1-11 勘
闇ギルド討伐クエスト参加者が拠点にする予定であった街、フラジオ。
決して大きい街ではなく、観光名所などもないが、宿泊施設がとにかく多い。
冒険者の街であるバルトロスからちょうど半日で来れる距離にあるこの街は、冒険者が一晩明かすには持ってこいの場所なのだ。
そのため、宿泊施設に並ぶ形で酒場も多い。
今回の闇ギルド討伐隊は、一度ミーティングのために酒場に集まることになっていた。
カラスたちもようやく街に到着し、その集合場所の酒場へ向かう。
「ここか」
「ですね……」
日が沈んでいるせいか、道を歩く人の姿は少ない。
大通りにいくつか立ち並ぶ酒場の中で、もっとも大きな店の前に二人は立っていた。
中に入ってみると、そこには森から退却することに成功した他の冒険者たちの姿がある。
「『鳥の巣』! 無事だったか!」
「うむ」
入るとまず声をかけてきたのは、ギルド『暁の猫』のシロだった。
カラスたちの姿を見て安堵したのか、ほっと息を吐いて微笑む。
「やつらの処理を任せて悪かったな……でも助かったよ」
「いや、あれは仕方ない。適材適所ってやつだ」
「……」
一切表情が変化しないカラスを見て、シロは少したじろぐ。
生ける屍の処理など、一般的に考えて精神がすり減る行いである。
その証拠に、スズメの方は疲弊した様子がありありと見て取れた。
それが、カラスに関しては一切見られない。
最初と変わらない、眠そうな無表情である。
不気味――――少なくとも、シロはそう思ってしまった。
「で、状況は?」
「え? あ、ああ……今明日の探索場所や、今日の反省について話し合ってたんだが……」
そう言って、シロは周りの冒険者たちを見渡す。
出発したときからまだ一日経っていないというのに、人数が半分ほどになってしまった。
そのせいか、冒険者たちの顔色はとにかく悪い。
「闇ギルドのやつは?」
「あそこに転がしてある」
シロが指した先には、すでに息絶えてからしばらく時間が経っているナデシコの姿と、いまだ縛られたまま眼を覚まさないリリィの姿があった。
辺りには水をかけた様子もあり、何とか眼を覚まさせようとしたのが窺える。
「ひとまずアレが眼を覚まさないことには、情報が少ないと思ってな……ただ気絶原因が魔力切れらしくて、回復まではまだしばらくかかりそうだ」
「ふむ……」
「ミーティングの結果だけど、あの場を探索中に襲われたってことは近い所に本拠地があるかもしれないってことで、明日はさらに奥地へ行く予定になったんだが――――」
そこまでシロが言うと、一人の冒険者が酒場のテーブルを叩いた。
店内に音が響き、もとから静かだった店内がさらに静まり返る。
冒険者は顔を伏せたまま、口を開いた。
「――――やっぱり、スパイがいるんじゃねぇのかよ」
その言葉に、冒険者たちの間で緊張が走る。
「おい、その話は……」
「完全に待ち伏せされてただろ!? 戦力も完全に把握されてた! 情報が筒抜けなんだよ!」
シロの制止も聞かず、感情を昂ぶらせた冒険者は怒鳴るように言った。
周りの連中は彼の言葉を否定しきれないようで、黙ってうつむいている。
「俺たちがちょうど勝てないランクの魔物を用意しやがって……しかも完璧な不意打ちだ! 待ち伏せされてたんだよ俺たちは!」
「ほ、本拠地に近づいたんだから、罠くらいあるかもしれないだろ……?」
シロがそう反論すると、今度は別の冒険者が口を開く。
「……あんな入り口付近にか?」
「それは……」
今日彼らが探索したのは、まだ森の入口付近や山の中央までである。
長い捜索期間があっても見つかることがなかった闇ギルドの本拠地が、そんなところにあるとも思えない。
見当違いのところを探している連中に、わざわざ戦力を投入するほどの間抜けではないはずだ。
「――――テメェらなんじゃねぇか?」
「え……?」
冒険者たちの視線は、カラスとスズメに注がれていた。
彼らの眼には、恐怖や疑いの感情が露骨に浮かんでいる。
スズメは自分の背筋に寒気が走ったのを感じ取った。
「大体、このクエストって三人からの参加だろ? 何でお前ら二人なんだよ」
「え、そうなのか?」
そもそも知らなかったカラスであった。
二人が疑われ始め、今日だけで知り合い関係になったシロは慌てて庇いに入る。
「お、お前! あの『鳥の巣』の人間だぞ!? 一人でいるのは当たり前だろうが!」
「当たり前……」
その言葉にショックを覚えたカラスであった。
今日一番の動揺である。
「鳥の巣……?」
「あの序列一位の……?」
いくつかのギルドの人間は今知ったのか、ざわざわと騒ぎ始める。
「と、『鳥の巣』の人間かどうかはこの際どうでもいい! ならそっちの女は何なんだよ!」
「あ……その……」
数人の冒険者がスズメに詰め寄る。
その勢いに押され、スズメは言葉を詰まらせてしまった。
さすがにシロも、彼女のことまでは庇えない。
そもそも、スズメが無名すぎて庇うに庇えない。
「お前が闇ギルドに情報を流してるんじゃないのか!」
「ち、違います! そんなことしてません!」
強く否定するが、冒険者たちの疑いの目は逸れない。
怖くなってきたスズメは、思わずカラスの背中に隠れそうになる。
しかし、思いとどまった。
動こうとした瞬間、スズメの視界にそれが映ったからだ。
それは、先ほど生ける屍に首元を噛まれた冒険者の男。
彼は青白い顔で、事の顛末を見守ろうとしている仲間の冒険者に手を伸ばそうとしている。
スズメは何をしようとしているのか察し、叫んだ。
「逃げて!」
「え――――」
「ガァァ!」
青白い顔の男は、仲間の首元に噛み付いた。
頸動脈に歯が達したらしく、血飛沫が高く舞う。
あまりに突然すぎて、皆が皆唖然としている。
何が起きたのか分からない。
そう言った状況で多くの者が固まってしまった。
そして次の瞬間、天井の一部が突然落下し、出来た穴から何者かが下りてくる。
「私たちの仲間、返してもらうよ!」
ホコリが舞う店内に、その声が響いた。
直後に煙が炊かれ、店内での視界が完全に塞がる。
スズメは展開の早さについて行くことが出来ず、その場から動けない。
代わりに、カラスが動き出すのを感じ取った。
(いただき!)
彼女――――ルーは、真っ直ぐナデシコとリリィのもとへ向かった。
入った瞬間にすべての物と人間の位置を把握しているルーは、数秒で二人の前に辿り着く。
しかし……。
「ッ!」
「お持ち帰りは困る」
ルーはとっさに後ろへ跳んだ。
一瞬前までいたところから、破砕音が響く。
ゆっくり煙が晴れていき、そこにはカラスが大剣を床に叩きつけた体勢で立っていた。
「な、何で私の位置が……」
「勘。何となくこいつらを取り返しに来る気がした」
「そんな――――」
そんなバカなと言いそうになったルーであったが、山での戦いっぷりを見るとそれくらい出来てもおかしくないような気もしてくる。
カラスは表情を崩すことなく、大剣をルーに向けた。
「悪いが、お前の仲間にはまだ聞きたいことがたくさん残ってる。渡すわけにはいかないぞ」
 




