第9話
「それはな、ま…」
男が何かを言いかけた時、小屋の外で物音がした。
それは、多くの人間が、雨でぬかるんだ道を蹴る足音と、その音に混じったガシャガシャと耳障りな金属音、それは紛れもなく、王国の兵士が身に着けている鎧の音だった。
そしてその音に気が付いた男は先ほどまでの話を切り上げて、鬱陶しいと言う様な顔で舌打ちをしてからレヴァンの方に向き直ると、
「場所、変えるぞ」
「は?」
レヴァンは状況が掴めずにいるが男はそんな事を気にしている素振りは全く無く、聞き取れない程小さな声で、何かを呟いた。
その瞬間、視界が歪み、地面がゆっくりと揺れる様な感覚に襲われ、薄暗い部屋が渦を巻くようにして閉じてゆく。
歪む視界の中、レヴァンの瞳に映ったのは、笑みを浮かべた男の顔だった。
次にレヴァンが目を開けると、そこには知らない光景が映った。
綺麗な絵が描かれた高い天井と、部屋の中央に向かい合うように置かれたソファー、それに挟まれる様にテーブルがあり、どれも細かな装飾が施され、高級感の漂うこの部屋はまるで貴族が住む屋敷の様だった。
「どこだよ…ここ」
一瞬で知らないどこかに連れてこられたレヴァンは呆気にとられ、その場から動くことなく辺りを見回していた。
「俺の部屋だ。ようこそ少年」
心なしか少し嬉しそうな顔で男は言った。
少しの間、この信じられない出来事に目を丸くしていたレヴァンは、不意に小屋のベットで眠る少女の姿を思い出した。
「クレアは!?」
「ん?あぁちゃんと連れて来てやったよ。ほれ」
そう言って男が足を組んで座るソファーの向かいを指した。
そこに目をやると、そこにはそのソファーで眠るクレアの姿があった。
クレアの事を思い出し、一瞬息が止まったレヴァンは、彼女の眠る姿を見て、そっと息を吐いた。
そして、改めて男を見ると、レヴァンは少し強くなった口調で男に言った。
「どうゆうことだ、全部説明しろ!」
「もちろんだ、さぁ座れ、長くなるぞ」
にやっと笑う男は相変わらずの態度のまま話を始めた。
「いやー悪かったな少年、丁度兵士が表をぞろぞろ走り廻ってたんで急な移動になっちまって、それとさっきは話を焦りすぎてたみたいだな」
確かに、なぜこの男が兵士から逃げるようにしてこんな滅茶苦茶な移動をしたのか、気にはなるが、今はそんな話ではなく、クレアが目を覚ますその方法を聞かなければ、レヴァンにとって状況は変わらない。
「そんな話は後でいい!今はクレアが目を覚ます方法を教えてくれ!」
「それなんだがな、その話を今しても、お前はきっと理解できないし、意味も分かんねー筈だ、だから」
また新しい煙草に火を着けながら男が笑う。
「お前には俺の仕事を手伝ってもらう」
次から次に意味の分からない事を言う男にレヴァンは声を荒げた。
「いい加減にしろ!俺は今はすぐにでもこいつを助ける方法を知りてーんだ!お前の仕事なんか手伝ってる暇はねーんだよ!」
「落ち着けよ少年、若いなぁー。さっきも言っただろ?今のお前にこの話をしても理解できない。だから俺の仕事を手伝え、その過程で徐々に分かるようにしてやる。大丈夫だ、今重要なのは時間じゃぁない。俺の言う通りにしていれば必ずその子は助かる」
男の言葉を聞いて男を睨んでいた目つきが少し緩くなる。
「…そうすれば、その方法ってのを教えてくれるんだな?」
「あぁ必ず」
「分かった。お前の言う通りにしてやる」
レヴァンの決意に満ちた表情を見て男が笑った。
「よし!決まりだな!少年、名前を聞こうか?」
「レヴァンだ」
「そうか、俺はゲート・F・クラークだゲートでいいぞ」
ゲートと名乗った男は、そう言うと立ち上がり、手を伸ばしながらあくびをした。
「なぁ手伝うとは言ったけど、お前の仕事ってなんだよ」
詳しく話されないままに承諾したこともありレヴァンが少し、不安そうな表情で尋ねると、手を伸ばした体勢のままゲートはレヴァンを見た。
そして少年の様な笑顔で言う。
「魔法使いだ」
窓から差し込んだ朝日が、彼の真っ赤に燃える髪を照らしていた。