1-10 哀愁
「やっ!」
「ギァ……」
スズメのダガーが、生ける屍の首元を大きく切り裂く。
薄皮一枚で頭と胴がつながっている状態になった生ける屍は、身体に命令が通らなくなり地面に倒れた。
(すごい……抵抗を全然感じない……!)
黒竜のダガーは骨すらも抵抗なく切断する。
スズメの腕力的には多少重いが、それが気にならないほどの性能だ。
すでに、スズメはこの武器で十数体の生ける屍を行動不能にしている。
それでもダガーは刃こぼれどころか傷一つついていない。
油を弾き、切れ味は常に最高を保っていた。
「グゥゥ」
「アァぁ」
「ッ!」
もう一体の首を掻き切ったところで、左右から別の生ける屍が迫ってきた。
二体が掴みかかってきた瞬間、スズメは地面を強く蹴って飛び上がり、その頭上を取る。
『盗賊』スタイルならではの身のこなしだ。
二体の頭上を取ったまま、マントの裏から抜き取ったナイフを脳天目掛けて至近距離から投げつける。
確かな手応えとともに、脳天にナイフが突き刺さった。
スズメが四点着地すると同時に、二体の生ける屍も地面に倒れる。
「……ふぅ」
周りで動くものがいなくなったことを確認して、スズメは息を吐く。
辺りには動かなくなった生ける屍たちが転がっており、おぞましい光景になっていた。
いくつかは喉元が切り裂かれていたり、ナイフが刺さってたりしているのだが、大部分は両断されたものばかりである。
「終わったか」
「は、はい!」
その屍の山を築き上げた張本人が、スズメのもとに歩いてくる。
カラスは大剣に付着した血を払い、背中に収めた。
「とりあえず……燃やさないとですね」
「そうだな」
生ける屍は死んでいるがゆえの生命力で、頭だけになっても動くことがある。
現にこの場にいる数体は、二人へ攻撃を加えるために動こうとしていた。
完全に動きを停止させるには、燃やして『浄化』するしかない。
「じゃあ穴を掘らないと――――」
「ふん」
カラスはスズメが言い終える前に、地面に拳を叩き込む。
爆音とともに地面が爆ぜ、土が舞い上がった。
唖然としているスズメの前には、あっという間に大きな穴が出来上がる。
「これくらいでいいか」
「……もうツッコまなくていいですか?」
「うむ?」
呆れ顔で言うスズメを前に、カラスは首を傾げた。
何を言っているか本気で分かっていない顔である。
スズメはため息をつきつつ、近くに転がっていた屍を何とか持ち上げて、穴の中に落とした。
「さっさと処理してしまいましょう……」
「図太くなったな」
「……今日一日だけで結構色んなことがありましたから」
スズメの人生の中で、今日はもっとも濃い一日だったと言えよう。
数年分の経験をした気分であった。
「もう日も暮れる。急ぐか」
「はい」
すでに時刻は夕暮れで、もう間もなく星空が見え始めそうだ。
二人は黙々と屍を穴の中に入れていく。
確認出来る範囲の屍を穴の中に入れ終える頃には、日は完全に暮れてしまっていた。
「火の魔石、あるか?」
「あ、はい」
スズメは懐を漁り、そこからオレンジ色の石を取り出す。
魔石と呼ばれる、魔法が込められている特殊な石だ。
オレンジ色は火の魔法を示している。
スズメはそれを穴の中に放り込んだ。
屍に当たった瞬間、魔石は一瞬の発光のあとに発火した。
生ける屍になった身体は、とても燃えやすい。
すぐに穴の中全体が炎に包まれ、辺りが明るく照らされる。
「『生ける屍』って……自然発生するものじゃないですよね」
「うむ。術者がどこかにいたはずだ」
「闇ギルドの仕業でしょうか……?」
「おそらくな」
それを聞いて、スズメは苦々しい表情を浮かべた。
普段魔物を狩って生計を立てているスズメにとって、人と戦うというのは滅多にない経験である。
死者を無理やり動かすなどという残酷な行為を目の当りにするのも、初めてに近い。
「他のやつらに退却してもらって正解だった。これ以上士気が下がるとクエスト失敗の可能性が出てくる」
現在ここ周辺にいるのは、カラスとスズメのみである。
他の冒険者たちは、すでに退却予定の街へと向かった。
この後カラスたちもその街へ向かうことになっている。
「カラスさん、一つ聞いていいですか?」
「うむ?」
今聞いていいことなのか、スズメは悩んだ。
しかし、どうしても気になる。
「その……どうやってそこまで強くなったんですか?」
「……」
冒険者としての、素朴な疑問。
大して歳も変わらないはずであるのに、どうやってカラスはここまでの強大な力を手にしたのか。
他の人間から恐れられるほどの、圧倒的な力を。
「うーむ」
カラスは少し考えた後、改めて口を開く。
「分からない」
「――――え?」
思わずスズメは気の抜けた声を出してしまう。
それだけ、カラスの口から出た答えが衝撃的だった。
「小さい頃からずっと戦ってた。魔物を狩って、食べて、寝て、また狩る。そんな生活だった。そうすれば強くなれるって、お爺が言ってたから」
「お爺……?」
「俺を育ててくれた人だ」
今の話を聞いた限りでは育てられたようには思えないが、ここはスズメも黙っておくことにした。
「じゃ、じゃあ、何でそこまでして強くなろうとしたんですか?」
「生きていくためって言うのが一番の理由だが、お爺が俺に言ったんだ。強いやつには友達が出来るって」
「……はい?」
一瞬、スズメはカラスの言った言葉が理解出来なかった。
予想の斜め下を行かれてしまい、思考が固まる。
「ずっと友達がいなかったから、強くなって友達を作りたかったんだ。強くなったら人が寄ってきて、仲良くなれるって聞いた」
「えっと……」
「ギルドに入ればいいって言うことも聞いたから入れてもらおうとしたんだけど、どこからも拒否されたから、結局自分で作ったんだ。今回のクエストも、活躍すれば入団者が来てくれるかもしれないって聞いて参加した」
「そ、そうなんですねっ!」
あまりにいたたまれなくなって、スズメは少し声を張って相槌を入れた。
相も変わらずの眠そうな無表情だが、どこか哀愁が漂ってきて、不思議と空気が冷たくなる。
ギルド単位でクエストを受けるこのご時世。
クエストの難易度は、ギルドの中でもっともランクの高い者に合わされる。
つまり、一人とんでもない強さの者がいると、全員がそこに合わせないといけなくなるのだ。
ギルドを設立しても入団者が来ないのも、同じ理由である。
ちなみに、Sランクが出来たのはカラスのせいだ。
Aランクの中でレベル差が開きすぎたため、カラス用にSランクが出来た。
「それを聞いてどうするんだ?」
「す、少し気になっただけです」
スズメは強くなるため参考にしようと思っていたが、どうにもこうにも参考になりそうにない。
申し訳ない気持ちを抱きつつ話を切り上げ、スズメは山の麓の方に振り返った。
「わ、私たちも街に向かいましょう! また明日捜索しないといけないんですもんね!」
「うむ。そうだな」
二人は並んで山を下りて行く。
スズメは二度とカラスの境遇について尋ねるのはやめようと、心の底に誓った。




