1-5 俺の連れ
「あ、もうみなさん集まってますね」
二人が到着した頃、まだ15分前だというのにかなりの人数が門の前に集まっていた。
モンスターや山賊から街を守るための外壁につけられた門の近くには、やはりクエスト受注所の人間がいる。
そのうちの一人と、カラスは眼が合った。
「カラスさん! 仲間は見つかりましたか?」
「うむ。えっと……」
「……ハトナです、いい加減覚えてください」
眼が合った人物は、いつもの受付嬢であった。
駆け寄ってきた彼女の名前が、ハトナだと言うことをカラスは思い出す。
「すまない。人の名前を覚えるのは苦手なんだ」
「まあいつものことですし、気にしてませんよ。それより仲間はどうなりました?」
「俺はもうひとりじゃないぞ」
そう言って、カラスはスズメを前に押し出す。
スズメは少し緊張した様子で、ハトナに向かって頭を下げた。
「あ、この前はお世話になりました!」
「ああ、スズメさんだったのですね。あなたであれば私としても二重の意味で安心です」
そう、スズメこそが、カラスのせいで参加出来てしまった不幸な探索者なのである。
本来複数参加の予定であったスズメは、一人になった時点で大人しく帰ろうとしていた。
しかし、その前にカラスが一人参加の例を作ってしまったがために、参加するはめになったのだ。
ちなみに大規模クエスト以外のクエストにも言えることなのだが、依頼を受けて破棄する場合はキャンセル料がかかる。
「これならスズメさんの安全も保証されますし、カラスさんを見張る役目を任せることも出来ます。助かりました」
「見張る……?」
そんなことされる覚えがないカラスであるが、自覚がないだけさらに質が悪い。
まだ一時間の付き合いではあるが、その辺りはスズメも理解し始めていた。
この男、周りに誰かいないととんでもないことをやらかすに違いないと。
「もうすぐ捜索範囲の割り振りが行われますので、門の近くにいる職員に出席を報告してください」
「うむ。分かった」
ハトナにそう言われ、カラスは門の下へと向かう。
それを見送ったハトナは、小さくため息をついた。
「はぁ、いつもこうして誰かと行動してくれれば、私としても安心なんですが……」
「カラスさんって……いつも一人なんですか?」
「ええ。日常はともかく、クエストのときはいつも一人です。皆さん彼と一緒に仕事をしたくないみたいなんですよ……まあ、気持ちは少し分かりますが」
少し寂しそうなハトナの感情を、スズメは何となく理解した。
スズメも、これほど切羽詰まった状況でなければ話しかけすらしなかっただろう。
実際、接触してみてもカラスの内面は謎だらけである。
ただ、読めない。
何がしたいか、何をしようと思っているのか、それを読み取ることが出来ないのだ。
命のやり取りが多い冒険者にとって、そんな人間に命を預けると言うのは不安で仕方ないだろう。
「……根は本当に優しい方ではあると思うんですけどね。なかなか理解されな――――」
「おいおい! このクエストに不釣合いのやつがいるぞ!」
そのとき、ハトナの言葉を遮る形で、大柄な男が数人近づいてくる。
山賊と言われても信じてしまうような風貌だ。
先頭のスキンヘッドで大剣を背負っている男がリーダーのようで、彼が止まると後ろの男たちも足を止めた。
「おいおい受付嬢さんよォ。この小娘ってどう見ても一人だよなァ? このクエストって三人からしか参加出来ないはずだろうが。おかしいよなァ!?」
「……『野犬の縄張り』のガルドさん……このクエストは一人での参加も可能になったのですよ。彼女は正規の手続きを踏んで参加しています」
「へっ、そうかいそうかい! じゃあ言い方を変えるぜ。なんで精々Cランク程度の小娘が一人で参加してんだァ? アァ!?」
「きゃっ」
ガルドと呼ばれた男が、スズメの頭をわしづかんで揺らす。
それによってスズメは小さく悲鳴を上げた。
『野犬の縄張り』は、最近この街に来た冒険者たちで構成されているBランクのギルドである。
結成して早々に成果を残し、あっという間に確かな地位を獲得した実力派だ。
序列は五十位までしかないため入ってこないが、Bランクは決して弱いギルドではない。
いや、凄まじい速さでBランクに到達したことから、実力自体はさらに上の可能性もある。
対してスズメの『小人の穴蔵』は、Cランクのギルドだ。
弱小ギルドと言うわけではないが、この集団の中ではおそらくもっとも立場の低いギルドである。
「やめてください! これから共にクエストに挑む仲間ですよ!?」
「こいつが仲間ァ? こんな小娘がいたら足引っ張られるだけじゃねぇか!」
ガルドはスズメを地面に叩きつける。
受け身を取ることには成功したスズメだが、全身の鈍い痛みに顔をしかめた。
「頼むから帰ってくれよォ、目障りだからよォ!」
ガルドが見下すように言うと、他のギルドメンバーたちは下品な声で笑う。
スズメは言い返すことが出来ない。
自分の実力では、この男たちに敵わないことを悟ってしまっているからだ。
冒険者の世界は、良くも悪くも実力社会。
弱きは罪なのである。
小さき者は、大きな者の影に隠れて縮こまれ。
それがスズメにとっての常識だ。
そこまで卑屈になってしまっているのは、彼女がこう言う状況を何度も味わったからである。
こういうときは、ジッとしているのが一番。
そのうち大きな者たちは、飽きて離れて行く。
今回もそのはずだ。
スズメはいつものように縮こまり、そのときを待った。
しかし、そのときが来る前に別の声が響く。
「おい、うるさいぞ」
「アァ!? 何だテメェ」
「か、カラスさん……?」
彼らの後ろに、カラスは立っていた。
どうやら出席確認を終えてきたようである。
『野犬の縄張り』のガルドたちは、カラスの登場を青筋を浮かべながら出迎えた。
そんな男たちの間を、カラスは通り抜ける。
そのまま地面にへたり込んだスズメに手を差し出した。
「どうした? 立てるか?」
「は、はい……」
スズメはその手を取って立ち上がった。
ハトナはカラスが戻って来てくれたことで胸を撫で下ろす。
「んだテメェ? ヒーロー気取りかよ」
「いや、スズメに用があるだけだが」
「なら今俺たちが先にお話してただろォ?」
「そうなのか?」
カラスはスズメの顔を覗き込んで聞く。
スズメは怯えたように首を横に振った。
なぜ怯えているかなど、察しの悪いカラスには分からない。
ただ、この男たちがスズメの敵であることは分かった。
「スズメに用があるなら、その連れである俺がいても問題はないな?」
「あ? そうか、テメェもこいつと同じギルドだったか」
「……うむ?」
「なるほどなるほど、んじゃ俺たちに文句があるってわけだ。いいぜぇ、冒険者は喧嘩で白黒つけんだろ?」
「あれ、もしかして話聞いてな――――」
カラスが最後まで言い切る前に、男のでかい声が辺りに響き渡る。
「おいテメェら! 今からおもしれぇもん見せてやるよ!」
その声に、ざわざわと冒険者たちの視線が集まってくる。
それに気を良くしたガルドは、さらに大きな声でまくし立てた。
「これからクエストに挑むテメェらのために、血が沸き立つような暴力を見せてる! 血気盛んに行こうじゃねぇか!」
冒険者たちは、いい意味でも悪い意味でもノリのいい連中である。
喧嘩一つで盛り上がることだってしょっちゅうだ。
だから今回も、喧嘩を見ることで気持ちを昂ぶらそうとした。
――――しかし、喧嘩を急かそうとして、幾人かの冒険者は押し黙る。
ガルドの向かい側に、カラスの姿があったからだ。
まだ騒いでいる連中は、カラスを直接見たことがないのだろう。
カラスも毎日街にいるわけではないから、見た目を知らない人間はいる。
決してガタイがいいわけではないあんな青年が、まさか序列一位のギルドマスターとは思わないだろう。
彼を知っている者たちは、この時点でガルドに同情の視線を送った。
「よっしゃ! それじゃ、喧嘩しようぜ……死んじまったら悪ィな!」
「おい、ちょっと待て――――」
「くたばれや!」
カラスの制止を一切聞かず、ガルドは拳を振り上げてかかってくる。
自分の話をまったく聞いてくれないガルドに対し、カラスは小さくため息をついた。