってしまったのか、もはやそこから血は出ていなかった。


「その人たちは……」


「ああ、どうやら闇ギルドの人間らしい」


 カラスは引きずっていたナデシコの死体を放り投げ、担いでいたリリィを地面に落とす。

 その様子は彼の真っ黒な姿と相まって、まるで悪魔を思わせる。


「襲ってきたから、とりあえず一人は討伐した。もう一人は話を聞き出すために生かしてある」


「そんなさらっと言うことなのでしょうか……」


 カラスが闇ギルドと発したことにより、周りにいた冒険者たちが集まってくる。

 それぞれカラスと闇ギルドの二人を見て、恐怖の表情を浮かべたり憧れを抱いた表情を浮かべているようだ。

 少しだけカラスは誇らしげな表情になる。

 

「うむ? そう言えばなぜまだこんな所にいるんだ? 街に行くはずだろ」


「じ、実は……まだ山の方の人たちが帰ってきてなくて……」


「山?」


 カラスは山の方を見るが、誰一人として下りてくる気配がない。

 

「下りてきたのは……」


 そう言って、スズメはガルドの方を見る。

 カラスは気づく。

 ガルド以外の『野犬の縄張り』の人間がいないことに。

 

「『鳥の巣』! やっぱりあんたは生きてたか……」


「うむ?」


 振り返ると、そこには先ほどスズメと一緒に逃げた冒険者がいた。


「ギルド『暁の猫』のシロってもんだ。あのときは助かったよ」


「うむ。今の状況は?」


「今してた話の通り、山に行ってた連中が帰ってこない。向こうは魔物の被害はなかったみたいだが、なぜか帰ってきたのは『野犬の縄張り』のガルドだけだ」

 

 そう言って、シロはガルドを差す。

 山へ向かった冒険者たちは、他に一人としていない。


「退却の指示は?」


「何人かが山に入って呼びに行った。けどそいつらも帰ってこない」


「ふむ……」


 山の方は恐ろしく静かだ。

 まるで何かが息を潜めているかのように思える。

 声も物音もよく聞こえないが、カラスはふと思いついて息を思いっきり吸った。

 すると、カラスの鼻が微かな臭いを感じ取る。


 腐乱臭だ。

 

 風の影響でよく分からないが、どこからか腐乱臭がする。

 まず見たのは森の中。

 冒険者やカラスが殺した魔物の死体は、そのまま放置されている。

 だからと言って、これほど早く腐乱するわけがない。

 辺りを見渡していると、縮こまっていたはずのガルドの声が大きくなってきた。


「来る……やつらが!」


 ガルドは山の方を見ると、何かに怯えた様子を一層強めて立ち上がる。

 そのまま一目散に退却予定だった街の方へ駆け出してしまった。

 

「な、何なんでしょう……え?」


 呆然とガルドを見送ったスズメが山の方を見ると、麓に人影が下りてこようとしているのが視界に入った。

 ふらふらとおぼつかない足取りの男だ。

 格好は冒険者で、ここにいる何人かは気づく。

 クエストに参加していたどこかのギルドの男だ。


「戻って来たか!」


 同じギルドの仲間だろうか。

 麓で待っていた数人の冒険者が男に駆け寄る。


「心配したんだぜ? 他のやつは――――」


「……ウゥ」


 近づいた冒険者たちの間から、カラスはその男の姿が見えた。

 そして理解した。

 理解したときには、カラスは珍しく声を張り上げていた。


「逃げろ!」


「――――え?」


「ガァッ!」


 男が仲間らしき冒険者に、突然跳びかかった。

 押し倒された冒険者は一瞬硬直し、男に行動権を移してしまう。

 次の瞬間、男は大きく口を開き、冒険者の首元に噛み付いた。


「うっ――――わぁぁぁぁあ!」


 血が近くにいた仲間の冒険者たちに飛ぶ。

 あまりの衝撃に、誰もその場を動くことが出来ない。

 この光景に、理解が追いつかない。

 仲間が、仲間を食べようとしている(・・・・・・・・・)

 止めなければいけないはずだ。

 そう思って動き出そうとして、気づいてしまう。

 今動き出したんじゃ、到底間に合わないことに。


「やっ!」


「ガッ――――」


 そんな範囲的硬直を打ち破ったのは、一本のナイフだった。

 スズメが受け取った、黒光りするナイフである。

 それが男の脳天に突き刺さり、その身体機能を停止させた。

 投げたのも、もちろんスズメである。

 強き者に怯える日々を送っていた彼女の武器は、その研ぎ澄まされた危機察知だ。

 スズメの本能が判断した。

『アレ』は早い内に始末しなければならないと。


「ぐっ……ああ……」


 首元から血を垂れ流す冒険者は助けだされ、他の冒険者に治療魔法をかけられている。

 スズメとほぼ同時に動き出していたカラスは、一番山に近い位置に立った。

 それは他の冒険者たちを庇う形である。


「来るぞ」


 カラスがそう言うと、静かなはずだった山の中から、ゆっくりと人影が下りてくる。

 それは仲間に噛み付いた男と同じようにおぼつかない足取りで歩いており、どれも顔面蒼白。

 近づいて来ているため気づいたが、全員が山に探索に入った冒険者であることが分かる。

 その異様な光景は、まるで死人を無理やり動かしているように思えた。

 さらに、どうやら腐乱臭は彼らから香ってきているようだ。


生ける屍(リビングデッド)か」


 ちらっとスズメが倒した冒険者の方に眼を向ければ、その背中には深い切り傷がある。

 明らかに致命傷だ。

 その傷口からは血が出ているものの、もはや変色してドロドロした肉塊を地面に落としている。

 身体の中から腐っているようだ。

 生ける屍は、特殊な魔術により動いている死者のことである。

 分類上は魔物に属し、対象の身体は魔術の副作用により急激に腐る。

 力は強いが、動きが鈍いために討伐しやすく、ランク自体は低い。

 しかしそれが何十体という単位になった瞬間、そのランクは跳ね上がる。

 

「くっ……こんなにいるのかよッ!」


 一人の冒険者が、生ける屍目掛けて矢を放った。

 それは真っ直ぐ生ける屍のもとへ飛んでいき、その心臓を穿つ。

 そのまま後ろに生ける屍は倒れた。


 ――――かに思われた。


「アァ……」


 生ける屍は何事もなかったかのように立ち上がり、再び前進を始める。

 胸元に矢を生やしているが、気に留める様子がない。

 それがまた気味の悪さを駆り立てる。


「うむ、やはり面倒くさい体質だ」


 生ける屍の武器は、この生命力だ。

 確実に仕留めるには、身体に命令を出している頭を破壊するしかない。

 人の尊厳を守るためにも、生ける屍は発見次第全滅させることが義務づけられている。

 

(他の連中――――はダメか)


 カラス以外の冒険者たちは、生ける屍を見てたじろいでいた。

 生ける屍は滅多に会う魔物ではない。

 初めて出会うような人間も多いのだろう。

 数時間前まで普通に話していた連中が、今は死体となって弄ばれている。

 後ずさりしてしまうのも無理はない。


「スズメ、行けるか?」


「は、はい……!」


 カラスが他の冒険者と同じように動揺していたスズメに声をかけてみると、駆け寄ってきてダガーを抜く。

 怯えている様子だが、戦う意志が見える。

 生ける屍の鈍い動きは、『盗賊』スタイルのスズメにとって相性がいい。

 数を減らすのに一役買ってくれるだろう。

 スズメもそれを分かっているため、先の戦いで逃亡するしかなかった雪辱を晴らすためにも戦う道を選んだ。

 そして、カラスとスズメには他にも戦える理由がある。


「仲間がいないことが、こんなときに有利に働くとはな」


 死んで悲しみを覚えるほどの仲になった存在がいない。

 だからこそ、無慈悲に剣を振るうことが出来るのだろう。

 

 皮肉なもんだ――――。


 そう吐き捨てるようにつぶやき、カラスは生ける屍の大群に突っ込んでいった。


◆◆◆ 

「……あの男、でたらめな強さ」


「ね。とにかく動きを封じてないと、マスターの脅威になるかも」


 生ける屍に突っ込んでいくカラスの様子を、少し離れた場所から眺めていた者たちがいた。

 二人ともローブのフードを深く被り、顔はよく分からない。

  

「ネクロちゃんのお人形たち(・・・・・)で倒せるといいね」


「多分無理……」


「えー?」


「だから、ルーの力が必要」


「私? さすがにあの人と一対一は辛いよ?」


 ルーと呼ばれた方がそう聞くと、ネクロと呼ばれた者は首を横に振る。

 

「大丈夫、まともに戦う気はない。他にやることがある」


「でもそのためにはやっぱりあの人と――――」


 その言葉をルーが言い切る前に、ネクロに口に指を当てられて黙らされる。

 ルーは少し不満そうに、ネクロの顔を覗き込んだ。


「安心して。もう仕込みは終わってるから」


 そう言って、ネクロはフードの下で不気味に口角を釣り上げた。

 

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