1-7 殺戮
「ふふっ、もっと暴れなさい……私の子どもたち」
「相変わらず悪趣味だな」
冒険者たちが探索していた山の一角に、二人の女の影があった。
二人は麓の森の中の惨状を見て話している。
「あの子たちの可愛さが分からないの!? 可哀想な人ね!」
「ナデシコの愛すべき対象はマスターのみ。他のものへの関心はない」
「私だってマスター一筋よ! でも愛しの人と愛でる物は違うのよ」
「そういうものなのか? リリィの感性はやはり分からん」
ナデシコと名乗った東の国の『キモノ』と言う服を着た女は、帯刀した刀を落ちないよう押さえながら木から下りる。
リリィと呼ばれたドレスのような服を着た女は、そんなナデシコに対してため息をついた。
「もう少し剣とマスター以外にも関心持ちなさいよ。マスターとの会話で困るわよ?」
「いらぬ。ナデシコはマスターの側にいられるだけで幸せだ」
「はぁ……まああなたはそう言う人よね」
二人がそんな会話をしていると、近くの茂みが揺れる。
何やら騒がしい一団がこの場に来ようとしているようだ。
「ちくしょう! あの黒ずくめ野郎め……ぜってぇぶっ殺す」
「が、ガルドさん! 待ってくださいよ!」
「うるせぇ! おせぇお前らがわりぃんだよ!」
茂みから出てきたのは、ガルドとそのギルドメンバーたちであった。
彼らは茂みの先にいたリリィとナデシコと目が合う。
「んだ? てめぇらこんなところで何してんだよ。冒険者? ……じゃねぇな」
「ガルドさん! もしかしてこいつら闇ギルド――――」
「ナデシコ、あなたの獲物よ」
リリィがつぶやく。
すると次の瞬間、首が一つ地面に転がった。
今の今までしゃべっていた男の首だ。
目の前で仲間のあっけない死を目撃して、ガルドたちは戦慄する。
「下賤で下品な男どもを我が太刀で斬り裂きたくはないが……マスターのためだ。あのお方の敵はすべて排除する」
「か、構えろてめぇら!」
未知の脅威が、『野犬の縄張り』に襲いかかる――――。
◆◆◆
「カラスさん!」
「少し下がれ、スズメ」
カラスはスズメを少し後ろに立たせておく。
こちらに向かってくる魔物の様子を確認したところ、どうやら様々なランクの魔物で構成されているようだ。
赤い巨体に棍棒を持ったオーガや、三つの頭があるケルベロス。
女体と蛇の身体が融合しているナーガや、火を吐く巨大トカゲ。
他にもランクの低いゴブリンやスライムの姿もあるのだが、数が相当多いため脅威には代わらないだろう。
数が数なだけに、スズメの相手としては荷が重い。
「とりあえずさっさと片付けないと……」
カラスの目的は、このクエストで活躍して新たなギルドメンバーを集めることである。
だからこそ死者を多数出すことは避けたい。
それだけ入ってくれるかもしれない人間が減るからだ。
背中から大剣を取り、こちらへ駆けてくる魔物を見据える。
「はっ!」
そして横薙ぎに一振り。
豪快に振られた剣は正面のオーガたちの首を刎ね、その奥にいたケルベロスの頭部を切り裂く。
頭部を失ったオーガたちは地面に倒れ、ケルベロスたちは口の中を切り裂かれて物が噛めなくなる。
さらに一振りすると、ナーガの胴体が女体と蛇に分かれ、トカゲの身体も前と後ろに分かれた。
「い、一撃で……」
「進むぞ」
大剣が振られるたび、いくつもの魔物の命が消し飛ぶ。
スズメなら死闘を繰り広げるであろう魔物たちを、カラスは片手で薙ぎ払っているのだ。
呆然としながら走るスズメを連れ、カラスは冒険者が逃げる方向と逆に進む。
「退却だ! 退却しろ!」
冒険者たちに指示を出しながら逃げてくる者がいる。
ランクの高いギルドの人間らしい。
カラスはその人間に声をかけた。
「状況は?」
「あ、あんたは! ……突然魔物が押し寄せてきたんだ。不意を突かれて奥にいた連中が何人かやられた。ひとまず近くの街に退却しようと思う」
「分かった。それで、どれだけ時間を稼げばいい?」
「な、何言ってんだあんた!」
カラスは大剣を振り回しながら、彼の前に出る。
「全員が退却するまでにどれだけかかる?」
「五分……いや、十分だ! 持ちこたえられるわけないだろ!?」
「いいから、死にたくなければさっさと逃げろ」
「カラスさん! 私は……」
スズメが自分のすべきことを聞こうとすると、カラスは彼女を見ずに片腕で大剣を振るった。
すると、高速で接近してきていた魔物たちが一瞬で蹴散らされる。
「スズメ、お前はそいつと一緒に退却だ。この場はお前にとって不利でしかない」
「は、はい……」
「あ、あんたにこんなこと言うのも無粋かもしれないけど……どうか生き残ってくれよ!」
「……うむ」
二人は声を張りながら、その場から離れて行く。
退却という声に、応戦する様子を見せていた冒険者たちも踵を返して走り始めた。
それが広がっていき、ほとんどの人間がカラスの横を抜けていく。
残ったのは、死体と魔物だけだ。
(すごい。俺冒険者っぽい)
魔物たちに標的にされたこの状況で、カラスは呑気にそんなことを考えていた。
今まで仲間と言う存在がいなかったカラスにとって、他人のために戦うなどという行為は初めてなのである。
それが少し嬉しい。
ちょっと口角が釣り上がっているのがその証拠だ。
「よし、頑張ろ」
そんな軽い言葉とともに、カラスは魔物たちを睨みつけた。
次の瞬間、辺りの空気が一変する。
カラスのもとへ向かって来ていた魔物たちも、足を止めた。
◆◆◆
「……」
スズメは他の冒険者に混じって走っていた。
もうすぐ森を抜けるにあたって、追ってくる魔物の姿はない。
ただそれでも後ろを確認してしまうのは、彼が追ってくるかもしれないという淡い希望を抱いているからである。
ギルドは違っても、今このクエストの間は二人はチームなのだ。
実際、スズメだけはあの場に残っておくべきだったかもしれない。
しかし――――。
(震えが……止まらない……!)
圧倒的な数の暴力。
命を慈悲なく蹴散らすであろうあの軍団に、スズメは恐怖を抱いていた。
おそらく、あのまま残っていれば、魔物どもに囲まれて四肢を引き千切られていただろう。
そのまま食われ、死体すら残らない。
そんな妄想が頭の中を支配すると、もうスズメが立ち向かえるわけがなかった。
「森を抜けるぞ!」
少し俯いて走っていると、他の冒険者が叫ぶ。
それと同時に、この場にいる全員が足を止めてしまうほどの寒気に襲われた。
恐る恐る振り返るが、そこには何もいない。
森の一番奥。
そこで、圧倒的強者が戦闘態勢に入ったのだ。
魔物の気配よりも巨大なその気配を背に、スズメはただ立ち尽くすしかなかった。
◆◆◆
そこには殺戮があった。
命が無慈悲に消えていく。
魔物たちは彼を無視して通ればいいだけのはずなのに、なぜか無視することが出来ない。
本能が叫んでいる。
ここでこの男を倒さねば、種が滅ぶと。
自分の命に変えてでも彼を倒さねば、根絶やしにされてしまうと。
「さっさと来い」
カラスは飛びかかってきたケルベロスをまとめて蹴散らしながら、他の魔物たちを挑発する。
それによってオーガは棍棒を振り上げ、トカゲは火を吐く。
「せい」
だが、カラスには通じない。
大剣を振り回すだけで、その斬撃が、風圧が、魔物の身体を切断し攻撃を吹き飛ばす。
ゴブリンのような弱い魔物はそれだけで地面を転がり、近くで攻撃の機会を探っていたナーガは巻き込まれて絶命した。
一人対多数。
この時点で、魔物は圧倒的に有利である。
たかが人間一人など、すぐさま蹴散らせる――――はずだった。
「悪いが、ここを通すわけにはいかないんでな」
カラスは魔物の大群を睨みつけながら言った。
仲間と呼べる人間がなかなか出来ないカラスにとっては、この状況は新鮮そのものなのである。
冒険者になった当時、入団させてくれたギルドがあったのだが、貢献しようとして張り切った結果「ついていけない」と言われて追い出された。
魔物が街に押し寄せてきたときは、全体の半分くらいを一人で倒しきったものの打ち上げに誘われなかった。
ギルド入団希望者が来たときは、カラスの顔を見ただけで逃げてしまった。
そんな過酷な日々をくぐり抜け、ついにカラスはこの場に立っている。
仲間のために戦えるこの瞬間を、カラスはずっと待ちわびていたのだ。
「俺にかかってくる分には、ウェルカムだぞ」
そう言って大剣を振るうカラス。
それからほんの数分の間で、魔物の数は半分近くまで減ってしまった。
辺り一帯に死体の山が築かれ、血の海としか言いようのない空間が広がっている。
ここに来て、ようやく魔物たちの頭に『逃走』の言葉が浮かんできた。
しかし、それは彼らの意志ではない。
とある者から埋め込まれた、偽りの意志である。
「私の子どもたちがここまでやられるなんてね……」
「想定外だな」
「うむ?」
魔物たちが一斉に反対方向へ逃げていくのを呆然と見ていると、カラスのもとに歩み寄ってくる人間がいる。
二人の女だ。
彼女らはそれぞれ肩にギルドマークらしき刺青を入れており、不気味な魔力を漂わせている。
カラスは直感で分かった。
この二人は、闇ギルドの人間であると――――。
「私の子どもたちを殺したあなたは許せないわ……闇ギルド『百鬼夜行』のリリィの名にかけて、あなたを殺す!」
「同じく闇ギルド『百鬼夜行』のナデシコだ。貴様のその腕、ここで摘ませてもらおう」
「そっちから来てくれるとはな」
カラスの戦いっぷりを見ていた二人は、彼を冒険者の中の最大戦力と見なして姿を現した。
ここでカラスを野放しにしておく方がまずいと判断したのだろう。
それはカラスにとっても好都合である。
「ギルド『鳥の巣』のカラスだ。事情はともあれ、まずはお前たちから取り押さえさせてもらうぞ」
カラスは大剣を突きつけながら、二人の女にそう言った。