1-4 調達
武器屋に向かう途中、二人は互いのことを知るために雑談をかわしていた。
「何の武器を使う?」
「わ、私はこれです……」
スズメはマントを少しめくり、裏側に隠してあった投げナイフを見せた。
それと、腰辺りに使用感溢れるダガーが収納されている。
これらがメイン武器であることは間違いないだろう。
「私は盗賊スタイルなので、基本隠密か暗殺で戦い、真正面からの戦闘は避けるようにしています」
「うむ……相性自体は悪くなさそうだな」
冒険者には、スタイルと言う概念がある。
単純に『剣士』、『魔道士』、『拳闘士』等の武器に合わせた形で名前が付けられているが、例外として、カラスは『狂戦士』と呼ばれていた。
他人のスタイルに合わせることなく、ただ己の腕力に身を任せて大剣を振り回しているからである。
ただ、無理にでも正規のスタイルに例えるとすれば、近接戦特化の『剣士』であろう。
スズメのスタイルである『盗賊』は、盗む技術とともにそれに派生した暗殺術を使える。
さすがに『暗殺者』スタイルには及ばないが。
「俺が暴れる。スズメが裏から暗殺する。これで解決だ」
「ええ……?」
スズメは額に冷や汗を浮かべる。
大体初めてカラスと接触した者は、こういった反応になるのだ。
腕力に任せて物事を解決するせいで、ほとんどの人間が納得出来ないのが原因である。
ちなみにだが、カナリアはスタイルがそっくりであるためかすぐ理解出来た。
二人が友人関係になったのは、そのような接点が関係している。
「よし、ついたぞ」
「あ……」
そんな会話をしながら歩いていると、目の前には武器屋が見えていた。
しかし、スズメはその店を見て驚く。
一見して、ボロ屋……いや、どこからどう見てもボロ屋だ。
人気の少ない路地裏にポツリと存在しているその店は、もはや店であることを疑われ、人が住んでいるかどうかすら怪しい。
スズメは自分の身を案じた。
「来ないのか?」
「あの……ここは?」
「見ての通り武器屋だ」
「見ての通り……?」
カラスは何でもないように言うが、外見からは武器屋かどうかなど判断つかない。
スラム街のボロ屋と言われた方がまだ納得できる。
「俺の知っている中で、一番いい武器を取り扱ってる。買うならここだぞ」
「そ、そうなんですね……」
スズメはまだ納得しきれていないが、カラスが武器屋のボロ扉を開けてしまったため、渋々ついて行く。
中に入ると、そこは埃っぽく、光の届かない薄暗い空間であった。
どれくらい埃っぽいかと聞かれれば、スズメが入った瞬間にくしゃみをするほどである。
いくつか棚が並んでおり、そこにはナイフや片手剣が置かれていた。
――――しかし、どれも埃を被っており、所々錆び付いている。
とてもじゃないが、目に見える範囲で使えそうな武器はない。
「おい、お婆。いるんだろ?」
カラスは店の奥に声をかける。
すると何やら物音がして、奥から一人の子供が姿を現した。
頭に布を巻き、だらしなくくたびれた服を着ている。
子供……のはずだが、なぜかその手には酒を持っていた。
「何だい、騒々しいねぇ……」
「お婆、武器がほしい」
「あんたかい……この前そのでっかい剣をくれてやったばかりだろう?」
「今日は俺のじゃない」
「……おや?」
お婆と呼ばれた幼女は、カラスの後ろで固まっているスズメに気づく。
そして驚きの声を漏らす。
「こりゃ驚いた。まさか小僧が連れと一緒に来るなんて」
「こ、小僧?」
スズメは首を傾げる。
見たところ、カラスはとても若い。
少なくとも、二十歳は越えていないだろう。
しかし、どう見ても目の前の少女の方が年下だ。
「ああ、お婆はドワーフ族と人間のハーフなんだ。こう見えて俺たちの何倍も生きてる」
「ドワーフは長生きだからねぇ。ま、身体が小さいのは考えものさ」
「なるほど……」
小さいなんて次元ではないとスズメは思ったが、話がややこしくなる予感がしてツッコミはやめておいた。
悲しきかな、スズメには度胸が足りない。
「挨拶が遅れたね。あたしゃオウルって名でこの武器屋を営んでいる。んで、その嬢ちゃんは?」
「す、スズメです! 今回カラスさんと同じクエストに参加することになりました!」
「なるほどなるほど。この子の武器が欲しいんだね?」
「そうだ」
ふむふむ――――とオウルはスズメの身体を上から下までじっくり眺めた。
「嬢ちゃん細いねぇ、もう少し肉つけな。それじゃモテんぞい」
「なっ――――!?」
頬を赤らめるスズメ。
確かにスズメは男との交際経験はないが、余計なお世話である。
「ま、投げナイフとダガーってとこかい。それならこの前暇つぶしに作ったいいモノがあるぞい」
「え……」
オウルはそう言って店の奥へ引っ込んでしまった。
カラスとともに取り残されたスズメは、自分の使用武器を言い当てられて唖然としている。
盗賊らしく身軽ではあったものの、暗殺をメインとするため武器は隠してあったはずだ。
それを外装の上から見破られたと言うのは、相当な衝撃になる。
「お婆は一流だぞ。そこらの武器屋とは格が違う」
「……みたいですね」
「照れるじゃないかい」
オウルが戻ってくると、その手には二つの木箱が抱えられていた。
目の前の机にそれをどさりと置くと、蓋を開ける。
そこには、カラスの背負っている大剣とよく似た材質で出来たダガーが収まっていた。
もう一つの箱には、大量の投げナイフが丁寧に収められている。
武器には詳しくないスズメであったが、それらを見て即座に理解した。
どれもこれも、一般的には見ることすら出来ない一級品の武器であると。
「前に小僧が狩って来た黒竜の牙――――の余り物で作った短剣とナイフだ。品質は保証するぞい」
「こここここ黒竜!?」
「大剣の余り物か」
黒竜と言えば、10年以上討伐されることのなかった規格外の竜である。
討伐クエストの難易度はS級。
スズメも話だけは聞いているほどの知名度があった。
「い、いくらするんでしょう……これ」
「ざっと金貨五百枚ってところかのう? 知り合い価格で四百枚でどうだい?」
「四百枚!? か、カラスさん! そんなの払えませんよ!」
「いいよ、俺が出す」
「……は?」
カラスは懐からジャラジャラと音の鳴る袋を取り出し、木箱の乗った机の上に置く。
少し開いた袋の口からは、数えきれないほどの金色に光るメダルが見えていた。
「四百枚以上はあると思うが」
「やれやれ、相変わらず金の管理が甘いやつだねぇ……仕方ない、余った金はもらっておいてやるよ。これからクエストなら邪魔になるだろ?」
「ああ。念のため持ってきたはいいが、手に余ってたんだ。引き取ってもらえると助かる」
「い、いやいやいやいや!」
トントン拍子で話が進んでいってしまうのを、スズメがどうにか間に入って止める。
「カラスさん! それぼったくり――――」
「ちょっと来な、お嬢ちゃん」
「きゃっ」
カラスに大して口を開いたスズメを、一瞬でその近くまで移動したオウルがヘッドロックする。
そのまま店の端まで引きずっていくと、スズメの耳元でささやき始めた。
「世の中にはね、知らなくていいこともあるんだよ。お前さんはタダで高級武器が手に入る。あたしは儲ける。ほら、誰も損してないじゃないかい」
(カラスさんが損していると思うんですけど……)
そう思ったスズメだが、年配者に強く言えるほど肝が座っていないのであった。
縮こまってしまったスズメに対して、オウルはまくし立てる。
「このままお嬢ちゃんとも『いい関係』を結びたいんだよ、こちとらね。次来たとき、嬢ちゃんの持ってきた素材で好きな武器を作ってやるからさ、カラスには何も言わないでおくれよ」
「好きな……武器を……?」
スズメの顔色が変わる。
これだけのオウルの腕前だ。
『いい関係』を結ぶことに損があるはずがない。
ここにオウルの追い打ちがかかる。
「ああ! 最高の一品をプレゼントするよ!」
「……わ、分かりました。そういうことなら」
「ふふん、契約成立だ」
オウルはしてやったり顔で、スズメを離した。
ボサボサになった頭を直しているスズメを、カラスは見つめる。
しかし、スズメはすぐに視線を逸らしてしまった。
もちろん、後ろめたいことがあるからである。
「? ……何の話をしてた?」
「こっちの話さ。男には関係ないね」
オウルはカウンターへ戻り、二つの木箱をずいっと押し出す。
そしてカラスに向けて手を突き出した。
「ほれ、金払いな」
「ああ」
オウルの手に金袋が置かれる。
そして満足そうにスズメを見た。
「あ、そうだ。相当性能の高い武器だからね、一般的な手入れ道具じゃ話しにならない――――と言いたいところだけど、ここまでの領域に来ると、基本的に振れば斬れる、突けば刺さるってのが壊れるまで続く。下手な手入れは寿命を縮めるよ。むしろ一切手入れせずに血だけ拭き取りな。それで十分さ」
「あ……はい!」
「それでも壊れたときは、また持ってきな。格安で修理してあげるから」
「……ありがとうございます」
オウルが笑顔で言った格安という言葉に、スズメは身体を震わせる。
ああ、この人たちは私の知っている領域にいないんだなぁ――――と心の底から思ったスズメであった。
「優しいな、お婆」
「何言ってんだい! あたしゃいつでも優しいだろう? ほら、用が済んだならさっさと行きな。前の装備は置いてっていいから」
「うむ。ありがとうお婆」
「あ、ありがとうございました……」
スズメはまず全身の装備を箱の中の装備と入れ替えた。
黒光りする刀身たちは確かな厚みを持っているため、それなりに重い。
しかしそれがまったく気にならないほど手に馴染み、全て入れ替えてみると、もともとこの装備であったかと思ってしまうほどの印象を受けた。
「行くか」
「は、はい!」
「気をつけなー」
二人はオウルに見送られながら、集合の場所へ向かう。
この先、まだ出発前に一波乱巻き起こってしまう場所へ――――。