表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/16

1-12 絶望の屍

「……あはっ」


「うむ?」


 大剣を向けられているというのに、ルーは吹き出すように笑った。

 カラスは伏兵の存在を疑い、辺りを見渡す。

 しかし煙が晴れたのは二人の周りだけであり、他の場所の様子が分からない。


(とりあえず戦闘不能にしてから考えるか……)


「カラスさん!」


「うむ?」


「う、後ろ!」


 煙から飛び出してきたスズメが、カラスに向かって叫ぶ。

 カラスはとっさに振り返りながら大剣を振るった。

 そのとき、視界の端に何かが映る。

 

「ッ!」


 反射的に大剣を引き戻し、身体の前で構える。

 すると衝撃とともに、金属音が響き渡った。

 

「……やっぱり俺頭悪いのかも」


「ウウゥ……」


 カラスの後ろにいたのは、屍となっていたはずのナデシコだった。

 青白い顔でカラスを見つめ、その刀を何度も大剣に叩きつけてくる。


「ナデちゃん! そのまま押さえててね!」


「さ、させない!」


 カラスがナデシコの攻撃を防いでいる間に、ルーは気絶しているリリィのもとへ向かう。

 それに気づいたスズメが、背中を向けているルーに向けてナイフを投げつける。

 

「チッ! 邪魔しないでよ!」


 ルーは身体を反転させて回し蹴りを放つ。

 それは飛んできたナイフたちに当たり、すべて弾き飛ばした。


「えっ……」


「ムカついたから、あなたから消しちゃうね!」


 ナイフをすべて弾かれ動揺するスズメに、ルーは一歩で距離を詰める。

 その拳は硬く握りしめられており、今にもスズメに叩きつけられそうだ。


「スズメ! 伏せろ!」


 カラスが叫ぶ。

 聴きとったスズメは反射的に屈んだ。

 その上をルーの拳が通過した。

 ルーの腕はかなりの細腕なのだが、そこからは想像も出来ないほどにキレのある拳だ。

 信じられないことに、その一撃で後ろの煙が少し吹き飛ぶ。

 

(ダメっ、勝てない! これ無理!)


 今の攻防で、スズメは目の前の女と自分の戦力差を理解してしまう。

 それを知ったスズメが取るべき行動は、接近戦を仕掛けてきた点を考えて距離を取るというものだ。

 例によって、彼女は投げずに持っていたもう片手のナイフをルーの顔面に向けて投げつける。


「小賢しいよ!」


 ルーは迫ってくるナイフを目の前に、なぜかそのまま突っ込んだ(・・・・・)

 逆に近づいたことで一本は頭上を通過したが、もう一本がルーの脳天に刺さる。

 

 刺さった――――はずであった。


「な、何で……っ!?」


「やぁ!」


「ぐっ――――」


 ルーは止まることなく、スズメに向かって蹴りを放つ。

 動揺しっぱなしのスズメであったが、反射的に腕を防御に回すことには成功した。

 ただ、防御は出来たが防ぎきることは出来ない。

 真横から巨大な鉄球に殴りつけられたような衝撃の後、スズメはその場に留まっていることが出来ず、蹴られた方向と逆方向に吹き飛んでしまった。

 その方向は酒場の壁である。

 近くのテーブルと椅子を蹴散らし、スズメは壁に叩きつけられた。

 それだけでは収まらず、壁を粉砕して外へと放り出されてしまう。


「がっ……はっ……」


 木片とともに夜の街の地面を転がるスズメは、苦しげに息を吐く。

 防御が間に合ったため意識が飛んでしまうようなことはなかったが、全身がくまなく痛みを訴えていた。

 

「うっ……」


 身体を起こそうとしたが、それだけで全身に激痛が走り、うめき声をもらして地面に崩れ落ちる。

 ふと視線を腕に向ければ、ルーの蹴りを防いだ腕がおかしな方向に曲がっていた。

 そして壁に叩きつけられた際の肩が、真っ青に変色している。

 腕を動かそうとすれば激痛が走ることから、その肩は粉砕骨折でもしているのではないだろうか。

 何によ、もう戦える状態ではないことは確かである。

 痛みに呻いていたスズメだが、自分の呻き声の中に別の呻き声が混ざっていることに気づく。


「ウゥ……アァァ……」


「グゥゥゥ……」


「え……?」

 

 周りの家屋や別の道から、ぞろぞろと人影が現れる。

 今日だけで飽きるほどに見てしまった、生ける屍だ。

 スズメは彼らの顔に見覚えがないが、すぐに察した。

 彼らは冒険者たちに一切関係のない、この街の一般人たちである。


「そんな……」


 スズメの表情に絶望が色濃く浮かび上がる。

 出てきた生ける屍の人数が、あまりにも多い。

 これではもう、この街の人間に無事な者がいるとは思えない。


「スズメ!」


「カラスさん……」


 壁に空いた穴から、カラスが飛び出してくる。

 やはり無傷だ。

 その様子に安心感を覚え、スズメは何とか立ち上がろうとしていた身体から力を抜く。

 崩れ落ちそうになった身体を、駆け寄ってきたカラスが受け止めた。

 

「大丈夫か?」


「ちょっと……大丈夫じゃないかもです……他の人は?」


「分からない。お前が吹き飛ばされたのを見て出てきたからな」


「そう……ですか」


 そこまで聞いて、スズメは再び苦痛に呻く。

 とてもじゃないが動ける状態ではないことを察したカラスは、無言で彼女を抱き上げた。

 

「とりあえず、この街から離れるぞ」


「え……あ、はい」


「……」


 スズメはもはや、聞こえているかどうかすら怪しい状態だ。

 こうしている間にも、生ける屍たちは二人のもとへ近づいて来ている。

 これだけの人数をスズメを庇いながら戦うのは、さすがのカラスでも骨が折れるかもしれない。


「『鳥の巣』! 待ってくれ!」


 逃げるため動き出そうとしたカラスに声をかけたのは、酒場から飛び出してきた『暁の猫』のシロだった。

 その後ろからは、生ける屍にしか見えない他の冒険者たちが追いかけてきている。


「他の連中がどんどん生ける屍になってくんだ! もうここにはいられねぇよ!」


「うむ……じゃあさっさと――――」


 そう言った直後に、酒場の屋根が爆ぜる。

 どうやら何かが飛び出してきたようだ。

 さらに別の民家の屋根にいた影が、酒場の屋根に飛び移る。

 飛び出してきた影たちと合わせて、三つの存在が酒場の屋根の上に現れた。


「や、闇ギルドのやつらか……?」


 その内の二人に、カラスは見覚えがある。

 ナデシコとルーだ。

 ルーは腕で気絶しているリリィを抱え、ナデシコは青白い顔のまま下の三人を見つめている。

 もう一人のローブを着た人間には見覚えがないが、彼女らの仲間であることは明らかだ。

 ローブを着た人間は、美しい女の声で話しだす。


「我らが愛するマスターのため、邪魔者はすべて消す……あなたたちも、ここで消えるがいいよ」


 彼女は天に手をかざす。

 すると下にいた冒険者や街の住人の生ける屍たちの眼が、赤く光りだした。

 生ける屍たちが叫びだす。

 直後、動きが鈍いとされているのが嘘であるかのように、恐ろしいスピードで駆け出した。


「ばいばーい!」


 ルーがそう言って手を振ると、四人の姿は一瞬にして消えてしまう。

 そこにはもう何も残っておらず、夜の街には屍の叫び声だけが響いている。


「ど、どうする!?」


「逃げるぞ、捕まれ」


「え、え!?」


 シロの腕を掴んで腰に回させ、カラスは一度深く身体を沈める。

 そして――――。


「ほっ」


 強く地面を蹴った。

 地面が爆ぜ、三人の身体は意識が取り残されてしまいそうなほどの推進力を得て飛び上がる。

 その拍子に掴みかかろうとしていた生ける屍たちが吹き飛び、突風が吹き荒れた。


「動くなよ、舌を噛むぞ」


「うわぁぁぁ!?」


 夜空を舞う三人は、弧を描きながら街の外れまで飛んで行く。

 常人ならば全身が砕けるほどの衝撃を足で吸収し、カラスは着地した。

 そしてすぐに走り出す。

 後ろから生ける屍が追いかけて来ている様子が見えるが、街の外れで突然動きを止める。


「なるほど、範囲的に生ける屍にする魔法があるのか」


「と、止まってくれ! もういいだろ!」


「あ、すまない」


 シロの懇願を聞いて、カラスは足を止める。

 もう生ける屍が追ってこないのを見て、シロはほっと息を吐いた。


「い、生き残った……」


「何があった?」


「最初のやつに噛まれた冒険者が生ける屍になったんだ! そいつがまた別のやつを噛んで、そこからは――――」


「分かった、もういい」


 かなり動揺している様子のシロを、カラスは落ち着かせる。

 この動揺の半分は自分の無茶のせいだったりするのだが、カラスは気づかない。


「感染の追加能力か、相当な使い手だな。さすがに予想外だ」


 本来の生ける屍には、噛んだ相手を同族にする能力はない。

 つまり、術者によって後付けされる能力である。

 感染はその中でもかなりの高等術だ。

 ちなみにカラスは本当に魔術に詳しくないため、「そんなのあったらヤバイなー」と言う純粋な気持ちから相当な使い手と言っている。

 見事な知ったかだ。


「こ、ここからどうするんだ……?」


「まずはスズメの回復だ」


 カラスは懐からビンに入った液体を取り出す。

 ポーションと呼ばれる、治癒魔法と同じ効果を得られる薬だ。

 カラスが持っているのは、それの最上級品である。

 時期によって、一軒家が買えるほどの値段になったりもする高級品だ。


「お前は街に戻ってクエスト受注所に報告して来てくれないか? 万が一のことを考えて援軍が欲しい」


「いいのか……? あんな連中と戦わなくていいなら助かるが……」


「被害が多すぎる。俺たちが全滅する可能性も出てきた以上、報告出来なくなるのが一番まずいからな」


「わ、分かった……」


 カラスはそう言いつつ、スズメにポーションを飲ませる。

 いつの間にか気絶していたスズメの口に、容赦なく液体が流れ込んだ。

 するとみるみる顔色が良くなっていき、折れたはずの腕が元に戻る。

 

「鳥の巣はどうするんだ?」


「俺はクエストを続行する。個人的な恨みが出来たし」


「恨み……?」


「闇ギルドのくせに、あれだけの仲間に恵まれて慕われているギルドマスターが許せない。絶対に殴る。俺はずっと一人なのに」


(マジで個人的な恨みじゃねぇか……)


 拳で空になったポーションの器を砕いたカラスは、そのかけらを一枚拾って眺める。


「それと……仮にも同じクエストに参加した冒険者たちがやられたんだ。せめて仇は取る」


 相変わらずの無表情だが、どこか眼に怒りが見える。

 決して仲間意識がない男ではないのだ。

 同業者が死ねば、それなりに悲しむことだってある。

 

「でも……どうするんだ? 本拠地の場所が分からないんじゃどうしようも――――」


「安心しろ」


 そう言って、カラスはもう一度懐に手を突っ込んで青い石を取り出した。

 神秘的な光を放つそれは、魔石の一種である。


「もう手は打ってある」


 カラスはその石を見せびらかしながら、少し微笑んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ