1-2 誘い
ここは、冒険者都市バルトロス。
国の城下街から離れた位置にあり、周りに様々な迷宮や魔物の狩場が存在することから、冒険者たちがこぞって集って出来た街である。
武器屋や防具屋に道具屋。
多くの店が並ぶ通りがあり、冒険者たちが迷宮で発見した奇妙なお宝や、謎の食材を扱う店など奇抜な店がところどころにあったりする。
そんないつも賑やかな通りなのだが、今日に限って異様な雰囲気が漂っていた。
「おいおい……あれって例の」
「ああ、相変わらずおっかねぇな……」
「あれって飛竜よね?」
「二体もいるわ……」
何かを引きずるような音が、街中に響いている。
地鳴りと勘違いした者もいるだろう。
(すごい目立つなぁ……)
その原因であるカラスは、自分が引きずっている白と黒の双竜の亡骸を見て思った。
2階建ての家屋ほどの大きさの竜を二匹も引きずっていれば、目立つのは必然である。
せめて切り落とした首だけを持ってくればよかったかと後悔しつつも、カラスはクエスト受注所まで足を運んだ。
受注所の前には職員たちが待機しており、それぞれ解体の準備を始めている。
「ほ、本当にお一人で二匹も討伐してきたんですか……!?」
「うむ」
カラスの仕事を処理したこの前の受付嬢は、信じられないものを見る目で双竜を眺めていた。
特に気にした様子もないカラスは、懐から依頼の書類を取り出して受付嬢に渡す。
「飛竜は二匹だったけど、この用紙の通りの報酬でいい。代わりに、両方のウロコを何枚ずつかくれ」
「と、とんでもない! 報酬も加算しますよ! ウロコも数枚であれば構いません!」
「うむ? そうか、助かる」
慌ただしく受注所の職員が駆け回り、カラスの前に大きな袋をどさりと置く。
中には大量の金貨が入っていた。
「報酬の金貨五千枚に金貨五千枚を加えた、金貨一万枚でございます。お受取りください」
「うむ」
カラスは報酬の袋を肩にかけ、双竜たちから数枚ずつウロコを剥ぎとった。
人の頭ほどはあるウロコである。
これ一枚で、金貨五枚の価値があるそうだ。
ちなみに金貨一枚で、二週間は働かなくて済む。
今回の報酬だけでも、カラスは瞬く間に大富豪になった。
「じゃ」
「は、はい!」
職員たちが恐れおののく中を、カラスは堂々と歩いて行く。
いつもこうだ。
カラスはたった一人で前人未到のクエストを難なくこなし、人々から尊敬と畏怖をかき集める。
それが、自分のギルドに新規メンバーが加入しない原因とも知らずに。
「お? カラス、いいところにいるじゃねぇか!」
「うむ?」
人垣を越えたところで、彼の前に立ちはだかる者がいた。
赤い髪の女である。
完成された女の身体に、男なら誰でも眼が惹かれる大きな胸を強調するような防具を身につけ、腰には素人眼から見たとしても上物と言える直剣が帯刀されていた。
「カナリアか、どうした?」
「いやいや、偶然お前を見かけたから話しかけただけだ。でも? そんな大金を引っさげてるところを見せられると、ちょーっとは期待しちゃうなぁ!」
「……いいよ、酒でも奢るよ」
「さすが!」
カナリアと呼ばれた女は、笑顔でカラスの隣に並ぶ。
「お前のギルドはどうした?」
「私の部下は優秀だからほっといて平気だって」
「ギルドメンバー……いいなぁ」
カラスは遠い目で空を仰ぐ。
この女、カナリアはカラスと同じくギルドのマスターである。
ただ、彼女はカラスと違い百人規模の大手ギルドを抱えている。
名を『赤獅子の群れ』、ギルド序列三位の強豪ギルドだ。
暴れ獅子のように魔物を狩るギルドマスターのカナリアに、それを慕って集まった暴れん坊ども。
血気盛んで凶暴な連中は、カラスと別の意味で恐れられている。
「相変わらずメンバーはいないんだな! 寂しいやつめ」
「うるさい。奢らないぞ」
「悪い悪い! ま、その辺の話も酒場でしようぜ」
「……?」
カナリアの含みのある物言いに、カラスは首を傾げる。
しかしそれを聞き出す前に、カラスはズルズルとカナリアの行きつけの酒場へと引きずられていった。
◆◆◆
「――――ぷはぁ! やっぱりここの酒は最高だぜ!」
「……」
豪快に木のジョッキの中の酒を飲み干したカナリアは、それをテーブルに叩きつけた。
対照的に、カラスはちびちびと飲んでいる。
一言で言うと、かなりアンバランスだ。
「おいおい! 全然飲んでないじゃんかよー!」
「……昼間から酒って、いいのか?」
「いいんだよ! おいジジイ! 酒おかわり!」
「うっせぇ! まだ開店前だ! 自分で勝手に入れやがれ!」
「チッ……何だよー」
カナリアは頭を掻きながら立ち上がり、店主らしき男のいるカウンターまで歩いて行く。
ここは知る人ぞ知る冒険者の酒場。
いつもは夜に開店するのだが、大体このカナリアが無茶を言って昼間から入り浸っている。
ちなみに、これはカナリアと店主が昔からのよしみであるが故に出来ることだ。
かろうじてカラスは許してもらえるかもしれないが、基本的にこの時間は他の冒険者は入ってこない。
つまりは貸し切りである。
「ふいー、サービスのなってない店主だぜ」
「悪かったなぁ! ほれ、カラス。あまりもんだがこれ食っていいぞ」
「あ、ずりぃ!」
カラスの前に濃い味で肉を焼いたものが置かれる。
香ばしい匂いと肉汁がじゅわじゅわと染み出す光景に、カラスは自分の喉が鳴るのに気づいた。
「まだまだカラスは若ぇからな。たくさん食っとけ」
「ありがたい」
「私もまだ若いんだけどなー」
「うっせ」
カナリアの言葉を一蹴した店主は、背を向けてカウンターへ戻って行く。
肉にがっつくカラスを尻目に、カナリアはため息をついた。
「はぁ、まあいいや。んで、まだメンバーは入ってこないのかよ」
「うっ……まあな」
肉を食べる手が止まり、カラスはうつむく。
そんな彼を見かねてか、カナリアは胸元から一枚の紙を取り出した。
テーブルに置かれたその紙に、カラスの眼は自然と引きつけられる。
「闇ギルドの……大規模討伐クエスト?」
「今日の話題はこれだ。最近ちまたを騒がせている闇ギルドを、複数のギルドが合同で討伐しようって話」
カラスはその紙を手に取り、よく読む。
内容としては、今カナリアが言ったことが書いてあり、集合場所や適性ランクもろもろも追記されていた。
「この闇ギルドが、まー酷いんだわ。魔石確保のために鉱山を襲ったり、街の近くの魔物どもを凶暴化させたりな。気に入らない人間は誰でも始末するんだと。それならまだ可愛いもんだったんだが、とうとう国の方へ挑戦状を叩きつけやがった」
「……ずいぶんと無茶をするんだな」
「国を乗っ取るだとよ。これが雑魚ギルドなら鼻で笑うんだが、下手に実力があるせいで放ってもおけねぇ」
国とは、このバルトロスも領土に入っている巨大な王国のことである。
大陸の主権は、ここの王が握っていると言っていいだろう。
カナリアはここで一度酒を煽った。
「……そこでこの大規模クエストだ。適正ギルドランクC以上、そのメンバーの中でさらに精鋭として選出された連中が参加出来ることになっている。報酬金は山分けだな」
「なぜその話を俺に? 別に大規模クエストなら俺一人くらいは関係ないだろ?」
「まあ聞けって。お前にこの依頼を持ってきたのには別の理由があるんだよ」
席を立ったカナリアは、カラスの横に座って肩を組む。
割とキツ目な酒の匂いに若干カラスは仰け反ったが、肩を押えられていて逃げられない。
「このクエストには精鋭が集まる。つまりは強者たちだな。そんな連中を、お前が勧誘しちまうんだよ」
カナリアは目の前に置かれているカラスの酒を飲む。
豪快に飲み干してジョッキをテーブルに置き、肩をバシバシと叩いた。
「お前がこのクエストで大活躍すれば、何人かは確実に『鳥の巣』に入りたがるって! でも大抵自分のギルドの柵があるだろうから、最後のひと押しをお前がやるんだ。ようは他人のギルメンを奪っちまえって話さ!」
「だ、だが……」
「何ためらってんだよ! てか、そいつらが入りたいって思ってたらの話だからな? そうなってなけりゃ誘ったところで無駄だ。ギルドを変えたがってるやつだけを誘えばいいんだよ!」
「……なるほど!」
カラスは勢いよく立ち上がる。
その拍子に依頼用紙を握りつぶしてしまうほどには、勢いがよかった。
隣においてあった金貨の入った袋を担ぐと、颯爽と酒場の出入り口へ向かう。
「ありがとうカナリア! 俺ギルメン作る!」
「おう! 良い報告待ってるぜ!」
カラスが酒場を飛び出して行く。
笑顔でそれを見送ったカナリアだったが、途中であることに気づきカラスを追いかけるため走りだした。
「オイ待て! 今日はお前の奢り――――」
同じように店から飛び出そうとしたカナリアの肩を掴む者がいた。
ゆっくりとカナリアが振り返ると、そこには強面の店主が立っている。
店主は無言で二人の座っていたテーブルを指差した。
そこには、大量のジョッキと料理の皿が乗っている。
「お、恩を仇で返しやがって……覚えてろカラス」
この場は、渋々カナリアが支払った。
……カラスは知らない。
この女が、自分のギルドのメンバーに協調性がなさすぎて参加出来ないため、埋め合わせとしてカラスを利用していることを。
そして、あとで酒代も払わされてしまうことも。
闇ギルド討伐クエスト開始まで、あと二日である。